ロイ・マクエル受難の日々⑥
今回は少し、恥ずかしいッス!
第28話
「少年と少女と夢」
「あっはっはっはっはっはっはっはっ、ひ〜、ひっひっひっひ〜し、死ぬは、はら、腹痛いい〜!」
「いくらなんでも笑い過ぎだぞコラ!リリアーヌ!お前のせいだろーが!早く助けろ!」
太陽のように全てを明るく照らす笑顔の女。それがこの俺、アルト・サラの知るカレン・リリアーヌと云う女だった。
俺にとってリリアーヌと共に過ごした記憶は今も鮮明だ。キラキラと光輝く宝物のように、25歳になった今でも俺の胸の奥にしまわれている。
──10年前 中央ギルド本部 傭兵養成所 鍛錬場
「ひっぅひっ〜、すまないすまない。確かにププッ、笑い過ぎた。だけどさ、サラ。お前のコケ方ってなんだよ?罠に掛かったマントヒヒかよ?それでもエリート様か?しっかりしろよブッハッ」
「うっせ!なんだよマントヒヒって!見た事無いだろ、この体力ゴリラ!何時まで剣術鍛錬続ける気だ!お前が化け物過ぎんだ!教官も呆れて引き上げちまってる。もう周りも暗くなってて何も見えねーから躓いて、変なコケ方するんだろ〜が!」
「悪い悪い、メシ奢るよ。にしてもブハッ」
「しつけーぞお前は!そのまな板みたいな胸を揉むぞ!リリアーヌ!」
「ほー。そんな事言っていいのか?ああん?いいトコに2つの玉があるぞ?踏んで欲しそうだな」
「う、嘘、ウソ。デカイ!デカパイでした!」
「言い直すとこはそこじゃない、サラ!うれしがるとでも思ってんのか?」
目の前で笑ったり、照れたり、怒ったり、と表情をコロコロと替えるこの女の名前はリリアーヌ。鍛錬中はほぼ、俺と組んでる。
今はフレンドリーに話しちゃいるが最初の手合わせ。あの時はとんでもなかった。
俺、ルーマリア・アルト・サラと此奴カレン・リリアーヌはギルドと呼ばれる人材派遣組織の傭兵養成所での同期だった。
俺も、此奴も15歳で養成所に入所した。既に幼い頃から武芸の鍛錬を十分積んできていた俺は、入所時から他の同期より頭ひとつふたつ抜きん出る存在だった。
けれども周りの同期の注目は俺ではなく、美少女剣士カレン・リリアーヌだった。
彼女の容姿は抜群で、着飾って貴族の舞踏会にでも出れば踊る相手は引く手あまたになるだろう。
それなのに剣術、体術は他の同期の追随を全く赦さないのだ。女だてらに強いのも、真っ直ぐで裏表のない性格も、皆に好かれていた。
だが俺は気に喰わなかった。
女の武芸なぞママゴトだ。戦場に行けないのになんの意味があるのか?俺は王族だが妾の7男坊。戦があれば真っ先に士気高揚の駒として戦場送りになるだろう。父王からいいように使われて死ぬのだけは真っ平だった。
だから自分で鍛錬を積み腕を磨いた。ギルドに入ったのも将来的には国を出て、独りで生きる為の知識や経験を積むためだ。自由をこの手に掴む。そんな人生こそが俺の夢なんだ。
『のほほんとなにも考えずに生きてる同期と俺は違う』そう考えていた俺は、いつも周りとは距離を置いていた。勿論、カレン・リリアーヌも同様だった。
「あんた、強いだろ?ひとつ手合わせしてみないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
入所から一月 余りたったある日、個別の得物を使っての武術鍛錬の時間にリリアーヌは突然そう声を掛けて来た。
「冗談言うな。女と鍛錬ごっこなんぞできるか」
いきなり俺に声をかけてきたのにも驚いたが、舐めきったその提案にさらに驚いた。
「でもさ、あんた力任せで下手くそだから見てらんなくてさ」
ニタリと笑って俺にそう言い放った。
「・・・おい醜女。もう一度言ってみろ?」
煽っているんだとわかってはいたが、普段小馬鹿にしている相手にそう言われた俺は思わずカッとなって言い返してしまった。
「事実だろ。お前の棒術は力任せで見てられない。危なっかしいし、美しくもない。王子様ってのはその程度の武術で満足なのか」
「・・・よく言ったなお前。覚悟はできているんだろうな」
俺は自分の棒を掴んで構えると気を張った。自分の武芸を馬鹿にされたのはもちろん、【王子様】の言葉だけは許せなかった。何も知らない平民が笑わせるなよ、と思った。
「へへ〜ん。いいぜ。そうこなくっちゃな!」
そう言ってリリアーヌは自分の持つ棒を頭上で数回旋回させるとバシッと構えをとった。
得意の剣ではなく棒を持って来ていた。わざわざ俺の得意な棒術で勝負をしようというのが余計俺を苛立たせた。吠え面をかかせてやる。
だがリリアーヌと棒を持って対峙した瞬間、肌に粟が立った。全身から冷汗が吹き出る。こいつなんなんだ?・・・・・・・・・。
剣術だけじゃなく棒まで使えるのかよ?
