ロイ・マクエル受難の日々②
第24話
「虎姫来襲」
「たのもー」 「「「たのもー」」」
「たのもー」 「「「たのもー」」」
そのおかしな訪いの声にハウンズ家長女マリアンヌとその執事リンネは眉根を寄せて考え込んでいた。あまりに珍妙過ぎて冗談か遊びにしか感じない。
ハウンズ家本邸の正門前から何度も繰り返し聞こえて来ているその声は、甲高くて大きな声なので邸内の隅々にまで響いている。
二人はその様子を本邸の2階出窓から覗き見ながら重苦しい顔付きで小声で話を始める。
「マリアンヌ様。関わりたくない気持ちはわかりますが、あのままにはして置けません。何かしらかの応対をしなければハウンズ家の礼儀を疑われます」
女性ながらいまやハウンズ家長女ルイ・マリアンヌの執事筆頭を務めるようになったリンネは主人にそう提言する。
「・・・・・・・・・はあぁ。わかっているわリンネ。でも、アレってやっぱり手紙にあった例の女性よね?い、色々と想定外が過ぎるわ。何なのアレ?山から降りてきた野生児なの?」
長女マリアンヌと執事リンネが周りの使用人たちに聞こえ無い様にボソボソと話しているのは、門前に予告無く現われた4人の女武者たちの事であった。
騎馬に跨った女武者4人は門の前に現われると何故か呼び鈴を鳴らす事なく下馬して整列し、締め切られている門の前で奇声を発し始めたのだ。唐突に「タノモウ」「タノモウ」などと。
もう全く意味がわからない。早く呼び鈴鳴らしなさいよ!どうゆう文化の国の人達なの?マリアンヌは呆れ返ってしまっていた。
確かに先月届いたスタンピ伯爵家からのお見合い申し入れ書には『近日中に貴宅に伺いたし』とは書いてあったがこちらはまだ正式に受けると決めたわけではない。ロイに話を聞いた上で、招待状を作成するつもりであった。それが突然に。急にこのような形の訪問を受けるとは思いもしなかった。
「スタンピ家は代々武門の家系とか。このような意表を突く訪問で我が家の何かを図ろうとしておいでなのかもしれません」
確かにリンネの考えには一理ある。とマリアンヌは思った。力のない家、緊急時に判断の鈍い家、いずれも戦乱時には生き残れはしないだろう。そういう意味では理にかなっていた。
だがこんな横紙破りのお見合いなどありえない。私の愛しい弟、んんん!家族の婚儀に対して非常識にもほどがあるからだ。動物のつがいを決めるわけではない、どちらもれっきとした爵位を持つ名家同士なのだ。
兄二人は夜まで戻らない。ここは私がハウンズ家の代表として応対をしなければならない。ハウンズ家の鷹揚さを見せて饗すか、慣例にないと毅然とした態度で摘まみ出すのか、ひとつ間違えば国家間の問題にまで発展するかもしれない。全てがマリアンヌの判断に委ねられてる。
「お引き取りいただきましょう。ロイの相手には不釣り合いと見ます。リンネ、私が話すので準備をお願い」
「かしこまりました。お嬢様」
ご英断。流石の即断即決。お兄様二人が不在でも、このお嬢様がいる限りハウンズ家は一切揺るがない。リンネは踵を返すと扉に向かいつつ指示を出していく。
「サンドさん。ウーチさん。お嬢様に応接用で動きやすいお召し物への着替えを早急にお願いします」
「わかってるよリンネ。用意はできてる」
「10分で整えてみせます」
「ソーラさん。お嬢様の護衛を少なくとも5人集められますか?無理なら最低3人でも構いません。私が入ります」
「大丈夫だリンネ。私とヒイラ。談話室にも腕利きを5人待機させてある。マリアンヌ様のお着替えが終わるまでに集合させる」
「サラさん。私とで先にお客人への応対に。相手は武門のお家柄で供回りも僅かに3名です。よほど腕に自信がある様です。場合によっては・・・・・・・・・」
「ああ、判ったリンネ。レイピアを持っていく。お前も小剣を懐に入れておけよ」
「はい。ではお先に参ります。マリアンヌ様」
「気を付けて、リンネ。得体がしれなくてよ」
「お任せ下さい」
そう言うとリンネは微笑を残し、部屋を後にした。周りの使用人達もテキパキと役割をこなし始める。着替えを進めつつメイド長のサンドが口を開く。
「立派なモンじゃないかリンネは。平時の仕事ぶりも執事らしくなってきたけれど、非常事態の時は一段と冴えてくるね」
マリアンヌは肩に掛かった髪をかき払い、着替えを進めている古参のメイド二人にニッコリ微笑みながら言った。
「ハウンズ家長女、ハウンズ・ルイ・マリアンヌの第一執事ならばこの程度の荒事など造作も無く片付けますわ!オーホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッー」
「・・・お嬢様。パンツにガーター姿での仁王立ち高笑いは、ヘンタイ、いえ大変はしたのうございます」
