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ロイ・マクエル受難の日々⑦


         第29話


        「行き場なき武勇」




「まあ良いか。それでは始め」


「!」


 閃光せんこうが走ったかのような錯覚さっかく

 アルト・サラが一瞬で間合いを詰めて、その棒がロイ・マクエルの腹を打ち抜いていた。



「きゃああぁぁぁぁーーーーーーーーーーー」



 ハウンズ家本邸の中庭に於いて【黒弾こくだんアルト】ことハウンズ家執事アルト・サラの武術試練が、ハウンズ家4男ハウンズ・ロイ・マクエルを生贄いけにえにするようなかたちり行なわれていた。


 開幕の先手さきて、サラのひとつの突きがロイの腹部を貫通。れをたりにした3女リリ・マーガレッタが思わず悲鳴を上げた。


 倒れ込みそうになるマーガレッタを横にいたハウンズ家の女執事、リンネが支える。



「大丈夫ですマーガレッタ様。よくご覧になってください、ロイ様は無事です」



 マーガレッタはその言葉を聞いてよく目をらしてロイの姿を見た。棒が体を貫通したように見えたが、モゾモゾと動いている。どうやら無事なようだ。





「あ、危なかった〜〜。かわすのスレスレ過ぎてふ、服に穴が開いちゃったよ。じいちゃん、助言くれ!僕は棒術は習ってない!」



 ロイ・マクエルの腹部付近から後ろに掛けて棒が貫通かんつうするように2箇所かしょの穴が空いている。あまりの速さの突きに、躱し切れないと見たロイは身体を棒に巻き付ける様に回転させてなんとか直撃を避けていた。だが服は棒に巻き込まれる形で穴が空き、貫通していたのだった。



「ロイ、死ね。死ぬ気になればなんとかなる。死中しちゅうかつ要領ようりょうでやるんじゃ。お前はやればできる。できる子ちゃんじゃ」


 なんだよそのフワっとした助言は。しかも死ねって、流石さすがは丸投げの達人。もはや真面目まじめに教える気があるとは思えない。

 ・・・それにしてもすごい突きだった。それなのにまだまだこの人は本気じゃない。ビリビリと感じる圧。この人の棒術はじいちゃんより上ではないだろうか?徐々に気を高める。次は生半可なまはんかな攻撃は来ない。それがロイには判る。



「・・・・ロイ様、すごかわし方をしますね。今まで私の棒で、そんなひねかわしをした人間はいませんよ・・・・・・・やはり待っていた甲斐かいがある」


 ゾゾゾ・・・・・・・・・・・悪寒が走る。

 イケメンがブサメンを待つ?なんだろう。とてつもなくヤバい匂いがする。完全に異世界だ・・・。


「あ、あのサラ?さん。まさかブサ×イケとか」


「何を言ってるのかわかりませんが違うと思います。それよりロイ様、死なないようにお願いします」



 サラは棒をロイの服から引き抜き、頭上で旋回させ始める。そのまま全身からき立つ闘気を内に収め、足を軽く前後に開いた。

 サラにとっては待ちに待った闘いでもあった。



 およそ一年余り前、ギルドにリリアーヌの訃報が届いた。

 あの英傑の死がにわかには信じられず、最後の戦場でその痕跡を辿ろうとハウンズ家に潜入した。そして息をひそめ、事件の詳細をさぐっていた。


 ハウンズ家に入り情報をたびにもっとも重要な人間である少年、ロイ・マクエルには迂闊うかつに接触出来ない状態であることが推察できた。


 【心的戦闘狂障害しんてきせんとうきょうしょうがい


 ひたすら闘いを求めて敵を探そうとするやまい。10歳の子供が戦場で敵を倒し続け、地獄をくぐり抜けたのだ。こころやまいを負うのも当たり前といえた。

 同時にハウンズ家の先代せんだいが治療にけていると聞き、ひたすら待つ事にしたのだ。

 そして今、ようやく時が巡ってきた。武人である私が自分のこの目で確かめる為、リリアーヌが遺した夢を、託した相手を、それを知るために今ココで、私は棒を構えている。




 さあ私に見せてくれ、ロイ・マクエル。出ししみはなしで頼む。




 サラが気を放つ。ハウンズ本邸の中庭にビリッと張りつめた空気が支配する。


 周りにも感じられる武威ぶいの気。武芸の心得の無いものは足がすくむ。戦場で名をせる強者つわものだけに放てる特有の圧。サラはやはり【黒弾アルト】と呼ばれる武人だった。






