ロイ・マクエル受難の日々⑩
第32話
「ギルドの娘」
この依頼は危険だから拒否するべきだ。
それが中央ギルド役員会議が出した結論だった。会議に出席していた私は今回持ち込まれたこのキナ臭い依頼の拒否に積極的に同意しており、それは他の役員も同様であった。よって満場一致で依頼拒否が採決されるはずである。私はそれを期待していた。
だが採決寸前になってギルドマスターはこの危険な依頼を受ける事を声高に主張し、その決定を保留、預り案件とした。つまり覆してしまったのだ。
とある国からギルドに持ち込まれたその依頼とは『ある人物の捕縛依頼』であった。しかも驚くほどの高額報酬の依頼で、最初から明らかにキナ臭いものだった。
父はすで老齢だが、鋭敏な感覚はまだまだ健在で老いを感じさせることはない。ただ老人ゆえの頑固さも出てきており、あまり人の話を聞かなくなってきてもいた。
以前であれば周りの者の意見も聞き慎重に見極めた上で会議の決定に従うこともあった。今回の様な依頼主の詳細を明かさぬ相手からの依頼などは即座に策謀の匂いを嗅ぎ取って一喝して叩き出したであろう。
だが、一度自分の決めた事は譲らない頑迷さから感情が優先されて危険な臭いが感じ取れなくなっているのだ。
それでも私フリス・レベルカが父であるギルドマスターに強硬に反対を訴えれば恐らくこの依頼の拒否は可能であったろう。だが父がこの依頼を最初に聞いた時の態度を見ていた私はこれ以上の反対を断念した。
他の役員のお歴々も真剣になるのは役員報酬の額を決める時のみで、ギルドマスターが強硬ならばとあっさりと賛成に回った。本気で依頼内容を考える気など元よりないのだ。私の行なった役員への反対させる根回しなど簡単に吹き飛んだ。
父がおそらくは待ち望んだ情報と、驚くほどの高額報酬は現状の中央ギルドが抱える問題を先送りに出来る十分な金額であり、同時に私にとっては組織の抜本的改革を停滞させる、苦々しいものになった。
現在の中央ギルド組織の財政は火の車だ。私は財務に直接関わってはいないがギルド内の動きをしっかり見れば明らかだった。契約期間が終わった者たちや依頼額より少ない報酬しかもらえない傭兵たちがどんどんギルドから抜けているのだ。
財政が逼迫している理由は明白で、ギルドの稼ぎ頭であった傭兵に対する依頼が半減してしまっているせいだった。特に西側諸国からの傭兵依頼は全くといって、いやゼロと言ってもいいだろう。わずかに来る依頼も護衛や臨時の衛兵などといったものでギルドへの収入としてはわずかなものだった。
かつては中央ギルドの傭兵部隊と云うと精強で知られ、『戦に勝ちたければギルドを雇え』と言われる程であった。当然世界中から依頼が殺到し、『無鳴剣のリリアーヌ』『黒弾アルト』といった名だたる傭兵も所属する花形の部署だった。
だが、時代は変わったのだった。
この3〜4年間世界では大きな戦は起きていない。中央6ヶ国、西側諸国、東方連邦、全てに於いて、もはや自国の兵士だけで事足りる状態で傭兵など不用なものだった。
もう傭兵の派遣業務には見切りをつけて、警備や採掘、国家事業などへの派遣に人員を大きく割り振る様に経営方針を転換すべき時にきている。私は一年近く掛けて傭兵派遣維持派を説得してきていた。
そんな状況の中、今回持ち込まれたこのキナ臭い依頼は傭兵の力を必要とし、破格の報酬が約束されていた。また父を始めとする傭兵派遣維持派が息を吹き返すと思うと頭が痛くなってくる。
タイミングも悪いがそれ以上に誤算だったのは依頼内容の詳細を聞いた父は、ほとんど下調べも行わないで受諾内定のサインをしてしまった事である。慎重であるはずであった父、ギルドマスター・フリス・ローエンを狂わせたのは、おそらくその捕縛依頼の対象に名前が上がった人物だった。
父は長年その人物を探しているが、ついに見つけ出せないまま数十年が過ぎていた。その人物の情報が出てくる度に我を忘れてしまう。いつもいつも父を狂わせる亡霊の様なものなのだった。
最重要顧客としてVIPルームに通されたその依頼主の代理人から最初に話しを聞いたのはギルドマスターと私だった。『ある人物の捕縛』といった内容でキナ臭い依頼だと即座に察したが、直ぐに断わる訳にはいかないので役員会議で協議したいと申し出た。
すると男は前金だとケースから現金を取り出し机に置いた。ギルドの運営資金の優に2年分に相当する額だった。私は驚いたが父の表情はあまり変わらず興味なさげな感じであった。其れを見た依頼人は依頼内容の詳細を口にした。
「ハウンズ家の森にいる軍神ロビンを連れて来い」
父はその名を聞いたと同時に立ち上がっていた。どんな怪しい依頼だろうとも、もう受ける気でいたのだと思う。
────────────軍神ロビン。