「しっかりおしよ。マリアンヌお嬢様。もうすぐ20歳になるんだよ。嫁の貰い手が逃げちまう、これ程の美貌が宝の持ち腐れになっちまうよ」
老若二人の敏腕メイドに軽く溜息をつかれながらもマリアンヌは少しも気にしない。マリアンヌにとってのハウンズ家、その進む道は常に光り輝く希望の道であらねばならないのだ。不法を排し、無礼を仇する、それを躊躇わない。
自らの歩く姿で、笑顔で、笑い声で、皆に明るい未来を照らして指し示す。それこそがハウンズ家長女である私の使命と信じている。
「虎姫様。いささか時間が掛かかり過ぎてます」
「突然大人数が出てきて取り囲まれるかもしれませんね」
「二人とも焦らない。金持ち貴族のヒョロヒョロが何人出てこようとものの数ではない、虎姫様の前よ。恐れず臆さず振る舞いなさい」
「・・・みんな見てみりゃ。誰かがこちらに近づいてくるわ。フフ、いきなり大人数で取り囲むというのはなさそうね。少しつまらないけれど性根は座っているようで安心したわ」
3人のお供と共に門前にて訪いを入れていたスタンピ・バーバリーは、ハウンズ家屋敷から2名がこちらに歩いて来るのを認めるとニヤリと口角を上げた。噂通り強者が揃う家ならば、それこそ叩きがいがあるというもの。
ルイ・マリアンヌとリンネの見立て通りこの4人、ベルフローラ共和国伯爵令嬢スタンピ・バーバリーとお供の3人は、友好的にお見合いをしに来たわけではない。実のところその逆で、お見合いの名目を利用してハウンズ家に詰問する、つまりは喧嘩を売りに来ていたのだ。
理由はカレン・リリアーヌの死に端を発する。
バーバリーはおよそ1年前。カーズ公国より帰還した父親、スタンピ・バルバッコスから武芸の師であるリリアーヌ殉職の話を聞かされた。最初はまるで信じられず何かの間違いだと笑った。
だが父親の連れて来ていた客人。大資産家で有名なハウンズ・レム・ガントス侯爵もその話を事実だと告げた、そして真相は内密にして欲しいとの要請を受けた。ハウンズ侯爵はその次の日には、ベルフローラ国家元首のロブスタン大公と新たな軍事条約を結び、そのまま旅立った。
結局バーバリーは師の最後について詳しい経緯もあまり聞けぬままに、その死を受けいれなければならなかった。深い悔恨が頭を埋めた。悔やんでも悔やみ切れない。胸に湧いた黒い怒りは澱のように私の心に積もっていった。
私と師匠との誓いは、ついに果たされぬままとなってしまった・・・。
西側は戦乱が長く続いていた。大きな戦が起きるたび、力のない女子供ばかりがいつも犠牲になり虐げられた。一敗地に塗れた地域の女性は多くが陵辱の憂き目に合い、子供は攫われ売られる末路だった。
こんな世界に誰がしたのか?
バーバリーの母はとある曲芸団に所属する踊り子だった。美しい青味がかった髪の女性で、周りの男達を虜にしたそうだ。母の所属している一座は1年事に諸国を周り色々な芸を魅せて口に糊していたそうだ。そんな一座が16年前ベルフローラにも滞在した。
父と母は互いに一目惚れだった。大恋愛の末私が生まれた。だが伯爵家に下賤と蔑まれる踊り子が嫁に入るなどできるわけがなく、周囲からの圧力もあって母は私を産んで直ぐにベルフローラを去った。
父は悔しがっていて、形ばかりに拘る力のない伯爵家からの脱却を目指し戦に駆け回るようになったそうだ。
私は乳母と、当時スタンピ家に住んでいたリリアーヌ師匠によく面倒を見てもらって育った。母からも毎年手紙は届いていて、父と一緒に読んだりもしていた。
そして私が7つの時、母がとある国の王族に見染められて妻になったと聞いた。とても強引な王族で一座を半ば人質にとって母を脅迫する、といった所業に出たのだそうだ。悔しくて悲しくて父に怒りをぶつけて家中を暴れ回ったのを覚えている。
だがさらなる悪夢はすぐに降りかかった。母の嫁いだ先で戦が発生。ベルフローラの援軍も間に合わずあっと言う間に滅んだ。
王族はことごとくが討たれた。男女幼子一切の容赦なく全て首を断たれ、その首のみが槍に吊るされ城壁に並べられていたそうだ。
母も、勿論例外ではなかった。
いや、違う。詳しくは父も女武者として援軍に参戦していたリリアーヌ師匠も教えてはくれなかった。母の最後の姿がどうしても知りたかった私は仕方なく正体を隠し、酒場の前で援軍に参戦していた兵士を捕まえ話を聞いた。
兵士の口は重かったが聞けた。
王族の一人と思しき女性の遺体が草むらで発見されていて、その女性は大勢の男達から度重なる陵辱を受けたと思われる酷い姿となって見つかっていた。
珍しい青味がかった髪色で兵士間で話題になったそうだ。
こんな世界に誰がしたのか?
