ロイ・マクエル受難の日々⑮
第37話
「ほんとうに願ったもの」
仄暗く濁って沈んだ瞳。それでいて人を射るような強い光を放っている。僕は一目見てピンときた。あれは絶望の瞳。
ロイ・マクエルはトウ・オーカの目を見つめる。
足掻こうとも藻掻こうとも、掴むのは絶望だけ。それでも必死に何かを掴もうとしている。あれは昔の僕だ。家族を皆殺しにする事が救いだと信じていた。最後にそんな歪んだ想いに囚われた、濁って、沈んだ、絶望の瞳。
掴んでも掴んでも足元から崩れる絶望の中でさらに絶望を掴む。それは蜃気楼を追いかけて、底なし沼に嵌まっていく様なものなのだ。今ならば解る。僕はじいちゃんに救われたのだと。
僕みたいな子供では駄目だ、あの人は救えない。最初から聞く耳を持たない。あの沼に嵌まった人を救えるとしたら、武人として人生経験豊富な人間だ。いい歳をした擦れてる男性。『黒弾アルト』
きっとサラさんならば救いの手を出せる筈だ。僕が救われたようにあの人も救われてほしいと思う。
僕はじいちゃんだったけど女性であるなら、サラさんの様なイケメン男子の手で救われて欲しい。
・・・・あれ、おかしいぞ?なんだか無性にむかっ腹が立ってきた。なんでその男前な役割りが僕に回ってこないんだ? イケメンは常に正義か? ブサメンはそんなに駄目なのか? 関係ないけどなんで僕の場合は美少女の手で救われなかった? 理不尽だ! 訂正を要求する!
ここからアクロバティックな展開になって僕とオーカさんが恋に落ちるとかにならないかな?いや待て根本的な改革を考えろ、それはなにか? そうかイケメンとかが死ねばいいのだ。この発想は革命だ! 『ブサメン革命ロイマクエル!』 ブサイクに人権を! ブサイクに愛の手を! とりま僕が国王になったらイケメンには重税だな。『風貌不労所得税』を徴収しよう。イケメンは歩いているだけで見初められて恋が始まるとかもう不労所得だね。絶対に許さん。絶殺だ。爆発しろ。
! イッテ。なんだ? 小石が頭に当たった?
・・・あっ、おおっと危ない危ない。何を考えていたんだ僕は。いくら何でも駄目だろそれ。男の嫉妬ってのはみっともないものだ。うんうん。
・・・・さり気なくマスクに鳥のフンをのせるぐらいにしておこう。二人の戦いを最後まで見届けないとならないしな。
・・・・・それはさて置き、オーカさんの声って少し甘ったるい感じでカワユス。
完全に妄想トリップ状態のロイ・マクエルに小石をぶつけたのは木の上のマーク・ザイン。小さく溜息をついていた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
トウ・オーカの戟。目にも留まらぬ連続攻撃。速いだけではない、頭、腹、足元、上下、左右あらゆる角度から急所を狙って変幻自在に戟が伸びてくる。サラも黒鉄棒を自在に操り、その悉くを捌いていく。手練れ同士の一騎打ちは互いに一歩も引かなかった。
焦れたオーカが飛び上がって戟を振り上げる。強烈な振り下ろし。アルト・サラの黒鉄棒がそれを大きく弾き飛ばす。大きな火花が周囲に舞った。オーカはふり飛ばされる格好になったが鮮やかに受け身を取り、直ぐに跳ね起きた。
目に闘志が漲っている。いい目だった。一騎打ちを始めた時より明らかに澄んだ瞳になってきていた。過酷な修練を積み重ねてきたのだろう。サラにはそれが解る。既に10分以上打ち合っているが戟さばきは少しも衰えない。
この獲物を食い破る肉食獣の様な赤い瞳こそが、彼女本来のものなのだろう。面白くなってきた。
「トウ・オーカ。いくぞ。此れを凌げるか?」
「はっ。御託はいいよ。掛かってきな」
アルト・サラの黒鉄棒がユラリと糸を引くようにゆっくりと旋回を始める。右、左、と旋回を拡げていく、いや、消えていく。
オーカは息を飲む。消えた訳ではない。異様な動きに目が慣れないだけだ。だた旋回させているだけではない。上下左右に動かす事でまるで軌道が予測できない。まるで黒鉄棒自体が生きている様だった。
アルト・サラは徐々に身体を揺らしながら回り始める。身体を美しくを回転させながら、黒鉄棒が鳴動する生き物のように現れては消える。それはまるで神獣を従えた神が、美しい舞を舞っているかの様に見えた。