凛として何処にも隙がない。糞が!なんだこの女。
俺は仕方なく棒端を揺らして誘いつつ、一歩踏み出した。その瞬間 凄まじい突きが顔目がけて飛んで来た。僅かに棒を引いて弾く。身体中の冷汗が一気に流れ落ちた。危なかった。あとコンマ1秒でも引きが遅れていたら顔面が潰れていたかもしれなかった。
「へえ、思ったよりやるねぇ〜。今の結構マジで突いたんだけど。下手くそに吠え面をかかせてやろうってね」
「抜かせ!この糞女ぁ!」
全身に気合いを込めて打ち抜いた。全力の一打。リリアーヌは簡単にヒョイっと躱した。しかもよそ見をしてやがる。
此奴殺してやる。再び気を高めて連続で打ち込む。二撃、三撃、四撃、リリアーヌは棒を使う事はせず、全て体捌きで俺の連撃を躱す。
『トンッ』
リリアーヌがバックステップで少し後ろに下がった。よし!俺の連続突きに押されたな。そう思った瞬間。棒を地面に着くと石つぶてを俺に飛ばした。思わず腕で顔を防御した。
『カンッ!カラッ、カランカラン・・・・・』
俺の棒は強い衝撃で弾かれて飛ばされた、そして俺の額の前でリリアーヌの持っている棒の棒端が止められていた。
思わず息を飲んだ。戦場なら、俺は、もう死んでいる。
「今のは顔を守るとこじゃない。石を顔に受けてでも相手に打ち込むとこだね。厳つい顔して弱いね〜あんた。見掛け倒し?」
周りで遠巻きに見ていた同期の連中から笑いが漏れる。
怒りが頭を突き抜ける。俺や俺の武芸を笑っただけじゃなく、大恥までかかせやがった。絶対に許せねぇ。
至近距離だ。組み伏せて服を剥ぎ取って、衆目に裸体を晒してやる。退学にでもなんでもしやがれ!俺はリリアーヌを抱きすくめようと飛び掛かった。
リリアーヌが下がる。逃げんなっ・・・!!
「がっあ!?」
リリアーヌは後ろに下りながら俺の顎を靴先で蹴り上げた。一瞬視界が白くなる。すでに腰砕け状態になり、無防備に前に垂れた俺の右腕をリリアーヌは背中を向けて肩に担ぐ。
「よいしょぉ〜っと!」
『ずだーーーーん!!』
そのまま一回転すると俺は地面に叩き付けられ意識がほとんどトんだ。見事な完敗。マトモな勝負にもならなかった。
なんでこんなにも強いんだこの女?ホントは男じゃないのか?女に負けるとか我慢ならねぇ。
消えゆく意識で最後の意地が頭に浮かんだ、俺から離れようとするリリアーヌの右胸をわしづかみにした。
「ひゃう??」
可愛らしい悲鳴と右手に柔らかな感触・・・。
何故か「勝ったな・・・」と思ったが頭を蹴られて俺の意識はそこで途切れた。
コレが俺とリリアーヌの、最初の手合わせだった。
「・・・・・・・・・おい。なんで今チカン野郎の思い出話を私に語ってるんだ?鍛錬に付き合わせたお詫びにメシ奢ってやってんでしょ?」
「いや、すまん。ちょっと思い出してさ。あの、気絶した日から今日で丁度半年だろ?時間帯も近いしちょっとな。ふっ、非道い手合わせだったな」
「ホントそうだよ。しかもあれからサラは私に付きまとい始めたんだった!最初は身体目当てのストーカーかと思った、ヤバい眼つきしてたしププッ。」
「ストーカーはねえだろ?お前の強さだけは本物だ。鍛錬ではお前に張り付いていれば俺の腕も上がると踏んだんだ」
夕暮れ迄続いた鍛錬を終えた俺とリリアーヌは、二人して鍛錬場のベンチに腰掛けていた。驚いた事にリリアーヌはおにぎり持参だった。奢るメシってのは手作り弁当の事だった。
最初から周りが暗くなるまで鍛錬を続けるつもりだったのが判った。あと俺と二人で過ごす気だった事に少しむず痒い気持ちになる。
心なしか心臓の音が早くなっている。
お、おい。な、なんだよリリアーヌ?急に俯いて黙り込むなよ。
・・・なんだこの雰囲気?おい待て心の準備が出来てないぞ?
