ロイ・マクエル受難の日々㉔
第46話
「女傑と王」
「潰せ! トウ・オーカをここで潰せ!」
ユークリッド王は御車の上から大声で前方に檄を飛ばした。その檄の声が右の陣に響き渡る中、トウ・オーカ率いる箔山治安部隊はユークリッド軍の右の陣の防御を突き破って姿を現す。束の間、ユークリッドはトウ・オーカと目が合った気がした。
箔山治安部隊の黒い軍勢が、ユークリッド王の眼前50m先にまで攻め寄せていた。
だが此処で待機していたユークリッド本隊の第五大隊が箔山隊の行く手を阻んだ。箔山隊は2列縦陣を組みその勢いで右の陣を突き破って来たが、目の前で槍兵と大盾兵を合わせた槍衾盾陣が作られていて容易に突き崩せない。完全に箔山隊の足が止まった。
一騎でもと突出しようとするトウ・オーカの騎馬を無傷の大盾隊が一斉に動き出し取り囲む。何がなんでも騎馬を先ずは抑え込めとの指示は出してあった。
「ユークリッドォォ!」
トウ・オーカの大声が戦場に谺した。戟を振りかざし、オーカは力の限り振り抜いた。大盾兵を3人ほど吹き飛ばす。馬を駆けさせようとすると両側から槍が伸びてきて、打ち払っている内にまた大盾兵が前を遮る。
さらに敵の後方から矢が降り注ぐ。オーカは戟を振り上げ矢を叩き落としていく。頭上を見ている間に槍兵がオーカの足を持った。ゾワリとする。引き落としにかかる兵との踏ん張り合いになった。
後ろから追いついてきた味方の騎馬がそこに突っ込みその槍兵を弾き飛ばした。さらに後ろから味方の騎馬が3騎4騎と寄せて来た。オーカを囲んでいた大盾兵を押し退け空間を作る。
息を吐いた。箔山兵は健在なのか、今のオーカにここで待って全員確認できるだけの余裕はなかった。ここを守る敵は組織的で執拗だ。それにかなりの堅陣。時間をかければさらに大盾兵が集まり陣形を厚くするだろう。
それも軍略的には狙い通りではある。だがユークリッド王の首はアタシが飛ばしたい。一軍を預かる身で私怨など子供じみてはいるが、その為に生きてきたと言ってもいい程なのだ。采配を執るマーク・ザインからの許可も、一応はある。
しかしここを抜ける為には騎馬隊の半数近くを討たれるかもしれない。騎馬を押し止めて討つための陣形なのだ。わずかに、逡巡する。
迷うな。迷いは自軍の首を絞めるに等しい。
「後ろの兵は付いて来ているのか?」
「脱落はほぼないかと。感覚的に申すとですが」
横の騎馬に確認する。オーカの感覚もそんなものだった。途中で防ぐ圧力が強まったがまだ跳ね返す事はできた筈だ。
「ここを抜く。私が血路をひらく。先程の要領で騎馬を寄せて路を確保してくれ。疲弊したら騎馬は途中で代われ」
横の騎馬が一瞬 沈黙した。血路をひらく私もだが、寄せる騎馬もかなりの死地に入っていくことになる。疲弊ではなく討たれて代わることになるかも知れない。
「まだ歩兵が全て追いついてきてない。騎馬50が後ろにつく。残りの騎馬は歩兵が揃うまでこの場所を死守させたい」
「わかった。騎馬は20騎だけ付いて来い。残りは抜けて来る歩兵の為にこの場所を10分だけ死守。その後ですみやかに追って来い」
「死ぬ気か。残すのは10騎と抜けてきている歩兵だけでいい。直ぐにここは味方が増える筈だ。オーカは50騎連れて行け、お前は王の元に辿り着きたいのだろう? 皆解っている」
「・・・・・・・・・すまん。死ぬなよ」
トウ・オーカと騎馬隊が一塊になって駆け出す。そのまま遮る槍衾盾兵に突っ込んだ。オーカの戟が大盾を吹き飛ばし突き崩す。間隙を縫って騎馬が突き進んだ。オーカの戟が舞う度にユークリッド槍兵の首が飛び、大盾兵が弾け飛ぶ。それはさながら黒い蛇が頭を振りながら敵兵を食い破って進んでいる様に見えた。
「・・・なんて奴だ。トウ・オーカめぇ」
思わずユークリッド王の口からは呟きが溢れた。潰せそうで潰せない。箔山隊は寡兵だが味方の騎馬や歩兵との連携が見事だった。寡兵なりの戦い方を知っている。
