ロイ・マクエル受難の日々⑱
実は週間更新になって初の回です。
第40話
「かつて見た夢」
──────今だに思い出す。その日は身体に吹き付ける北風が、やけに冷たい日だった。
「『辞める』? 辞めるだと!? それは一体どういう意味なんだ!? ロビン」
「言った通りの意味だ。俺は辞めると言った。ローエン」
薄闇が辺りを覆い始める夕時刻の丘の上で、この俺フリス・ローエンとロビン・ガトリンは焚き火を挟んでに互いに向かい会うように座っていた。
その周りを幹部たちがやや遠巻きにぐるりと取り囲んでいる。俺たち二人の会話が届く、ギリギリの所にそれぞれが腰を降ろしていた。
真っ直ぐに俺の目を見るロビンの瞳は、驚くほどに澄んでいる。
先程の単純明快な言葉とは裏腹に、瞳の奥に哀しみと諦めの色が複雑に混じり合っているのが見て取れた。俺は心の動揺を隠す様に、努めて冷静に言葉を選んだ。
「くだらんな。かの『大英雄』が簡単に志を捨てるはずがない。冗談でもお前の口からそんな言葉は聞きたく無かった」
「・・・言葉が足りなかった。俺たちのやり方ではもう無理だ。ここらが潮時だと思ってる。やるべきことは十分にやり切った、もうこの中央はずいぶんと平和になった。戦を仕掛けるべき相手も尽きている」
「まだ尽きていない。まだまだ悪名高い豪族も悪辣な賊徒も各地に跋扈している。まだ俺たち『中央泰平救国』軍の力を必要とする民草は多い。それに」
ロビンは右腕を上げるとローエンの言葉を遮るように右手を広げた。いつの間にかロビンの視線は焚き火に向いていて、その瞳を赤く染めていた。
「なあローエン。『血で血を洗う』と云う言葉、言い得て妙な言葉だとは思わんか? いくら血まみれの身体を血で洗おうともそんな事は意味がない。新しい血まみれの身体になるだけだ」
「そんな哲学はいい。いい加減にしろよロビン。天下を取り、俺たちの手でこの戦乱の世界を救おうと誓った志はどうする? その夢をここで諦めるのか? こんな中途半端に? バカな! 俺たちにとってそれは死だ。生きながらの死と同じではないか! お前だって同じ気持ちの筈だ!」
「・・・青臭い、子供じみた夢だった。つくづくそう思う。俺もお前も世間知らずの若造だった。剣を振るえばたちどころに世を救えるなどと、政の大事さなど何も知らない愚か者だったのだ。だから無為に死なせた。俺の息子も、お前の妻も、そして同志たちも。違うか? ローエン」
カッとなって思わず立ち上がっていた。周りを取り囲む幹部のほとんどが同じ様に立ち上がった。共に死線を越えてきた同志達だ。ロビン、言っていい事と悪い事がある。わからないお前ではないだろう。
確かに大勢死んだ。皆は平和を成すと云う戦いの途上で命を落とした。誰もが幸せに暮らせる世界をと、夢に抱きながら死んだ。誰にもその死を嘲ることは出来ない。それに。
「辞めたとして俺たちの志はどうなる? 無かった事にでもするのか? それこそ死んでいった同志達は無駄死にではないか! 今も現実にはか弱い女子供が俺たちの助けを待っているんだ。なあロビン。俺たちは目の前にいる罪なき民を救う道を選んだ。違うか? 」
「・・・その志も始まりはただの用心棒とひとりの馬商人の夢物語だった。よくぞここまで大きくなった。俺たちの手で救えた人々も間違いなく居たのだ。もうここらでいい。幸せすぎる夢を俺たちは見れたんだ、ローエン。もう寄せ、それ以上はしゃべるな」
「いや、言わせろ! そんな懐かしむ話はいい。そんな小人の泣き言などを聞きたくはない。ロビン、んっくっ」
突然胸に溜まったモノが暴れ出す。俺は目眩を覚えると四つん這いになり、思わず口を押さえた。
ロビンがこちらに駆けてくる。やめろ。違う。お前は英雄なんだ。一人の人間を顧みるな。こちらにくるな。
胸の中で何かが破裂する。口の中に大量の血が溢れ、たまらずその場に吐き出した。地がたちまち赤黒く染まっていく。
気が遠くなりそのまま倒れ込もうとする俺を誰かが抱きとめた。血の海に沈もうとする俺を懸命に押し留めている。
お前はいつも、いつもそうだ。優しすぎる男だった。
今も全てを背負い込み、自らを悪者に仕立て、去ろうとしている。
英雄を掴もうと伸ばした手は空を切り、何も掴めぬままダラリと垂れた。
