表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/68

ロイ・マクエル受難の日々⑳

なぜ、人は戦うのか・・・。



         第42話



      「それぞれの渇望」




 バングラは懸命けんめいに馬を走らせていた。走る馬のれの中を、同じく馬でよこって進むのには、かなりの馬術が必要で中々(なかなか)上手くはいかない。


 俺の馬に比べて流石さすがにあの巨大馬は見事だった。かわしてけて時にはぶつけて、ほとんど走る速度を落とさずに駆けている。驚く程の馬術である。騎手の者も並の乗り手ではない。


 今も『怒り』が頭の先から足先までをつらぬいているようだった。あまりの怒りに手がふるえている。武人として、かつてこれ程の恥辱ちじょくを与えられた事はない。


 先程のちがい。俺の全力、すべてを込めた大薙刀おおなぎなた一刀いっとうはなった。それをあの小僧は何でも無いようにいなしてけたのだ。


 小僧だとのおごりも、曲芸者だなどの見下みくだしもなかった。前のめりになった時は死を覚悟した。あの時馬上の小僧は、間違まちがいなく俺の首を取れた筈だ。


 ・・・それがわざわざ背中に乗り、かぶとの頭頂にある【飾りフサ】を奪って去っていった。一瞬あぜんとした。ひどい悪夢でも見ているのかと思った。血をいたような叫び声が出た。あなどられたのだ、雑兵ぞうひょうのように。




 馬上での威容いよう果敢かかんなる戦いぶり、それらに敬意すらいだいた。間違いなくあの男を英傑えいけつたぐいだと感じた。


 それならばやぶれたとしても武人として、軍人としてなんら恥じる事はない。堂々と戦い、おのちからが及ばなかっただけ。首を討たれようとそれを受け入れるのが武人と云うものだ。


 だが、あれは武人などではない! あれは子供だ。姿すがたかたちとうことではなく、なにも知らない小童こわっぱなのだ。武人の誇りと矜持きょうじを遊びのようみつけにして逃げた。せせら笑いが聞こえた気がした。


 バングラ・ランス将軍はすでに死んだ。殺されたのだ、あの小僧に。路傍ろぼうの石を蹴飛けとばすかの如く。ゆるわけにはいかなかった。


 今はただ一個いっこの男としてけている。恥をすすぐ為にあの男の首を取る。それだけでいい。それが全てだ。









 黒雲をあやつりながらマリオは剣を振り続けていた。手綱たずなは持っているだけだったが、馬は進むべき道が解っているのか、敵騎兵の中を右へ右へと突き進んでいた。


 ロイ・マクエルのいくさぶりは圧巻の一言だった。周囲に殺到してくるほとんどが彼の手で討ち倒されている。その数はすでに50騎は超えているだろう。


 ただ、流石さすがに呼吸がみだれ始めていた。右手に赤いフサを持っているので今は左手の剣しか使えないみたいなのだ。捨てろとも言えない。時折ときおりそれを天に掲げて敵騎兵をあおっているのだ。


 この乱戦らんせんでできるだけ多くの騎兵を叩くつもりだ。将の誘導ゆうどうと騎兵の数減かずべらし。すでに先を見据みすえて戦っている。騎兵隊を制御せいぎょ不能ふのうにまでおちいらせようとしている。彼の戦術眼は並外なみはずれていた。




 ・・・どうしてもある疑問が浮かぶ。彼はなぜ、ここまで果敢かかんに戦いにいどむのだろう? 何が彼をそうさせるのだろうか? 聞いたところでせんいことかもしれない、しかしだ。彼はまだ13歳だと云う。普通ふつうならば同い年の友達と遊んでいるとしころではないか。


 マリオはこらえ切れずくちびるを噛み締めた。一つだけ、はっきりしている事がある。我々大人が、子供を戦場に立たせているのだ。彼に重すぎるものを背負せおわせているのだ。


 不甲斐ふがいない大人たちが、男たちが、なによりこの俺が。


 自分の胸がめ付けられるようだった。そのくるしさを振り払うように、右手に持った剣を休みなく振り続けている。身体が、心が、何かに突き動かされていた。


 一刻も早く終わらせるべきなのだ。こんな純粋そうな少年が、命をして剣を振るう今の時代を。









 上手くてきしょうを釣り出せている。ロイ・マクエルは息を切らしながら感じていた。


 赤いフサを取ったのはやはり正解だった。最初のぶつかり合いの後。その敵将の落ち着いた采配さいはいぶりを見て、挑発する事を思い付いて実行した。いまのところ上手くはまった感じになっている。


 背中から感じられるつらぬくような視線しせん。後ろから僕に向けて強烈に放たれている武威の気があった。大薙刀を持って、しっかりと追って来ている。赤いフサの持ち主である敵将だ。


 振り向いて視線を合わせる、目には異様な光をびていた。誘導されているままではなく、必ずどこかで追いついて来る。にごりながらもするどく光る瞳は僕を殺す事だけを考えていると思う。


 絶望の瞳ではない、なにかにかれたケモノの目。恐らくだが今のあの人は屍兵しへいしている。それゆえ強い。生きて帰るつもりもない、此処ここで僕と死ぬ気だ。もはや捨て身なのだ。


