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ロイ・マクエル受難の日々⑫

君そっちなの?



         第34話



        「異形の才」





 本が好きだった。私のそばにはいつも本があった。




 私は生まれた時に大病たいびょうわずらい、幼い頃は体が弱かった。外で遊ぶとぐに熱がでてしまう様な子供で、いつも寝込んでいた記憶がある。いつからか私はあまり外には出なくなり、家に引きこもる事が多くなった。退屈しのぎのなぐさめに、私は本ばかりを読むようになっていった。


 本の中はいつも新しい発見にあふれていた。国の歴史や伝記物語。さまざまな哲学者の書いた思想書や宗教書。勇者が魔王を倒す空想小説。国際経済学の本や現代の教育本。気付けば何時いつまででも、時間を忘れて家の図書室で一日を過ごしていた。


 身体の弱かった私にとって本の世界は救いとなった。およそ3年程で蔵書2万冊を読み切っていた。


 そんな本の虫のような生活を送っていた私だが、学校に上がる年齢になる頃から身体は大きくなりすっかりたくましくなっていた。私を守り育ててくれた図書室から離れて、私は普通の健康な子供として学校に通い始めた。


 学校に通い始めると私は直ぐに『天才』などと云う呼び名を付けられる様になった。


【天才】と人から言われる人間とは一体どういう人をいうのだろうか?私はその頃からそれを考える様になった。

 生まれつき優れた才能が備わった人間なのか?努力を重ねて常人では至れないレベルの才能に目覚めた人間なのか?極めて独創性の高い業績を残した人間なのか?あるいは人類の歴史や社会に足跡を残すに至った人間であるのか。或いはその全てか。それとも別の何かなのか。


 正しい答えは見出みいだせなかった。ただ私が【天才】ではない事だけは確かだった。私には本で得た知識があるだけで他に何もなかったし、何も成し得ていなかった。中身のない、ガラしかないたまごの様な人間。それが私なのだった。


 兄は格別に優秀ではなかったが人をあいし、人をしんじた。そのいつわりなきざまは私にはまぶしかった。同い年の姉も、容姿ようしの美しさだけでなく掲げているそのこころざし神々(こうごう)しささえも感じさせるものだった。また弟妹たちも自らの成すべき事を見つけていて、迷いなく進み出している様に見えた。


 自分だけがいつまでも経っても何もなかった。ハウンズ家(いち)俊才しゅんさいなどと呼ばれていたが、池に落ちたのようにどこにもがなかった。


 どんなに知識があろうともそれを活かせないのでは結局のところを何の意味もありはしない。私には智慧ちえも、知識も、活かすべき場所が見出せなかった。ただ無為むいに時間だけが過ぎていった。





 私は再び本に埋もれていった。学校や他の国の図書館にこもってはひたすら読み続けた。貴重と云われる書物も探し当て、かねを積んでは買い取り読みあさった。


 本の中に私の行き場を探していた。

 気付けば10年が経ち私は18歳になっていた。


 このまま埋もれていくのか?何も成さぬまま誰にも知られずに、詰め込み続けた知識と共にやがては老いて朽ちて死んでいくのか?耐え難い苦しさに襲われた私はある日家を飛び出していた。


 気づいたら一人、迷いの森を走っていた。大声で森の木々にさけんでいた。どうして私には何も見つからないのか。どうしてめ込んだ知識をかせられないのか。どうして誰にも必要とされないのか。どうして自分は生まれてきたのか。どうして自分は偽・・・・・・・・・・騙さ・・・・・か!!!