今からおよそ30年前。その頃のこの大陸の中央には、20カ国ほどの国がひしめき合うように存在していた。
常に国境を巡っての争いが絶えず、【エルグパウダーケグ】、中央火薬樽とまで言われて揶揄されていた。それは毎日のように、各地のどこかで戦や反乱が発生していた為である。
だが、この20カ国程の少国家群はある英雄と、その同志たちの出現によってわずか5年余りでその数を6カ国にまで減らしていた。
無敵無双の英雄を首領に仰いだ男たちの一軍。『中央泰平救国』の旗を掲げた義勇の軍が立ち上がり、悪政無法を働く国々を討ち滅ぼしていったからだった。
世を憂う者たちが集まり戦うその姿に、高潔な戦いぶりに、世界中の虐げられていた者たちからの惜しみない喝采が送られた。またたく間にその名は全世界を駆け巡った。
今でも語り草になる、英雄たちの時代であった。彼らの手で、誰もがこの戦乱の世が終わると期待した。それほどまでにその英雄は強く、民から絶大な支持を集め、慕われてもいた。
その首領の事を民は皆、敬意を込めて『大英雄ロビン』と呼んだ。
だが、英雄ロビンは突如として姿を消す。
死んだとも、逃げたとも噂された。そうしてあまりに突然に、あまりに不可解に、あまりに鮮烈に、英雄の時代は終わりを迎えたのだった。
僅かに『中央泰平救国』の旗は同志たちの手で遺された。そして『中央泰平コネクション』と姿を変えて、今の中央ギルドとなって残るに至っていた。
────────────再び、箔山公民館
「・・・・・・・・・久しいな。ローエン」
「・・・・・・・・・老いぼれたな。ロビン」
ロビンとローエン、二人の視線が鋭く交錯した。強者のみが発する武威の気が箔山の公民館内に充満する。
ロビンはおもむろに椅子に座るとローエンにも座る様に促した。ローエンの殺気が僅かに収まり、同じ様に座る。
周りで固唾をのんで見守っていた面々も改めて椅子に腰掛けた。この二人の交わす会話に注目する。古い顔馴染みであることは察せられた。
「病は癒えたとの話は聞き及んどった。そこの眼鏡っ子、お主の娘だろう? なんとなくだがしゃべり方が似とるわい」
「・・・・・・・・・お前の息子のレム・ガントスも壮健じゃな。まさか『英雄ロビン』がハウンズ家の人間だったとはの。あの息子は凄いな。最早一国を簡単に討ち滅ぼすぐらいの影響力は持っとる」
「どうかの? まあ仮に出来るとしてもアレはそんなマネはせんよ。儂らの時代とは違う」
「・・・時代か。ところでロビン。レベルカに出した傭兵派遣の依頼、あれは一体何のマネだ? 武を持って解決する時代はもう終わっとるだろ。 国王の命を狙っての戦などと常軌を逸しとる」
ローエンは周りをグルリと見回した。なるほど。【英雄ロビン】、今度はこ奴らに担がれたという訳か。お前はいくつになっても優しい男だな。
だがもういいのだ。これ以上人の為に剣を振るな。今度はお前が命を落とす。
ローエンは軽いため息を付くと、この依頼を断ろうと立ち上がる。
「ホッホッ、なんじゃローエン。ボケとるのか? 儂が担がれた訳でも唆した訳でもないぞ。十分な考えあって国王を討つ気じゃ。それにこ奴らの顔を良く見てみい。人に縋って何かしてもらう様な面に見えるのか?」
「・・・ぬう?」
喜色満面といった口調で声を上げるロビン。その言葉でローエンは改めて周りを見回す。なるほど、誰もが性根の座った良い目をしている。
もう英雄ロビンの時代ではない、杞憂だったと云う事か。
「抜かすじゃねえかロビン。耄碌ジジイが粋がって棺桶に突撃でも仕掛けるつもりなのかと焦って来たんだが、まあコイツらが働くってんなら一安心だ」
「久々に会ったとゆうに、お主は口が減らんの〜〜。ところで業突く張りは少しは治ったのか?ジジイの上に金の亡者では救われんぞ?」
「いちいちと癇に障る糞ジジイじゃな。お前こそ小娘のケツばかり追っかけて性犯罪で捕まっとったんじゃないのか?あん」
「いやいやお主が」「なんのなんのお前が」
ハウンズ家のロビン・ガトリンとギルドのフリス・ローエンの軽い罵り合いが一向に収まらない。
サラは苦笑する。今回の戦はお互いに協力して事に当たるほかない。今日の内に作戦を煮詰めておく必要がある。
だのに影響力のある二人がこれでは少しも話が進まない。あまり酷くなるようだと連携にも齟齬が出るかもしれない。しかしどうすれば良い?