「あれが棒術の奥義と云われる【踊り棒術】か。初めて見た。身体が震えてくるね」
木の上でマーク・ザインは独りごちる。最早使える者が絶えたと云われる技。マークもガントス爺様に聞くまで知らなかった程だ。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
一際大きな雄叫びが迷いの森に谺した。トウ・オーカ。この棒術を見ても、いささかも怯まない。寧ろその瞳は燃え滾る業火の様に赤く輝いていた。
自らの武威の気を極限まで練り上げる。まさに血湧き肉躍るとはこのことだ。アタシはトウ・オーカだ。何であろうと噛み砕いてやる。
戟を両手で挟み込むように持ったオーカが皆の視界から消える。一足飛びでアルト・サラに踊りかかった。信じられない速さで、手にした戟を上と下から挟み込む様に繰り出した。一頭の巨大なけものの顎がアルト・サラに喰らい付き、噛み砕く。
『ガイィィィィィィィィィィィィィィン』
耳を劈く轟音。トウ・オーカの持っていた戟が空を舞っていた。回転する様に吹き飛ばされ仰向けに倒れ込むトウ・オーカ。戟は天空で美しく弧を描きながらゆっくりと落下すると、地に真っ直ぐ突き立った。その瞬間周囲からの「おおっ」と云う歓声。
アルト・サラは【踊り棒術】の構えを解くと静かに黒鉄棒を下ろし、息を整える。
此処に二人の戦いは決着した。
目礼をしようとサラはロイ・マクエルの方を見る。私のマスクに何かを置いているところだった。・・・嫌な予感がする。後でキツく詰問させて貰おう。
ロイ様に指示を仰ごうと思ったが、何やら取り込み中なので独断でやらせて貰う事にする。
驚くべき事にトウ・オーカは気を失うこと無く上半身を起こしていた。その瞳は炎の様に赤かった。
「勝負あった。でよいな女。いや、トウ・オーカ」
「・・・ああ。アンタの勝ちだアルト・サラ。早く首を打て。最後の最後でいい勝負をさせて貰った」
「甘えるな。勝ったのは私だ。どうするかは私が決める。それが戦場の習いだ」
「・・・そうだったね。好きにしな。ただ、アタシの身体は薄汚れてるよ。おぞましい身体さ。抱く事も売る事もできないと思うよ」
「見くびるなよ。この【黒弾アルト】を。男、女ではなく一個の武人として相手を評価する」
「なに言ってんだい。『女は殺したくない』とか言っていたくせに。フフフ、甘ちゃんは早めに命を失くすよ」
オーカは思わず笑った。いつ以来だろうか。自然と笑みが溢れる。命を削り合える程の強者と出会い、そして思う様戦う。せまい箔山では叶うなずもない夢だった。
今回迷いの森に来た事も、どこかで子供の頃に聞いていた【英雄ロビン】に倒されて死ぬ事を願っていたのかも知れなかった。そんなアタシの我儘に箔山の仲間を巻き込んでしまった。
オーカは顔を上げ、サラを見た。
「頼みがある、アルト・サラ。後ろにいる黒い服の者たちは逃がしてやってくれ。アタシに唆されて付いてきたんだ。箔山に家族もいる。失くしたモノもあるが残しているモノも大事だと、弟を失くしたアタシを見て感じた筈だ。死んだ者たちの弔いを済ませたら帰ると思う。頼む」
オーカは頭を下げた。枯れ果てたと思っていた涙がポタリと手の甲に落ちる。アタシにも確かにあったのだ、失くしたくないモノが。逞しい父や厳しい母、生意気な弟とかわいい妹。アタシはどこで間違えたのか? 余りに愚かな人生だった。
ユーナ、お姉ちゃんを許せ。お前の為に何の力にもなれなかった。お前は優しい子だ。お姉ちゃんの様には生きるな。柳の様にしなやかに、しかし力強く生きるのだ。
さようなら。ユーナ。
トウ・オーカは毅然と顔を上げた。一切の迷いのない顔。瞳は爛々《らんらん》と輝いて吸い込まれそうな美しさだった。まだ汚れを知らない少女だった頃、【箔山の紅い宝石】とまで云われていたトウ・オーカの姿が其処にはあった。
「・・・トウ・オーカ。お前の願いは聞き届けた。心配はするな、せめて最後は痛みなく首を飛ばしてやろう」
アルト・サラは黒鉄棒に気を込める。全力で振り抜く事で痛みなく死ねるだろう。チラリとロイ・マクエルを見る。泰然自若として居られる。主が動かぬならば何をか言わんや。さらば。女武者トウ・オーカよ。
アルト・サラの黒鉄棒が振り抜かれた。