結局は力のみが全てだった。自分勝手な男たちが私欲を欲するから、女性をモノとしか見てないから、だから何時まで経っても何処までいっても戦乱は終わらない。悲劇も無くならない。やがて父とも会わなくなっていった。
私は女武人として名を知られ始めていたリリアーヌ師匠に武芸の教授を請うた。すでに数多の戦場を経験していた師匠はそれを渋った。だが私が本気だとわかると真剣に武芸を教えてくれた。仕事や戦が終わる度にスタンピ家に立ち寄り私に武芸を教えてくれた。師匠の武芸は私から見ても神懸っていて、私も教えを受ける度に上達していった。
師匠が不在の時も私は一人で鍛錬に励み、いつしか領内に敵なしと言われるほどに腕を上げた。街中のならず者や野盗を退治しているうちに私を慕う女武芸者達が私の元に集まるようになり、いつしか虎姫様などと呼ばれるようにもなっていた。
私とリリアーヌ師匠は、戦乱を鎮める戦があれば共に轡を並べて戦おうと誓いあった。
《ギイ》
ハウンズ家の正門が開いた。正面には二人の執事と思しき男女がいる。立ち居振る舞いに隙は無い。流石に野盗の群れとは一味も二味も違う様だ。ハウンズ家は状況をよく理解しているのだろう、腕利きの者をまず応対に寄越した。バーバリーは自分の胸の黒い高鳴りに驚きつつも、勉めて冷静に口上を述べた。
「お通し痛み入る。私はベルフローラ共和国に仕えるスタンピ伯爵家の一女でスタンピ・バーバリー。左右に控えるは供回りの者達である」
バーバリーは凛と響き渡わたる口上で、堂々たる名乗りをあげる。
「ようこそいらっしゃいましたバーバリー嬢。ご用向きの方をまずはお伺いしてよろしいでしょうか?」
・・・凄まじい気迫。リンネは目前の4人から強烈な戦いの匂いを嗅ぎ取れた。間の抜けた訪い、少人数の女武者、こちらが油断と嘲笑で迎えたならば忽ちの内に家中を好き勝手に蹂躪されたかも知れない。チラリと横のサラを見る。互いに視線で頷く、こちらも臨戦体勢は取れている。
「用向きは2点。1つ目は貴家の末子ロイ・マクエルとやらをここに連れてくること。1年前の『ハウンズ夫人誘拐事件』でのカレン・リリアーヌの戦ぶりと貴家の腰抜けぶりをソヤツの口から直に聴きたい。」
サラがレイピアの柄に手を掛けるのをリンネが目で抑えた。
「2つ目はリリアーヌ所有であった『無鳴剣』をこちらに引き渡すこと。腰抜け侯爵家や10歳かそこらの小僧が持っていて良いものではない」
「リリアーヌ殿が託したなどと聞き及んでいるが大方盗みとっただけであろう?身の程をわきまえよ」
「奥で震えておるならば私が引き摺り出してやるから案内してくれてもよいぞ?その10歳のお子ちゃまをさ」
「言っておくが、金などで話が付くわけではないからな。お金持ちのお貴族様」
バーバリー令嬢の後にお供がわかり易く煽り始める。リンネは微動だにしない。既にこの場全員気が満ちていて、戦場の様相を呈している。この場では迂闊に動いた方が遅れを取る。2対4。しのぎ切れるか?リンネの見立てでは・・・・・・・・力は互角。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!
僅かな静寂の後、全員が一斉に得物を抜き放ち飛び込んだ。