 ・・・あの将には悪い事をしてしまった。だが此方こちらとてゆずれない。この作戦が成功しなければ何も始まらないのだ。



 ────────ロイ・マクエルに『武運を』



 胸の中に収めてあるオーカ草の花束はなたばが見える。今朝けさ僕にトウ・オーカさんが届けてくれたもので、その言葉とともに送られた花束だった。


 ちなみに思いもよらない贈り物に感激して、思わず抱きつこうとしたらアッパーカットが飛んできた。僕は華麗にかわした。じいちゃんとの鍛錬には殴り合いもあったので造作もない。帰ったら再度抱きつこう。後ろからいきなりがいいかな? 犯罪かな? でもそれくらい嬉しかった。あの花束が。


 僕が殿しんがり部隊ぶたいのみんなにくばった花束はオーカさんの花束をマネて作ったものだ。出陣前は部隊の誰もが死ぬ事を覚悟していた目だった。

 けど、あの花束を渡すと皆の目に光がともった。『生きて帰る』と云う気持ちはとても大事だ。それが無いと人は簡単に死を選んでしまう。


 ・・・オーカさんから送られた花束はとても美しく、ともすれば殺意のうずに呑まれようとする僕の心をとどめてくれる。

 もうあの時みた(・・・・・)いな黒いけもの(・・・・・・・)にはならない。これは私欲しよくを満たす為の殺し合いでなく、あの王によるかなしみの連鎖れんさを断ち切るための戦いなのだ。


 トウ・ユーナの件だけでなく、今もユークリッド王の後宮こうきゅうには200人もの若い女性がなかば幽閉ゆうへいに近い形で生活しているという。

 それだけ多いのには理由がある。気にらないに関わらずこのんで女性たちをなぶごろしにするらしいのだ。その数はねんに30人はくだらないという。後宮に沢山たくさんかこっておかないとぐに女性がきてしまう。そんな理由からだった。


 まさくるった魔王まおうだった。それなのに国内で暴動や反乱があまり起きていない。女性の問題以外は内政も外交も良くやっている王なのだ。だから娘や妻を取られる人以外は知らん顔で、国内から王を糾弾きゅうだんする動きも起こらない。


 そんな国内状態の中で女性はにえにされている。そのような無法むほうがまかり通っているのがユークリッドと云う国なのだった。女性の涙の上に成り立つ国。いや、国王なのだ。


 あの紅く美しいオーカさんの瞳を、夜叉の瞳に変えてしまう程にゆがんでくるった国だった。


 わずかに救いなのがユークリッド王は国民にも兵にも好かれていないと云う事実だ。恐らく軍の親衛隊しんえいたいですら、いざとなったら守ることをしないだろうとオーカさんは言っていた。自業自得とはいえそれでは裸の王様だ。

 おこなってきた行為こういから考えてもけっして許されざる王だ。だがあいじょうも知らないあわれな王ではあった。何かがちがえばき王になり得たのだろうか・・・。




「ロイくん! 騎兵を抜けるぞ!」




 マリオさんの言葉にはっと我にかえる。いつの間にか馬上で後ろ向きになっていたので気づかなかった。

 敵騎兵隊が周囲から消えて、後ろに遠ざかっていく。無事に抜けたようだ。


 箔山はくざん殿しんがり部隊を探す。いた。ここから見る限り、殿部隊もその先の馬車もかなり先にいる。周りに敵騎兵の馬影ばえいはほとんどない。10騎共に健在けんざいようだ。横陣おうじんも崩れていない。


 逆に敵騎兵隊の方は完全にバラバラで、陣形じんけいも何もない。指揮する将も今は見えなくなっている。一騎駆けによる騎兵隊の分断と混乱。上手くいった様だった。


「ここから馬首ばしゅを返して殿しんがり部隊に追いつくぞ。振り落とされないようにしてくれよ」


「わかりました。それとマリオさん、左手の向こうを見てください。わずかに見えるあの丘、箔山はくざん峡谷きょうこくの入り口手前にあるおかじゃないですか?」





「! そうだ! 箔山峡谷に間違いない。いいぞロイくん。犠牲を出さずに上手く敵騎兵を釣り出せた。後はこいつらを峡谷にまねきいれるだけだ」


 招きいれるのは容易たやすいように思う。ロイくんのあおりで敵の騎兵隊はもう統率が取れていないのだ。将も怒りで我を忘れている。


 勝った。勝利が其処そこに見えている。レベルカ。丘から見てるか? 無事帰ってきたぞ。お前に渡すものがあるんだ。人からもらったものだがキレイな花なんだ。



 マリオは手綱たずなを引き、馬首を返して殿部隊へ黒雲こくうんを向ける。そして走り出す。一瞬視界のすみに何かが光った。熱いものが左の脇腹を通り抜ける。




「マリオさんっ!!!」




 左の脇腹わきばらを押さえる。血が、流れ出ていた。痛みもある。痛いのなら大丈夫だ。死んでいった傭兵仲間たちは、みんな息をひきとる時痛みがないと言って死んだ。



「無事だ、ロイくん。このまま殿部隊に追いつく、敵を蹴散けちらしてくれ。今はちょっと剣を振れん」



「!! わ、わかりました。無理はしないで下さい、マリオさん。敵には、此方こちらに指一本触れさせません」



「頼もしいな。頼んだ」



 このまま騎兵を峡谷でさくめて、孤立した王軍おうぐん歩兵ほへい5000を此方こちらの全戦力で叩く。


 歩兵たちは指揮できる騎馬がいない上、近くには退却できるとりでしろもない。戦術的な判断も目的もさだめられぬまま、混乱して散り散りに逃げ出すはずだ。退却もままならない王は丸裸まるはだかになるだろう。



 全てが、上手うまくいっている。マリオは痛みで視界がうすれる中、そう考えていた・・・。




 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