ロイ・マクエル受難の日々⑬
第35話
「黒い武人」
──────丸太小屋包囲網、ギルド襲撃部隊本隊
「軍神・・・・ロビン・・・・なのか・・・?」
ギルド襲撃部隊、部隊長のフリス・レベルカは頭に浮かんだかつての英雄の名を思わず口にしていた。
父であるギルドマスター、フリス・ローエンから何度も聞かされた【人外の武】。どんな豪傑も、勇者も、3合と剣を交える事もできず討ち倒されたと云う英雄。今なお、現役なのか?
「・・そうかい、わざわざ英雄自らのお出迎えとは恐縮するねぇ。アタシも姿を見せておかないと礼儀を失するね」
レベルカは背後からの女性の声に驚いて振り返る。
片目に眼帯を付けた全身黒尽くめの服を身にまとう女性が立っていた。いつからいた!? レベルカの背中に冷や汗が伝う。この黒い女性から感じとれる強烈な殺気にゴクリと息を飲んだ。
「止め」
黒い女性は感情の籠もらない、けれどよく響く声で森に向かい声を掛けた。戦闘音がピタリと止む。しばらく待つとゆっくりと白面の男が森から姿を表わした。
レベルカは改めてこの白面の男を見る。化け物といった類いではない、間違いなく人だ。背がやや低い。目を引くのは非道いセンスの白面を顔に被っている事だ。口先を接吻するかの様に窄め、しかもそれがナナメ上を向いていた。完全に人を煽っている面だ。理解出来ない。
それに・・・・・・・・・身体の造り、骨格が、老人と云うより子供、少年の様な印象をうける。でもそんな筈はない、あの桁外れの剣術は少年に為せる技ではない。しかしもし【軍神】なのだとしたら私の父より歳上、60歳辺りになる筈だ。レベルカには白面の正体が解らない。
「何だか子供みたいな雰囲気だねぇ。あんたが、かの有名な【軍神 ロビン】なのかい?」
レベルカの後ろから白面の男に黒い女性が声を掛ける。白面の周囲に10名程の黒服が姿を現す。殺気は収めていない。いつでも飛び掛かかれる態勢だ。
「でもまあ、我が家の者を5分と掛からず10名近く討ち倒したんだ。【軍神 ロビン】以外では考えられ無いか・・・」
フッ、とレベルカの後ろで風が舞い上がった。
『キン』『キン』『キン』『カッ』
『フュッン』 『ガギッン』
金属を弾く音が重なり、その後耳の側を何かが通り抜ける。そして後ろにいる黒い女性の辺りで更に大きく金属音がした。
・・・・・レベルカの足元から全身に怖気が立った。この暗がりで今、間違いなく死を賭けたのやり取りがあった。まるで悪い夢の世界にいるかの様だ。
「・・・死角から投げた4本の鉄筆を全て剣で弾いて、なおかつ1本を私に打ち返す。こりゃ本当に伝説の男だよ」
黒い女性は肩当てに刺さっていた小さい鉄の棒の様なモノを抜くと胸元に終い、レベルカの後ろから前に出てきた。横顔は上気している、口角が異様なほど吊り上がって見えた。
「軍神様には此処で死んで貰う予定なんだけど、ちょっと気が変わりそうだよ。それぐらいククッ、いいねぇ」
白面の男が剣の構えを解いた。そしてこちらを見据えている。殺気も闘気もない。レベルカは何故かそれが逆に恐ろしかった。
「気にならないんですか? 貴女は?」
男が話した。子供の声だ。レベルカは思わず一歩踏み出した。脳裏に先程までの戦いぶりをが蘇る。あれ程の武を見せ付けた白面が子供!? 信じ難い事だった。
「・・・・・・気にならないとは? もうおネムの時間なのでお家に帰りたいのかい?」
黒い女性も子供と気が付いたのか軽く煽った返事を返す。
「両翼に展開している貴女たちの部隊の事ですよ。言い方を変えます、もう全滅しているでしょうから撤退した方がいいということです」