ガトリン様は当然だが、ローエン殿もかなりの使い手である。伊達にギルドマスターを長く務めてはいない。何人もの刺客を返り討ちにしている強者だ。どうする・・・?どうやって上手くおさめる。
『タタタタン』
4本の小剣が老人二人の目の前の机に突き立つ。
「いい加減にしてくんない、じいちゃん達。皆で黒雲を見に行きたいんだ。ジジイ二人の茶飲み話なら、馬を見ながらでもいいんじゃないの? あとこの小剣のせいで僕のジュースがこぼれちゃったんだけど」
小剣を投げつけたのはロイ・マクエル。確かにロイ様のジュースだけがこぼれている。
・・・・・・・・・が問題はそこじゃない。
公民館に入りばなに、ローエン殿から矢継ぎ早やに繰り出された小剣をロビン様が弾き飛ばしたのは見た。
飛ばされた小剣がロイ様に迫り、一瞬ギクリとしたが全てが消えたのでロイ様が叩き落としたとばかり思っていた。
が、どうやら4本全てをガラスコップで掬い受けていた・・・のか?。
にわかには信じられない離れ技だ。軌道も速度もバラバラの小剣を4つともコップを割らずに掬い受ける。それを理解したのかローエン殿は口をポカンと開けて呆然としている。
「ガッハッハッハッハッハッハッハッハッ〜いやすまん、すまん坊主。悪気はなかった許してくれ」
フリス・ローエンは大笑いすると殺気を解いて、机に刺さった小剣を回収した。
「ところで坊主は・・・ロビンの孫じゃないのか? 昔のこいつによく似ておる」
「坊主じゃなくてロイ・マクエル。確かにロビン・ガトリンは僕の祖父だけど、そんなに似てるかなぁ?」
「容姿じゃなくてだな。大昔にコイツに初めて会った時も同じ様に小剣を投げつけたんだが、これまた同じ様にコップで掬い受けよったんじゃ。いや〜、思い出した思い出した、カッカッカッカッカッ」
「ええ? そうなのじいちゃん?」
「・・・・・・・・・大昔の話じゃ、忘れた」
3人のやり取りで館内は急速に落ち着いた。作戦の話はマリオの黒雲を見てから進めることに決定して、ローエンもそれに加わり全員が公民館を出る。
道中フリス・ローエンがロビン・ガトリンに声を掛けるので会話が皆の耳にも入ってくる。
「ところでまた寡兵での戦か? ロビン。出来る範囲内で一応は馬と武具。傭兵や食糧を揃えてはきた。ただ、あんまり大戦はできんぞ?局地戦を1〜2回じゃ。兵の数も食糧も足らん」
「ケチくさいのう。まあ心配いらん。一戦で決める。工兵部隊も連れて来とるんじゃろ?罠の仕掛けを後から打ち合わせするからそんとき呼んでくれ」
「うるさいわ。2日でかき集めたんだぞ、これが限度じゃ。それよりやっぱり策に嵌める気か、レベルカからあった要請の物資量じゃ小人数しか動けんからの。罠に嵌める事もあると思って工兵は用意はしとる」
老人二人は道すがらでも会話が全然止まらない。30年の空白を埋めるかの様に不敵な笑いを浮かべつつ軽妙なやり取りを交わしていた。
レベルカの目には二人はとても楽しそうに見えた。
いつも厳しくも寂しげな父がこんなにも楽しそうに笑う事があるのだとレベルカは驚いていた。
・・・きっと、昔も二人はこうやってやり合いながら戦の世を生き抜いてきたのだろう。
私達同僚3人の在り方とは全く違う。戦乱の世の【同志】や【戦友】とはこういったものなのかもしれないとレベルカは思った。
荒々しくも温かい・・・、そんな仲間たち。
レベルカには今の父の楽しげで嬉しそうなやり取りが、とても眩しく感じられた。
「あっと」
よそ見をして歩いていたレベルカに何かがぶつかった。それは、その巨大な生き物は、道の真ん中に堂々と立ち塞がっていた。
「おおお・・・」「これは・・・すごいな」
トウ・オーカとマーク・ザインはその姿に圧倒され、思わず声を上げた。
「なんだよ、黒雲。わざわざ出迎えか?」
マリオが近寄るとその巨馬は尻尾を一度払い、知らぬ顔を決め込んだ風に横を向いた。
通常の馬の2倍近くはあるだろう堂々たる体躯の巨馬の姿に、初めてみる者たちの視線は釘付けになった。
レベルカとルベルを除く全員が、頬を上気させて頷き合う。二人騎乗の殿作戦がこれで決まった。
1話分爺さんの昔話で引っ張りました。次回からはとうとう戦いが始まります。