夕日に照らされたリリアーヌの横顔はとても美しかった。
「なあ、話があるんだ。サラ」
「お、おう。な、なんだ?」
ちょ、何言ってんだ俺は。焦り過ぎだ!もっと気の利いた返しがあるだろ〜が、情けない。自分の無骨さに呆れる。
リリアーヌはベンチから立ち上がると夕陽を背にして俺に告げる。俺は自分の耳を疑った。
「明日、私は養成所を退所する。半年間 有難うサラ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え」
「私の妹みたいな娘の、母を救出する戦に参軍させて貰う事になったんだ。・・・初陣になる。応援しといてくれ」
「・・・・・・え、戦?お前、女で、え?」
俺は混乱していた。古今東西、女が戦に兵士や隊長として出陣したなど聞いたことがない。
もし敵に捕まる様な事があれば、いや、負け戦ならば味方にすら何をされるかわからない。戦場に女など冗談でしかない。そう思っていた。
「女だけど関係ないさ。それともサラ、私がそこらの雑兵にいいようにされると思うか?」
「・・・・・・・俺なら玉を蹴り潰される前に逃げだす」
「ハハッ、なんだよそれ。でも、当たってる。無論。初陣だけど誰にも遅れは取るつもりはないぜ。大将首を挙げて名を成すつもりさ」
ニカッと笑ってそう言い切ったリリアーヌ。俺がこれまで見てきた中でも、最高にいい笑顔でそう笑った。胸が苦しい。これで、今日で、最後なのか?こんな別れ方で・・・いいのか?
「なんでだ?なんで女のお前が戦場に行くんだ?戦なんかバカな男に任せといて、お前は、お前は女の幸せを見つければいいじゃないか?誰かの嫁さんになるとか、子供を作るとか」
「・・・・・・なんだ?サラが貰ってくれるのか?私を」
「!!い、・・・・・・・・・一般論だ、よ」
「ふふふ、なあんだ。・・・・・・・残念。」
・・・なにほざいてんだよ俺は!好きな女に色よい言葉すらも掛けらんねぇのか?まだ、俺は餓鬼だけど、女の一人ぐらい守り抜けるだろ?まだだ、まだ間に合う。言うんだ。俺の女に、嫁になってくれ。と。
「あ、リリア」
「サラ。私にはさ。心に秘めた夢があるんだよ。・・・誰にも話したことはない。お前に初めて話すんだ、誰にも、言うなよ」
リリアーヌはもう俺の方は向いていない。一見すると俺に語っているように見えるが実際は夕陽にいや、太陽に向かって語っているようだった。
「私はさ、サラ。戦で荒れたこの世界を」
「私のこの手で、鎮定したいと思っているんだ」
「・・・・・・・・・・・鎮・・・・・・定?」
何を・・・・・・・・・・言ってるんだ??
それは・・・・・世界から戦を失くすって、事か?ただの女が?王でもなんでもない、平民のお前が?
「ああ。私の手で、剣で、この夢を、成し遂げてみせる」
自分を信じて疑わない。己の手で全てを、世界を変えると云う夢。それがカレン・リリアーヌの抱いている夢だった・・・。
ただの一言も返せなかった。あまりに眩しかった。同時に自分の小物っぷりに笑った。これじゃあまるで此奴の方が王族で、俺が平民じゃねえか。
・・・・・・今の俺なんかに到底釣り合わない女だった。引き止められるわけがない。目の前にいるのは英雄いや、英雌かな?此奴の為に新しい言葉すら必要かもしれない。後世に語り継がれる・・・それ程の女かもしれない。
・・・・・・・・俺は何だ?ただのモブ野郎か?
・・・違う。それは誰でもねぇ、俺が決める。必ず。いつか必ずお前に追いつく。待っててくれなくていいぜ、リリアーヌ。俺は世界一の男になって、お前の横に並び立つ。そしてその時こそ、胸を張って求婚させてもらう。
その夜に、遅すぎたかもしれないが俺はそう決意したのだ。
─────────────ハウンズ家中庭。
『ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン、タン』
「では次の相手は私、執事のサラがお相手します。よろしいか?ご隠居様、ロイ様」
ハウンズ家本邸の中庭では男執事のアルト・サラと4男ロイ・マクエルが鍛錬用の棒を持って対峙している。
「ほっほっ、良いぞ良いぞ。いい気迫じゃ。久方ぶりに見るのう〜。世界一との呼び声高い「黒弾アルト」の棒術を。その頭上で高速旋回させる棒使いで思い出したわい」
「!」「!」「!」「!」「!」「!」「!」
「ちょ、ちょっと、リンネ。私、武芸には疎いの。あの人って有名人なの?ただの執事じゃないの?」
「はい。マリアンヌ様『黒弾アルト』はいくつもの戦場で名を馳せる武者です。
・・・私も気付きませんでした。私の鍛錬にはいつも細身の剣のレイピアを使っていましたので」
これ程の豪傑がわざわざ執事をしてまでハウンズ家に仕えて、一体なにが目的なのか・・・。マリアンヌは思案する。そして気づく。
サラはあの襲撃事件の二月後にギルドの紹介状を持ってやって来た。今にして思えばリリアーヌ先生とロイの情報を集めていた節はあった。彼の目的は・・・。
みんなの視線が自然とロイに集まる。
「それではいこうかの。・・・ロイ。その前屈みな構えはなんとかならんのか。滑稽で落ち着かん」
「誰かの丸薬のせ、所為だろ!いいよもう!コレで!直ぐ終わらせればい、いいんだから」
ピリッと空気が替わる。サラから気が放たれる。
「まあ良いか。それでは始め」
『!』
閃光が走ったような錯覚。アルト・サラの棒がロイ・マクエルの腹を打ち抜いていた。