両翼の部隊が全滅。にわかには信じられない。でも先ほどから確かに沈黙している、嫌な予感が頭をよぎる。確か丸太小屋の前には3人の男がいたはず。でもこの場にはこの少年1人しか来ていない。どちらの部隊にもレベルカにとっては大事な仲間たちがいるのだ。
「撤退を約束して立ち去るならこれ以上はこちらも手は出しません」
白面の少年の声が一段と低くなる。この少年は僅かの躊躇もなく人の首を切り飛ばし、腹を両断して腹ワタを踏み付けて歩いていたのだ。剣技だけでない、戦いとなると一切の情を捨てられるほど果断なのだ。
黒い女性もその少年の言葉が気になったのか殺気を抑えると顎で少年を遠巻きに囲んでいた黒服に合図を出す。二人が森に消えた。おそらくだが状況の確認に行った。
「斥候を出すのは止めたほうがいい。狼に襲われる」
「五月蝿いね、狼避けなら持ってるよ。心配してるってのかい?さっきまで散々殺しておきながら。笑わせてくれるねぇ?」
「狼避けなら効かない。この辺りの狼にはハウンズ家の匂い袋以外の匂いの人間は襲ってもいい指示を出している。それと殺したのは殺意を感じた人間だけだ、無駄な死人が欲しい訳じゃない」
「・・・・・・・狼に指示ってアンタ何を言って」
「・・・・あ、貴方は、英雄ロビンなんですか?」
黒い女性との話に食い気味にレベルカは話しかけた。どうしても少年の正体が知りたくなり思わず声が出てしまった。が、元より教えてくれる訳がない。
戦場で敵に余計な情報を教えることは命取りになる。英雄然とした戦いぶりに幾らか浮ついていたのかもしれない。レベルカは部隊長にあるまじき軽率な言動を恥じた。
「がぁはぁ!」「!」「!」
この場を離れたばかりの黒服がコチラに弾かれる様に飛ばされて来た。地面を転がりそのまま木に激突して気を失う。
「おぉ!無事か!?レベルカァ!」
「マ、マリオ!!い、生きて!生きてた」
黒服が飛び出てきた森の方角からギルド右翼部隊を任せていた、副長のマリオが顔を出した。思わずレベルカはマリオの元に駆け出すとそのまま胸に抱き付いた。
「ヒュ〜〜、これは間違いなく愛。永遠の輪舞曲。やりますね。マリオくん。もう契りは結びましたか?」
「ち、違うんだってアルト。コイツとは養成所時代からの腐れ縁なんだ。多分今ちょっと気が動転してるんだよ」
右翼副長のマリオは、後から続いて姿を表わした大柄のマスクの男と親しげな軽口を交わしていた。
レベルカも違和感を感じて胸に埋めていた顔をあげる。マリオのすぐ後ろには可笑しなマスクを被って黒い鉄棒を右手に持った男が立っていた。
「初めましてお嬢さん。私、愛の戦士でマスクドドリーマーです。」
「へ・・・・変っ!・・・・・は、初めまして」
レベルカはつい【変態】と言いそうになったがマリオが首を横に振るので思い留まった。
逞しい体躯に巨大な鉄棒を軽々と持っているのに可笑しなマスクと気持ち悪い話し方でとても残念な感じだ。悪夢の様だ。
「サ・・・、ドリーマーさん首尾はどうでした?」
「はい。前軍は2名を残して全員動けない様にしてあります。後軍は3〜4名が逃亡して狼に襲われたと思われます。・・・残りの黒服の者は全て殲滅させました」
白面の少年の問いかけにマスク男はあっさりと答える。
「それは本当かい?マスクのデカいの?」
黒い女性が再び殺気を放ち始める。白面の少年との戯れ合いの時とは比較にならない強烈な闘気。マスクドドリーマーことアルト・サラは思わず唸った。女性にしてこれ程の闘気を放てる。少しだがリリアーヌを思い出す。油断は出来ない。サラは静かな闘気を込めて鉄棒を構えた。
「一応聞くけど後軍ってのは黒い服を着ている奴等の事だよねぇ?」
「・・・・・・そうだ、女。それに止せ、女を殺したくはない」
