ロイ・マクエル受難の日々⑳
なぜ、人は戦うのか・・・。
第42話
「それぞれの渇望」
バングラは懸命に馬を走らせていた。走る馬の群れの中を、同じく馬で横切って進むのには、かなりの馬術が必要で中々上手くはいかない。
俺の馬に比べて流石にあの巨大馬は見事だった。躱して避けて時にはぶつけて、ほとんど走る速度を落とさずに駆けている。驚く程の馬術である。騎手の者も並の乗り手ではない。
今も『怒り』が頭の先から足先までを貫いているようだった。あまりの怒りに手が震えている。武人として、かつてこれ程の恥辱を与えられた事はない。
先程の馳せ違い。俺の全力、全てを込めた大薙刀の一刀を放った。それをあの小僧は何でも無いようにいなして除けたのだ。
小僧だとの驕りも、曲芸者だなどの見下しもなかった。前のめりになった時は死を覚悟した。あの時馬上の小僧は、間違いなく俺の首を取れた筈だ。
・・・それがわざわざ背中に乗り、兜の頭頂にある【飾りフサ】を奪って去っていった。一瞬あ然とした。酷い悪夢でも見ているのかと思った。血を吐いたような叫び声が出た。侮られたのだ、雑兵のように。
馬上での威容、果敢なる戦いぶり、それらに敬意すら抱いた。間違いなくあの男を英傑の類いだと感じた。
それならば敗れたとしても武人として、軍人としてなんら恥じる事はない。堂々と戦い、己が力が及ばなかっただけ。首を討たれようとそれを受け入れるのが武人と云うものだ。
だが、あれは武人などではない! あれは子供だ。姿かたちと云うことではなく、なにも知らない小童なのだ。武人の誇りと矜持を遊びの様に踏みつけにして逃げた。せせら笑いが聞こえた気がした。
バングラ・ランス将軍はすでに死んだ。殺されたのだ、あの小僧に。路傍の石を蹴飛ばすかの如く。許す訳にはいかなかった。
今はただ一個の男として駆けている。恥を洗ぐ為にあの男の首を取る。それだけでいい。それが全てだ。
黒雲を操りながらマリオは剣を振り続けていた。手綱は持っているだけだったが、馬は進むべき道が解っているのか、敵騎兵の中を右へ右へと突き進んでいた。
ロイ・マクエルの戦ぶりは圧巻の一言だった。周囲に殺到してくるほとんどが彼の手で討ち倒されている。その数は既に50騎は超えているだろう。
ただ、流石に呼吸が乱れ始めていた。右手に赤いフサを持っているので今は左手の剣しか使えないみたいなのだ。捨てろとも言えない。時折それを天に掲げて敵騎兵を煽っているのだ。
この乱戦でできるだけ多くの騎兵を叩くつもりだ。将の誘導と騎兵の数減らし。すでに先を見据えて戦っている。騎兵隊を制御不能にまで陥らせようとしている。彼の戦術眼は並外れていた。
・・・どうしてもある疑問が浮かぶ。彼はなぜ、ここまで果敢に戦いに挑むのだろう? 何が彼をそうさせるのだろうか? 聞いたところで詮無いことかもしれない、しかしだ。彼はまだ13歳だと云う。普通ならば同い年の友達と遊んでいる年の頃ではないか。
マリオは堪え切れず唇を噛み締めた。一つだけ、はっきりしている事がある。我々大人が、子供を戦場に立たせているのだ。彼に重すぎるものを背負わせているのだ。
不甲斐ない大人たちが、男たちが、なによりこの俺が。
自分の胸が締め付けられる様だった。その苦しさを振り払うように、右手に持った剣を休みなく振り続けている。身体が、心が、何かに突き動かされていた。
一刻も早く終わらせるべきなのだ。こんな純粋そうな少年が、命を賭して剣を振るう今の時代を。
上手く敵将を釣り出せている。ロイ・マクエルは息を切らしながら感じていた。
赤いフサを取ったのはやはり正解だった。最初のぶつかり合いの後。その敵将の落ち着いた采配ぶりを見て、挑発する事を思い付いて実行した。いまのところ上手く嵌った感じになっている。
背中から感じられる刺し貫くような視線。後ろから僕に向けて強烈に放たれている武威の気があった。大薙刀を持って、しっかりと追って来ている。赤いフサの持ち主である敵将だ。
振り向いて視線を合わせる、目には異様な光を帯びていた。誘導されているままではなく、必ずどこかで追いついて来る。濁りながらも鋭く光る瞳は僕を殺す事だけを考えていると思う。
絶望の瞳ではない、なにかに憑かれたケモノの目。恐らくだが今のあの人は屍兵と化している。それゆえ強い。生きて帰るつもりもない、此処で僕と死ぬ気だ。もはや捨て身なのだ。
・・・あの将には悪い事をしてしまった。だが此方とて譲れない。この作戦が成功しなければ何も始まらないのだ。
────────ロイ・マクエルに『武運を』
胸の中に収めてあるオーカ草の花束が見える。今朝僕にトウ・オーカさんが届けてくれたもので、その言葉とともに送られた花束だった。