 不意にロイの視界からサラが消えた。うなりを上げる風切かぜきり音がロイの左耳に届く。左から棒がくる!無意識のうちにしゃがんだ。

 頭上すれすれ、髪の毛をかすめる様に棒が振り抜かれた。頭上を通過した棒がユラリと揺れると生き物のように曲がりながら消える。

 次の瞬間、ロイの目の前に10個以上の棒端ぼうたんが見えた。速すぎる連続突きは残像を残し、さながら黒い弾が幕を張るようにロイを迫る。ロイは咄嗟とっさに後方飛び退き、身体からだの正中線だけは自分の棒で守った。


『カカカカカカカカカ、ドッ、カ、ドッ、カ』


 黒弾の嵐がロイ・マクエルを突き抜く様におそい掛かり、後ろに5メートル以上は飛ばされた。後方に飛んだことが幸いし、あまり痛みはなかった。驚くことに突きのほとんどが棒で守った正中せいちゅう線に集中していた、身体に打ちこまれた数箇所すうかしょもロイが学んでいる呼吸法で体を守っていたため、わずかな痛みでおさまっている。


 ロイはゴクリとつばを飲み込む。すごい達人だ。たまたま急所への一撃は逃れたけと、偶然の要素が大きい。凄まじいまでの攻撃の正確さと連撃の速さだ。


 じいちゃんの棒と戦っている時以上の圧力、今の技は凄い。あんなものは絶対に躱せない。きっとひと月前だったらあの黒弾のような連撃に焦って、全弾モロに食らって気を失っていただろう。じいちゃんとの鍛錬も無駄じゃなかったみたい。



 呼吸を整えろ、ロイ。自己流だけど僕なりの棒術でかき回せ。できれば、少しでも早く終わらせたい。



 右片手で棒を持ち、身体を後ろにひねると棒を地面スレスレに前方に振り抜いた。複数の石つぶてをサラさんの顔付近に飛ばす。

 同時に振り抜いた棒をさっき見た棒術の技のように引き寄せると、身体を逆回転させて棒で足元を払いに行く。上半身と下半身のほぼ同時の攻撃。僕でも対処に困る変則技これなら、


「がっ!」


 サラは石つぶてを構うことなく棒を振り上げて振り下ろした。ロイの右肩を打ち据える。足元を狙った払い棒は力無くサラの脚にゴツッ、と当たり止まる。右肩がしびれて右手に力が入らないはずだ。無防備の状態にして頭上を取った。後は。



「残念だけどねロイ様。その【石つぶて飛ばし】は戦場で皆がよくやるんですよ」



 ロイの棒を踏みつけて動かせないようにしている。これでもう彼に防ぐ手立てはない。先程の秘技、黒弾幕を初見でしのいだのには驚いたがやはり棒術の技は未鍛錬だ。アイデアがとぼしく、あらが目立つ。すきも多い。でも目の付け所や棒使いのセンスはいい。鍛えれば私を越える棒術の使い手になれるかもしれない。


 リリアーヌが君に何かをたくそうとした事は理解できる。11歳と聞いているが純粋な強さでなら、すでに20歳の頃の私を遥かに凌いでいると思う。


 幕にしよう、ロイ様。至近距離から再びの黒弾幕で気絶させる、・・・。急所に当たらない様に見極めて、、


「ん!?」


 私の棒をつかんでいる!?馬鹿な!どうやった?


「棒術じゃ全然かなわないです。すいませんサラさん。体術も使わせてもらいました」


 ロイはさっき見た黒弾幕で、初弾の前にわずかに呼吸と棒が止まる数瞬がある事を確認していた。至近距離で手が届く所に棒があったのも幸いした。今回はれを利用して技を打ち出す前にサラの棒を握り、技を出させる事そのものを止めた。

 あせりが棒から伝わる。引きも押しも払いも、動かす前に掴んだ部分を上手く合わせる事で棒を自由にさせなかった。流石に自分の棒をつかまえられた事はないですよね?これで終わりにしましょう。うお!


 サラは踏んでいたロイの棒をつま先に引っ掛け蹴り上げた。思わず右腕が棒ごとね上がり、左手で掴んでいたサラの棒を離してしまう。やっぱりこの人凄い、思わぬ事態でもしっかり対応できる。しかも不味い事に本気にさせてしまった。



 サラから発せられていた圧が一気いっきに高まる。先程までとは全く別物、比べ物にならないぐらいの武威ぶいの気が放たれていた。周りで見ている者たちもその強烈な武威に身体が震えてきていた。


「ほっほっ、ロイのやつめ。武人もののふを完全に本気にさせてしまいおったわい。棒使ぼうつかいの棒を掴むなど侮辱ぶじょく以外の何物でもないからの。見れるぞ、獅子之舞や踊り棒術などの奥義の数々が」