30年前、中央国家郡の軍隊を震えあがらせた大英雄だった。たった一人で敵の騎馬隊を薙ぎ倒し、配下の武者を率いては十倍の敵軍を壊滅させたなど数多の剛勇伝説を残している。それだけでなく降伏する相手に無体はせず、弱い子供や女性をいつも気遣うなどいまだに人の口の端に上る英雄だ
父はその軍神ロビンのために30年前にある組織を立ち上げていた。
大英雄もお金や未来への展望はあまりなく、ただ気の向くままに義が立てば援軍として各地を転戦していた。いつも腹を空かしていた腹ペコの英雄のそんな姿を見かねて父が金銭的に大英雄を支えたいと作ったのが、中央泰平コネクション。それこそが今の中央ギルドなのだった。
父と英雄は確かにその時同志であったのだと、父から直接話を何度も聞かされていた。
父の哀しげな微笑みとともに。
─────────迷いの森、真夜中
「ホーホーホー」
レベルカは事前に決めておいたフクロウの鳴き真似をして森で息をを潜める仲間に合図を送った。右翼と左翼を任せている副長の二人が直ぐに本隊に合流してきた。
迷いの森に入るにあたり、森林での任務に長けている部隊員に先導を任せて人の足跡を発見した。追跡して夕方近くに丸太小屋を見つけ出すと、周囲を遠巻きに取り囲みそのまま夜が更けるのを待った。
預り案件の任務は隠密が鉄則だ。姿を見られる訳にはいかない。秘密理に処理する規則となっている。
待機している夜半の間に時折、人の奇声と思われる声が聞こえ、その中には老人の声と思われるものも混ざっていた。ここに捕縛対象であるロビンがいる可能性が最も高いと断定した。
残念なことに聞こえる声の数から複数人の人間がいると見て間違いないだろう。出来れば全員殺したくはないが、もし手練れの者が老人を守っているとしたら難しいかもしれない。仮にロビン本人が居たとしてもそちらは老齢だ、問題はないだろう。
真夜中になり奇声がしばらく止んで数分後、数名が小屋から出てきて話し込んでいる。若い男達のようだ。少し雰囲気がある。手練れのようだ。
「レベルカ。どうやら男だ。女子供でないから最悪は殺るしかないかもしれん。爺さんに森の奥に逃げられちまっちゃ厄介だ」
二人の副長が話し掛けてきた。中央ギルドには女性と子供は手に掛けないという昔からの暗黙のルールがある。しかし男ならば反撃出来ない様に無力化させなければならない。其れには命を奪う事も含まれている。右翼と左翼を任せる二人の副長に指示をだす。
「やむを得ないわ。最悪は沈黙を許可します。二人とも持ち場に戻り全部隊員に直ぐに通達を。5分後に突入します。先手は明かりが多い右翼10名。次いで声がしたら暗がりの左翼10名。左翼の突入を確認後、私が本隊15名を率いて丸太小屋に突入します」
「了解」
「それとあ・・・あの、」
「ん?」「まだ何かあるのか?」
「二人ともすまなかった。しばらく非番の筈が私の任務に協力してくれて」
「何だそんな事かよ。別格の報酬に釣られただけさ、気にすんな」
「今度高級ディナーに付き合え。勿論夜もな」
「フフ、考えておく。気を付けて」
二人は直ぐに自分の隊へと戻っていった。
この二人は養成所時代の同期で、今は立派に部隊を率いる優秀な部隊長だ。今回久々に現場で指揮をとる私に協力を申し出てくれた。他の隊員もチラチラ見知った顔がある。
私は同期に恵まれていた。
ギルドマスターの娘と云う事もあり学生をしていた頃は怖がる同級生がほとんどで話をする友人すらいなかった。『金の為ならなんでもするギルドの娘』陰でそう言われて敬遠されていた。
でも、養成所の男たちはみんな何処かに傷を抱えていて、小さな事には拘らなかった。みんなバカがつくほど正直で、気持ちのいい男たちだった。
間違っても無謀な作戦で死なせる訳にはいかない。そんな大事な仲間たちだった。
突入1分前、レベルカの周りの隊員が会話防止の板を口から外した。すでに戦闘態勢がとれている。恐れも気負いもないいい緊張感だった。
・・・改めて思う。ギルドの抱える傭兵部隊は本当にいい部隊なのだ。それなのにもうギルドで契約している傭兵は300名もいない。10年前のピーク時は1万名以上が在籍していたのだから1/30になってしまっている。レベルカも今はギルドの役員などを務めているが元々傭兵訓練も受けた傭兵でもある。
やはりもう傭兵の時代ではないのだ。レベルカは寂しさを感じつつ立ち上がり右翼の突入を確認しようと丸太小屋を凝視した。
・・・・・・・・・ん?小屋の周りにいた3名の姿がない。つい今さっきまで話をしていた。小屋に入ったのか?小屋の中での乱戦は避けたい。右翼が突入して小屋にけむり玉を放ってくれるとよいのだが、
『ドオオオオオォォォォォォン・・・・・・』
レベルカの耳に複数の木々が薙ぎ倒される音が飛び込んで来た。思わずそちらに目を向け耳を澄ます。呻き声と人の話し声がする。右翼が何者かの襲撃を受けている!?誰に?何故?