此方は騎馬がいない。押し止め、取り囲む以外に敵騎馬の動きは止められない。最初から此方の騎兵を引き離したのも軍略の内だったわけだ。唸り声が漏れる。見事に嵌めてくれた。
トウ・オーカの騎馬隊は確かに鋭い。だかその切っ先、オーカさえ叩き折ればそれまでの筈だ。右陣を抜けてくると見て、第五大隊には散兵陣から槍衾盾陣に変更を命じていた。
仮に槍と大盾の堅陣を抜けたとして、そこですでに疲労がピークだろう。我の直前には二重の大盾隊と更に二重の弓隊を配置した。隙はない。
出来ればトウ・オーカは生かして捕えたい。だがユークリッドはその見事な武者ぶりに感じ入ってもいた。今のあ奴は見惚れるほどに美しい紅蓮の華だ。腐った赤であった我の母上とはまるで違う。
「こんな形で再会することになるとはな・・・」
ユークリッドは微かな後悔が胸を突いた。確かに女傑として名は通っていた。だが所詮は女であり武勇も尾ひれがついただけだと思い込んでいた。あれ程の武人であると知っていたら無理矢理 側女役を強要しなかったやもしれん。
今更それをくやんでも仕方のない事だった。
美しき紅蓮の華、此処で我が散らすのも運命か。
弓隊に合図を送り右手を上げた。槍衾を抜けて来たら弓隊による一斉射を行う。決して無傷ではいられない、当たりどころが悪ければ即死するだろう。この戦はそこで終わる。
「弓隊、騎馬が抜けたら一斉射! 構えておけ!」
いつの間にかユークリッド王のモノが激しく怒張していた。これは三日三晩、収まらないだろう。側室の2〜3人は果てるかも知れないとユークリッド王は思った。
────────────────箔山峡谷
「指揮する者を失くしているユークリッド軍本隊に騎馬と歩兵の部隊で挟撃を仕掛ける、ですか」
「そんなところじゃ、バングラ殿。ユークリッド軍はかなり混乱するじゃろうな」
中央ギルドの2人、フリス・ローエンとフリス・レベルカはかなり深いところまで話す気でいるのだとバングラ・ランスは思った。
「その挟撃する軍の規模はどうなんですか? ユークリッド王が正規軍の采配をとるならば同数の軍程度であれば受け切るでしょう。混乱なども直ぐに収束させると思います。あなた方はどれ程の軍勢を擁しているのですか?」
確かさっき【混乱】と言った。箔山側は混乱後に付け入るさらなる策か軍を残しているのか? こちらも万一に備えて近辺の豪族に緊急の援兵を乞う早馬を出している。騎兵隊が本隊から離れる際に、斥候と早馬を同時に出しておいた。
「箔山治安部隊が300、ギルド傭兵部隊が500じゃな。ギルド工兵部隊が峡谷入り口の丘の上から掩護に入るが100といったところかの。両隊ともに騎馬隊が多めではある」
全軍でも900、それでは話にならない。例え王が寝ていたとしてもユークリッド本隊に追い散ららされるだろう。それにユークリッド王が敵軍に手心を加えるとは思えない。凄惨な殲滅戦になる。それこそ原野が死体で埋まる程の。
・・・仮に、あの殿を務めた英傑がその軍勢に加わっていればどうなっただろうか? 一本の錐の様に王までその剣が届いたかも知れない。そう思わせる程の武人だった。
「どうも合点がいかぬ。といった顔つきに見えるな、バングラ殿。まあ確かに数の上では【一千対五千】であるからの、ユークリッドの一方的な戦になると思っとるかもしれんが」
「烏合の衆であるならばいざ知らず、ユークリッドは中央6カ国に名を連ねる強国ですぞ、騎馬隊がいなくても5分の1の数の軍に破られるわけはない」
「カッカッ、軍勢というものはそれを率いる将によって大きく変貌する。豪傑に率いられたら精強に。凡将に率いられたら弱卒に。そしてユーク、オホン。信頼の薄い将に率いられたら驚く程に脆くなる」
「・・・・・・・・・それが我が君だと?」
「寡兵を率いる豪傑が勝つか、はたまた多勢の愚王が勝つか、これは久方ぶりにワクワクするのう。カッカッカッ」
ギルドマスターでもあるフリス・ローエンは心底愉快そうな顔で笑った。
【愚王】