 ハウンズ家の隠居、ハウンズ・ロビン・ガトリンのつぶやきに、隣にいたリンネもうなづく。得物を取られる事は戦場に於いては死に直結すると云っても良い。今度は本気になる。


「・・・誠にすいません、ロイ様。子供と思って、何処どこかであなどりがあったかもしれません。此処ここからは戦場と同様に、私も命を捨てて、懸けます。いざ。」




 ロイは静かに得物の棒を下げると右手を前に出し、手のひらを開いた。


 周りが一瞬 戸惑とまどう。手のひらを向けられたサラもいぶかしげな表情になった。




「待ってください、サラさん。あなたと命のやり取りはしたくありません。此処ここで終わりにしましょう。リリアーヌ先生の事はお話します」




 中庭にいた全員が呆気あっけにとられる。見る限りロイが一方的に押されていた様には見えない。なのに勝負を放棄ほうきするという。武人であるサラには理解が追いつかない。




「・・・・・・・・・・・私との手合わせには興味がないと?」



「・・・・・・・・サラさん。あなたは【乳もみストーカーのサラ】さんではないですか?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・それはどこから聞いた?」




 ロイ・マクエルとアルト・サラのあいだの空気が張りつめられたものから不穏ふおんな感じに変わる。



「っ!・・・」


 思わず吹き出しそうになり3女のリリ・マーガレッタは口を両手で抑えて、ひたすら笑いをこらえる。やっぱりクズロイね。このピリついた状況で、トンデモ無いものブチ込んでくるわ。もう一種の才能だわね、あれ。



「昔、リリアーヌ先生から、です。そ、その、ストーカーの変態に胸をみしだかれたって。」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 見学していた使用人の女性達から冷えた空気がただよってきた、同僚のセクハラ行為に皆が眉をひそめている。無論リンネも同様で、白い目でサラをめつけていた。


 一方サラは完全に毒気を抜かれたように大きな溜息ためいきをつくと、棒を地面に立てて答えた。


「胸を掴んだのは事実だが、後は完全に濡衣ぬれぎぬですな。はあぁ〜〜〜〜。あいつは子供に何を教えてるんだ。他に何か言ってましたか?あのまな板女いたおんなは」





「えっと、あ、あの、、、」





「宝物のようだと・・・・・・言ってました」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」



「あなたからいろんなものを貰ったと、鍛錬に励んだ日々、自由な生き方、夢や友情、そして恋も、その全てが宝物なんだと・・・・・・・・そう言ってました」





「・・・・・・・・・・・・なんだよ、それ」




 上手く考えがまとめられない。なんだって?恋?あのガサツの固まりみたいな女が?そんな事を思っていた?・・・そしてそんなしおらしい事言った、ってのか・・・。



「超絶 うらやましいしくやしいけど、ホントの話です。だのに、それなのに・・・今のあなたの棒術は、その、悲しみにあふれていて今にも泣きだしそうです・・・・・・・・・ぼ、僕はそんな人と命懸けの闘いは、やりたくは、ないです。」




 アルト・サラは思わずロイ・マクエルの目を見た。静かな瞳。優しさと哀しみをたたえて全てを見通みとおすような瞳。心の奥底まで触れてくる。なんなんだ・・・反則だろ。今しがたまで戦っていた相手に、何でそんな顔ができるんだよ?

 ・・・・・・・・・・・・・まいったな。




 ルーマリア・アルト・サラは、ロイから目をらす様に空を見上げた。




 リリアーヌ・・・・・・・・・・・・。お前も一年前に触れたのか?この少年の不思議な何かに。そうしてき込まれたのかな。この不器用な、でも吸い込まれそうな瞳に。


 お前も、俺も、本当に不器用だ。馬鹿なくらいに不器用だった。だからこそ託したのだろう。俺たちと同じ様に不器用なこの少年に、自分の想いと夢を。




 ・・・・・・・なるほど、確かに凄い子だよ。




「はい。そこまでにするんだ二人とも。・・・お祖父様も余興が過ぎます。これ以上続けてどちらかに怪我でもされたらハウンズ家の損失です」



「お兄様!」


「ラズ兄」「ラズ兄様」「げっ!?」


「おかえりなさいませラズ様」


「これはラズ様。おかえりなさいませ、お見苦しいところをお見せしました」



「ああ。少し早く帰れたんだが・・・面白い事をやっていたようだね。でも、そろそろ終わりにした方が良さそうに見えるかな」



 いつの間にかハウンズ家長男、ハウンズ・ラズ・ロビンソンが本邸に戻って来ていた。

一人だけ声の掛け方が可怪おかしかったが兄妹、執事、揃って帰宅の挨拶を行い、この試練は終わりになった。



「なんじゃなんじゃ〜、ラズ。こんな中途半端でやめるのか。つまらんぞ。決着がつくまでやった方が良くないか?のう、サラ君」


「いえ、ご隠居様。もう十分です。この勝負はロイ様の勝ちです。私があらゆる面で及びませんでした。ラズ様、お騒がせして申し訳ございません」



 しつこく食い下がるハウンズ家先代のガトリンを上手うまくあしらい、執事のサラはハウンズ家の当主代行のハウンズ・ラズ・ロビンソンに今回の騒動をびると中庭から本邸に戻っていった。