「・・・・・・やたらと鼻息の荒い筋肉男がいなかったかい?莫迦そうな」
「・・・・・・いたが死んだ。弔いたいなら早く遺体を埋めてやれ。あのままだと狼たちの餌になる」
周囲の黒服たちが明らかに動揺しているのがサラには解った。あの筋肉男は黒服たちにとって大事な何かだったのかも知れない。
「アンタが悪い訳じゃないんだろうさ。戦だからね。でも弔いはアンタの首を貰う事にするよ」
黒い女性は腰に佩いている剣を鞘から抜き放つ、バラリと黒い縄の様なモノが地面に垂れる。それは剣の鍔から10本、這えているように繋がっていた。その剣を両手で持ち、前に突き出す異様な構えを見せる。10本の縄、、いや黒く光っている様に見える。
「フンッ!」
黒い女性が掛け声を上げ、両腕を左側に引いた、縄が消える。そして同時にサラに向けて駆け出した。
「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『ビュオオォォォォォォォォォォォ』
雄叫びと同時に複数の風切り音。サラが大きく横に飛んだ。その元いた場所に黒い棘が複数突き立った。黒い女性は舌打ちの後、身体を半回転させる。凄まじい風切り音が横に薙ぐ。
「はあぁ!」
サラが気合いと共に鉄棒を斜めに振り下ろした。それと同時にブツブツブツと何かの千切れる音が聞こえレベルカの腕にガツンと何かが当たる衝撃。腕あての上からでも強めの痛みがあり黒い塊が地面に落ちて転がる。見てみると『黒いゴムの塊』だった。
黒光りする形状、柔らかな動き、レベルカは黒い女性の持っている得物は鞭だと気づいた。今、黒い女性の周りを鞭が唸りを上げながら旋回している。
「・・・今の一振りで半分は飛ばされたね。この暗がりで動く鞭をどうやって千切り飛ばせるんだい? まさか見えてる訳じゃないよね」
確かに黒い女性の言う通り暗がりの中、高速で動く鞭を見切って切り飛ばせる訳がない。そんな事が出来るならそれは伝説の武人になれる・・だろう・・。
黒い鉄棒を扱う伝説の男。マリオが親しげに話していた。思わずレベルカはマリオを見た。頷くマリオ。いつの間にかレベルカは手に汗を握っていた。
「ちっ。大人数で取り囲まれることも想定して持ってきたってのに案外使えないね」
黒い女性は鞭を投げ捨てる。そして後ろに置いてあったのか、いつの間にか大きめの戟を取り出した。
「嵩張るから持ってきたくはなかったんだけどね。莫迦な弟がアタシに黙って持ってきてたんだよ」
黒い女性は戟を上空に翳して軽々と振り回すと振り下ろし構える。さらに気が高まり周りを圧する。堂々たる武人の姿。
「名を聞いておこう女。私はアルト・サラ。今はハウンズ家に仕えている」
サラはマスクを外すと鉄棒を一度頭上で旋回させて構えた。こちらも気を放つ。黒い女性より更に大きい圧を周りは感じていた。
「相手にとって不足なし。アタシは箔山のオーカ。トウ・オーカだ。」
ロイ・マクエルは静かに様子を見ていた。2人の間はもう止められない空気で纏われている。おそらく死んだ男とはあの黒い女性、トウ・オーカの弟なのだろう。
自分も身内が殺されたならば果たして冷静を保てるだろうか。かつての様に狂ってしまうのではないのだろうか。そうして再び抜け出せない泥沼に嵌っていくのではないのだろうか。それは2度と経験したくはない事だった。
戦や争いが絶えない限りは何時でも何処でも悲劇は起こり、繰り返されてしまう。ふと丸太小屋を思い浮かべる。争いのない愛のある世界。そんな夢の世界が彼処にはあるのかもしれない。
ロイ・マクエルはヒョットコの白面を外しながらそう考えていた。