『・キンッ・・が・・・ンンッ・・だれ・・・』
右翼と逆方向からも剣撃音と呻き声が聞こえてくる。あちらは左翼のいる辺りのはずだ。・・・・・信じられないが部隊の位置を特定して襲撃してきている。だとしたらココにも来る。レベルカは部隊に散開して迎撃態勢を取らせようと振り返る。
「がぁぁぁ!」
直ぐ後ろにいた、隊員が何か別の生き物になったかの様に真横に吹き飛んだ。人ならざるモノに襲われている感覚に囚われる。目の前にいた!襲撃者!こちらを見据えていた!レベルカは全身から一気に血の気が引いた。迎撃合図は出せなかった。声を上げていたらその瞬間私はやられていただろう。
襲撃者は私を一瞥すると後方に躍り込んだ。暗がりと襲撃者の動きの早さに付いていけない。剣撃音が聞こえない。連続する隊員の呻き声。こちらが一方的に被害を受けているはずだ。どうする?私は今、襲撃者の後方にいる。攻めかかる、か?もはや一刻の猶予もない。部隊長の私が判断しなければ。
───────────右翼部隊、襲撃直前。
「何処に逝かれるのかな?この先は近寄ってはならぬエヴァガウデンです。デュフフ」
「!」「!」「!」「!」「!」
遠くから小屋の灯りを遠巻きに見守っていた右翼部隊の背後から、突然声が聞こえた。いつの間にか誰かに背後に回られている!?
「ちぃ!かかれ!」
部隊の存在を知られたからには口を封じねば。右翼副長の合図に呼応するように木に隠れていた7名が一斉に襲いかかる。馬鹿め!声など掛けずに襲えば良いものを。見たところ得物は棒だ、木が邪魔でマトモに振れまい!
『ガギョ!ガ、ガ、ガ、ガ、ガン、ガンガンッ』
『ドオオオオオォォォォォォン・・・・・・』
『ドサ、ドサドサドサドサ・・・』
棒がくるり回ったと思った瞬間。一斉に襲いかかった7名は周囲の木々ごと身体を吹き飛ばされていた。マスクド・ドリーマーの周囲5メートル程が大きく旋回させた鉄棒で薙ぎ払われていた。副長は息を飲んだ。戦場でもこんな人外の技は見た事がない。
「ば、化け・・・ものかよ」
「いけませんなあ〜、デュフフ。我が獅子之・・・いや、ドリームタイフーンは手加減できないのですよ」
マスクド・ドリーマーは少しだけズレたマスクを直しつつ呟いた。
────────────同時刻、左翼部隊。
悪夢でも見ている様だった。
暗がりの中でよく確認出来ないまま、次々と隊員たちが倒されていく。可笑しな仮面の男が一瞬あらわれては得物が吹き飛んで隊員が崩れ落ちる。ほとんどマトモに姿すら捉えられない。
『迷いの森に入ると命はない』左翼副長は西側諸国の人々が口を揃えて言っていた噂を思い出す。兎に角 一矢報いて隙を作らなくては、
!!両手に激痛が走り、持っていた剣が弾け飛ぶ。次の瞬間何かが身体を通り抜けた。左翼副長は足に力が入らなくなり膝をつく。何だ?どうなったんだ?意識はある。だのに上手く息ができない。身体が痙攣し始める。
「そ、そんな、バカな、」
「呆気なかったでゴザルな。迷いの森に挑む精鋭部隊かと思っていたのに拍子抜けでゴザル、ニンニン」
仮面の男は両手持ちの剣を鮮やかにクルリと回すと鞘に剣を叩き込んだ。得物は大きく反り上がった曲刀。左翼部隊員の得物を叩き落としてから、発勁技で全員を制圧していた。紳士仮面は異剣と体術の使い手だった。
『ピリーーーーーーーーーーーーーーーー』
低音の笛の音が迷いの森に木霊する。ギルド襲撃部隊の本隊から発せられた其れは武装解除と敵軍への投降、降伏を許可する合図になっていいる。
「中央ギルド所属の傭兵部隊、部隊長のフリス・レベルカです。武装を放棄して投降します。これ以上の戦闘は望みません。全責任は私にあります、息のある部隊隊員の助命をお願いします」