 帰り際にサラが少しロイと話をしていたのがラズには聞こえた。明日リリアーヌ先生のとむらいに行くといった約束の様だった。


 無論ラズ・ロビンソンに異論はない。有能だが正体が掴みきれない男だった。だが、ロイ・マクエルの心に触れたのならもう心配はいらないだろう。不思議と皆から好かれる、あの弟はそうゆう奴なのだ。






────────10分後、ハウンズ家中庭。






「久方ぶりだなロイ。どうやら元気になった様で安心したよ。それにしても相変わらずのトラブルメーカーだな。困ったもんだ」


「あ、うん。久しぶり。い、1番困ってるのは僕自身なんだよなあ〜、これはきっとハウンズの血なんだよ。呪われた血なんだよ。うう、ハウンズ家症候群」


 ラズ・ロビンソンとロイ・マクエルが中庭にある噴水の縁に腰掛けて話をしていた。


「はっはは。変わらずのらず口だな。・・・ところでロイ。アルト・サラの事はどう感じたんだ?じかに手合わせしたお前の感想を聞いておきたい」



「う〜ん?ん〜〜、そうだね〜。『なき英雄えいゆう』とか・・・?哀しいな・・・・・・・いや、知らんけど!」



「なるほど・・・寄る辺なき・・・か。フフッ、まるでポエムだな。ロイらしい・・・・。彼にはこのままハウンズ家に居てもらおうと思うんだが」



「良いと思うよ。少し吹っ切れたみたいだし、ハウンズ家で過ごす内にあの人の悲しい瞳が少しでも晴れるといいんだけどね。・・・・・・・・・それよりもさ。ラズ兄」


「ん・・・?どうした?」


「なんだか変わったね。雰囲気とか、その・・・目付き、とか色々さ。それとあと」


「?」


「あの人、本邸で見掛けなかったよ。タリス先生」


「ああ・・・。そうだな。経済の先生な。ずいぶん前に辞めたんだよ」


「ふうん・・・・・・・・・・・・・そっか」



 ハウンズ家を金で売った密偵の女だった。既に一年以上前、ラズが自らの手で拷問を行い責殺せめころしていた。

 ・・・ロイだけは最初から、タリス先生を嫌っていた。



「そうは言うがなロイ、お前ほどには私は変わったと思えんぞ。お前こそがずいぶんと男の顔になってる」




「ははは。僕の事はいいよ。コミュ障ブサイクなんかがどう変わっても、対した違いはないよ。

・・・・・・でもハウンズ・ラズ・ロビンソンは違う。巨大資産家ハウンズ家の当主の意向いこうは何百何千の人の人生を左右する・・・だからさ・・・・・・・ははっ、上手く言えないやコミュ障だから」



 ラズ・ロビンソンは改めてロイを見た。昔と変わらない。『コミュ障だから』とすぐに知らぬ顔を決め込むが、本当はいろんな事を見透みすかしているのだ。その瞳で。


 ハウンズ家の者。家族から使用人に至るまで。このハウンズ・ロイ・マクエルに見つめられると全てをさらけ出してしまうのだ。全く厄介やっかいな弟を持ったものだ。





「ところでお前は家に帰ってくるんだろうな?」


「無理、絶対無理。もう僕は森の中が家になったんだ。だから家の方に戻る気はないよ。今日は泊まるけど明日には森に帰るから」



「凄いエッチな本とかあるんだが、あと女風呂を覗ける秘密の部屋とか、残念だったな見れなくて。さっさと帰れロイ。男一人で暮らせ。私は美しい女性に囲まれて暮らす」


「おのれ卑怯者ーーーーーーーーーーーー!」


「はっはっはっ。聞こえんなぁ〜〜〜〜〜〜」





 ハウンズ家の中庭からは負け犬の遠吠とおぼえと可笑おかしな高笑いが、しばらくのあいだ木霊こだましていた。







次回は2年後に飛びます。ロイ・マクエル

13歳。思春期真っ只中ですね。

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