ちなみに思いもよらない贈り物に感激して、思わず抱きつこうとしたらアッパーカットが飛んできた。僕は華麗に躱した。じいちゃんとの鍛錬には殴り合いもあったので造作もない。帰ったら再度抱きつこう。後ろからいきなりがいいかな? 犯罪かな? でもそれくらい嬉しかった。あの花束が。
僕が殿部隊のみんなに配った花束はオーカさんの花束をマネて作ったものだ。出陣前は部隊の誰もが死ぬ事を覚悟していた目だった。
けど、あの花束を渡すと皆の目に光が灯った。『生きて帰る』と云う気持ちはとても大事だ。それが無いと人は簡単に死を選んでしまう。
・・・オーカさんから送られた花束はとても美しく、ともすれば殺意の渦に呑まれようとする僕の心を推し止めてくれる。
もうあの時みたいな黒いけものにはならない。これは私欲を満たす為の殺し合いでなく、あの王による哀しみの連鎖を断ち切るための戦いなのだ。
トウ・ユーナの件だけでなく、今もユークリッド王の後宮には200人もの若い女性がなかば幽閉に近い形で生活しているという。
それだけ多いのには理由がある。気に入る入らないに関わらず好んで女性たちを嬲り殺しにするらしいのだ。その数は年に30人は下らないという。後宮に沢山囲っておかないと直ぐに女性が尽きてしまう。そんな理由からだった。
正に狂った魔王だった。それなのに国内で暴動や反乱があまり起きていない。女性の問題以外は内政も外交も良くやっている王なのだ。だから娘や妻を取られる人以外は知らん顔で、国内から王を糾弾する動きも起こらない。
そんな国内状態の中で女性は生け贄にされている。そのような無法がまかり通っているのがユークリッドと云う国なのだった。女性の涙の上に成り立つ国。いや、国王なのだ。
あの紅く美しいオーカさんの瞳を、夜叉の瞳に変えてしまう程に歪んで狂った国だった。
僅かに救いなのがユークリッド王は国民にも兵にも好かれていないと云う事実だ。恐らく軍の親衛隊ですら、いざとなったら守ることをしないだろうとオーカさんは言っていた。自業自得とはいえそれでは裸の王様だ。
行なってきた行為から考えてもけっして許されざる王だ。だが愛も情も知らない哀れな王ではあった。何かが違えば良き王になり得たのだろうか・・・。
「ロイくん! 騎兵を抜けるぞ!」
マリオさんの言葉にはっと我にかえる。いつの間にか馬上で後ろ向きになっていたので気づかなかった。
敵騎兵隊が周囲から消えて、後ろに遠ざかっていく。無事に抜けたようだ。
箔山の殿部隊を探す。いた。ここから見る限り、殿部隊もその先の馬車もかなり先にいる。周りに敵騎兵の馬影はほとんどない。10騎共に健在の様だ。横陣も崩れていない。
逆に敵騎兵隊の方は完全にバラバラで、陣形も何もない。指揮する将も今は見えなくなっている。一騎駆けによる騎兵隊の分断と混乱。上手くいった様だった。
「ここから馬首を返して殿部隊に追いつくぞ。振り落とされないようにしてくれよ」
「わかりました。それとマリオさん、左手の向こうを見てください。微かに見えるあの丘、箔山峡谷の入り口手前にある丘じゃないですか?」
「! そうだ! 箔山峡谷に間違いない。いいぞロイくん。犠牲を出さずに上手く敵騎兵を釣り出せた。後はこいつらを峡谷に招きいれるだけだ」
招きいれるのは容易いように思う。ロイくんの煽りで敵の騎兵隊はもう統率が取れていないのだ。将も怒りで我を忘れている。
勝った。勝利が直ぐ其処に見えている。レベルカ。丘から見てるか? 無事帰ってきたぞ。お前に渡すものがあるんだ。人から貰ったものだがキレイな花なんだ。
マリオは手綱を引き、馬首を返して殿部隊へ黒雲を向ける。そして走り出す。一瞬視界の隅に何かが光った。熱いものが左の脇腹を通り抜ける。
「マリオさんっ!!!」
左の脇腹を押さえる。血が、流れ出ていた。痛みもある。痛いのなら大丈夫だ。死んでいった傭兵仲間たちは、みんな息をひきとる時痛みがないと言って死んだ。
「無事だ、ロイくん。このまま殿部隊に追いつく、敵を蹴散らしてくれ。今はちょっと剣を振れん」
「!! わ、わかりました。無理はしないで下さい、マリオさん。敵には、此方に指一本触れさせません」
「頼もしいな。頼んだ」
このまま騎兵を峡谷で策に嵌めて、孤立した王軍の歩兵5000を此方の全戦力で叩く。
歩兵たちは指揮できる騎馬がいない上、近くには退却できる砦も城もない。戦術的な判断も目的も定められぬまま、混乱して散り散りに逃げ出す筈だ。退却もままならない王は丸裸になるだろう。
全てが、上手くいっている。マリオは痛みで視界が薄れる中、そう考えていた・・・。