レベルカは武器と防具を全て外し両手を上げた。体に密着した肌着のみの姿となり豊かな肢体が露わになる。戦場で捕虜となった女傭兵がどんな目に遭うのかは、レベルカにはよく分かっていた。
だがそれでも、部隊長として降伏投降して、部下の助命の嘆願を申し出なければならない。経験の浅い私が隊長を務めると知りながら、この隊員たちは配下に入っての作戦任務を快諾してくれた。その部下35名の命を救うために、どのような辱めでも受けなければならない。
それが隊を任された私の役目であり使命だった。ギルドの娘とか誇りとかでなく、最後は仲間の為に命を使って死にたい。例えどんなに無惨な末路が待っていたとしても。
白面を被った襲撃者の男が真っ直ぐこちらに歩いてくる。
『ザザザザッ!!』
黒い何かが八方から白面の男に飛び掛かる。白面は飛び付かれる寸前に飛び上がった。首が三つ四つ同時に飛び散った。地にいる黒い刺客から槍のようなものが白面に伸びる。
空中でそれを掴んだ白面は刺客を引き寄せ頭を蹴り飛ばし頸を折るとその槍を掴んで逆方向に投げた。一人が躱せず串刺しになった。
地に降りた白面は瞬時に残りの黒い刺客に襲いかかっていた。もはやレベルカの目で追えない程だ。数歩、数秒事に首が飛び腹わたが飛び散っている。
黒い刺客の動きは悪くない。それなのにこの白面の男の前ではまるで子供扱いだ。
勿論この黒い刺客たちはギルドの部隊員ではない。おそらくは更に鍛錬を積み上げている強国の最精鋭部隊に違いない。レベルカとて一端の武人であるのにまるで付いていけないのだ。
この白面の強さは鬼神の如き、人外の強さだ。尋常ではない。遥か昔に聞いた、伝説の、軍神の戦ぶりが一瞬、フリス・レベルカ頭に浮かんだ・・・・。
軍神・・・・ロビン・・・・・なのか・・・?
────────────オマケ。丸太小屋にて。
「ほれ、ロイ。コイツを被れ。今からお前はヒョットコ恋丸じゃ。」
丸太小屋の窓からじいちゃんが顔を出すと可笑しな仮面を投げて寄越した。白面に口先がナナメ上に突き出ている。なんじゃこりゃ?もう少しマシなものはないのかよ?
「仕方ないでゴザルよ、ロイ氏。緊急時でありますし。では戦りますか。ドリーム殿、恋丸殿。」
「腕が鳴る。二人とも抜かりないように。仮面紳士、ヒョットコ恋丸。後で皆、無事に会いましょう。デュフフ」
「・・・・・・・・・・・ヒョットコヒョットコ」
キャラ設定にツッコむのも疲れるので、自分も合わせようとしたが自分のセンスのなさに軽く絶望する。碌なセリフを思いつけない。
「伝えおくが囲んでいる輩のさらに奥に何かおるぞい。そっちの方は殺気ムンムンじゃぞ?前軍と後軍に分けておるのか、あるいは前方の軍を疑兵や死兵に仕立てておるのか、お主ら抜かるなよ」
それだけ告げるとじいちゃんはさっさと小屋に引っ込んでしまった。まあ、今じいちゃんは㊙年鑑の編集作業の真っ只中だ。それどころじゃない。
「なるほど、気配が別れているのはそう云うわけでゴザルか〜流石はお祖父様、老いて尚も凄い眼力」
「疑兵や死兵の策か、昔ならいざ知らず今でも使う軍があるんですね。あまりいい感じは受けません。デュフ」
「まあ前軍は軽くいなして、後軍は手加減抜きでやりましょう皆さん。・・・・・・ヒョット恋恋」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・沈黙はやめて!」
────三人はその場から一斉に掻き消えた。
レベルカきゅんはメガネーさんなイメージです。