その呼び名をバングラは到底承服出来なかった。ユークリッドの先王は戦乱の世を勝ち抜いてユークリッド国を強国にのし上げた中興の王だった。飛ぶ鳥を落とす弓捌きから【弓鳥のユークリッド】と呼ばれていた。
今の王もその血を引いていて戦の才に恵まれている。王を継いで直ぐ頃に国内賊徒や叛乱豪族の討伐、周辺国との国境線を巡る戦、と無難に勝ちを収めている。今も私との机上軍事演習で引けはとらない戦巧者なのだ。
世が世ならば、と云う思いも自分の中には消し難くあった。かつての様に小勢力が群雄割拠していた時代ならば王は女に狂う暇などなく戦に奔走する事になったろう。そして間違いなく父王と同じく歴史に名を残す王に成れた筈である。
中央ギルドの者ともあろう者が大きく我が君を、戦略を、見過っている様にバングラには思えた。
「世に名を馳せる豪傑や名将の持つ力は並ではない。例えばバングラ将軍、貴殿が死力を尽くして戦えばユークリッド騎兵隊は数倍の敵とも互角に戦えると思うが?どうじゃ」
皮肉か。バングラは一瞬そう思った。自分は誘いにのり、まんまと策に嵌められた敗軍の将にすぎない。名将と同列で語るなど持ち上げが過ぎる。
「・・・流石にちと答えにくいかの。ではバングラ殿は箔山のトウ・オーカ嬢は知っておいでかな? 此度の戦に参軍しておるよ」
「!!? トウ、オーカ? あの、箔山のトウ・オーカか!? 彼女がこの戦に参戦しているのですか? ローエン殿」
「如何にも如何にも。あの女傑の武勇の程は・・・知っとるのかの?」
「・・・凄まじい膂力の持ち主である事は以前目にしており、存じております」
知っている。かつて奉公の為に城に来た時、素手の彼女を縛りつけるのに屈強な男が10人がかりであったのを目の当たりにしていた。その彼女が得物を手に一軍を率いていたとしたら・・・・これは手強いだろう。
それに彼女が生きていた事に何故か安堵した。誇り高き女性であった。それが王の手で屈辱の海に沈められる様は見るに絶えず、処罰を覚悟で何度か待遇を諫言していた。だがその度に軍人の口出しする事でないと退けられていた。
「バングラ殿。たった一人の豪傑がいるだけで戦略も軍略も選択肢が多くなる。さりとて勘違いしてもいかん。いかなる豪傑であっても一人では戦局を動かす事は容易ではない」
無論だ。どれほどの豪傑、名将であれたった一人の武勇や戦術に頼るような戦はできない。戦略や、軍略に沿わないと戦での勝利は望めない。ひと一人の力など小さいものだ・・・・・・・。
「女傑として名を馳せた箔山のトウ・オーカ。されど彼女はこの戦においては只の一部将に過ぎん。殿を務めたあの少年と同様にの」
ローエンの口から出たのは少し予想外の言葉だった。自分ならば勇猛な女傑トウ・オーカに主力を任せて敵軍の背後には陽動部隊を配置する。上手くいけば敵兵を2分させてから当たれる。此れならこの戦、いい勝負になる気がするのだ。
「ユークリッドの人間の誰もが知るトウ・オーカが暴れ廻ることで王も兵もそちらしか見なくなる。だが、此方には一軍を任せられる将があの二人以外にまだいるとしたら? バングラ将軍ならばどう攻めるかね?」
思わずバングラは充てがわれていた胡床を後ろに飛ばして立ち上がっていた。あのトウ・オーカすら囮にして、背後から攻め寄せる部将がいる!? 尚且その部将は歴戦のギルド傭兵部隊500を率いている。
「だ、誰がそれほどの大役を、に担えると云うんです?」
「名を聞いた事ぐらいはあるだろうと思うが、」
バングラはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「中央ギルド最強の男。【黒弾アルト】じゃ」
「・・・お父さん。アルトさんはもうギルド辞めてますよ」
「カッカッ、細かい事はいい。ギルド部隊を率いとるんじゃから今はギルドの人間だろ?」
フリス・レベルカの軽いツッコミに、フリス・ローエンはカッカッと笑い返した。
最後までお読み頂き有難う御座いました。
今年も本作は毎週金曜か土曜更新予定です。
よろしくお願いします。