 迷いの森は私の本音をみ込んで葉をざわめかせた。なおいっそう森の木に語りかけた。不思議と胸のつかえが取れていった。それから毎日のように私は森に来た。森の奥深くにある大きくゆがんだ異形の大木たいぼくは、そんな私の声をいつも聞いていた。父や母や兄妹よりも、私の心を知っていた。ただ知っている。それだけだった。そんな日々が半年ほど続いたある日、




あの悲劇の事件は起きる。




【ハウンズ家夫人誘拐未遂事件】




 私たちは理不尽りふじんな力と悪意によって蹂躪じゅうりんされ、踏みにじられた。溜め込んだ知識も智慧ちえもそれを防げはしなかった。兄妹の誰もがふるえてなにも出来なかった、




たった一人を除いては・・・・・・・・・。









───────────── 迷いの森、左翼




「ええい!構わん一斉にかかれ!討ち取れぇ!」


 左翼部隊を任されている黒服の隊長は、あせりを感じ始めていた。おかしな仮面を付けた男を仕留しとめられないのだ。異常に反った剣を振るい斬りつけた黒服の首を簡単に斬って落とした。手練てだれの隊員が上手く連携して背後を獲ったと思った瞬間、当て身を受けて昏倒こんとうした。剣技も体術も並外れている。


左翼部隊は中央との合流も控えていた。


 しびれを切らした黒服隊長は紳士仮面ことハウンズ・マーク・ザインの周囲を囲んでいた黒服たちに『一斉かかれ』の合図を出して飛び掛からせた。


 上空四方からの飛び込みと、同じく走って四方から斬り込む黒服たち。れまで数多あまた強者つわものほうむってきた連携技。如何いかなる使い手であろうとも此れで終わる。


 包み込まれる仮面の男。剣戟音もなくひとつの黒い塊となる。塊は微動だにしない。左翼を任された隊長の男は勝利を確信する。・・・・・・・・・が、なぜ動かない?!!!




「だりぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」




 折り重なっていた黒服の男たちが弾け飛ぶ。仮面の男!生きている!無傷なのか!?バカな!


「弟が命を張って闘ってんだ、兄貴が震えてちゃあカッコつかね〜だろうがよおぉぉぉ!!!あああ〜コラァ!!」



「な、なんだ?何を言ってるのだ??」



「天才だとか俊才だとかもうどうでもいいんだよ!クソが!幾ら知識があったってそんなモンは戦場じゃ何の役にも立たねえんだよ!!!!ああん?ブサイクだろうがイケメンだろうが強え野郎が最高にカッケーんだ!!!」



 黒服の隊長は思わず身構えた。可笑しな戯言ざれごととは裏腹に、仮面の男からは尋常じんじょうならざる闘気が立ち昇っていた。




 母を死なせた。師を死なせた。弟は命を賭けて闘い抜いた。俺は何をしていた?俺は震えていただけだった。学び続けた学問は人の命を救うより自分の命を優先したのだ。あの無様な姿が脳裏のうりかすめる。身体中を怒りが駆け巡っていた。




 黒服の隊長は黒い塊を見て我が眼をうたぐった。飛び掛かった黒服たち8名の首が全て落ちている。仮面の男の両手には曲形の剣が握られていて、剣先には血の濁りが付いていた。


 あ、あれで飛び込んで来た8人の首を瞬時に落としたのか・・・・・?この私の目にも止まらぬ早さで・・・・・・・・・?


 人智を超える速さ、いったいどう斬ったのだ?迅雷の剣と云われる秘剣があると聞く。正にそれか、とても歯が立たない。申し訳ありません御方様。この者、留めることあたいません・・・・・・。



何かが目の前で光った。



 首を無くした黒服の隊長はそのままグニャリと倒れ込んだ。





「・・・・・・・・・ちっ、弱え。でゴザル」



 マーク・ザインは舌打ちをすると転がる黒服たちの首を蹴飛ばしながら歩く。そして気絶させていたギルド副長を抱えると中央に向けて歩き出した。



ふと、足が止まる。





──────見覚えのある木。






──────────────異形の大木たいぼく




 かつて俺の、いや私のなげきを聴いたあの大木だった。昔と変わらぬ威容でそびえ立つ。この場所だった、のか。マークはしばし立ち尽くした。




 ・・・そこで見ていたのか?大木にそう心で問うてみた。葉が大きくざわめいた。何故なぜかそれが、大木の返事のような気がした。




 マークは大木に背を向け歩き出す。少しだけ誇らしい気持ち。もう嘆きの言葉は出てこなかった。










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