迷いの森と少年R ⑭
今回のお話は5000文字を越えてしまいました。
第22話
「それぞれの道・大人の思惑と人喰い虎」
ハウンズ家、カーズ公国。両国の会談が互いの国境付近に於いて行われ、終始和やかな雰囲気のまま無事終了した。
会談を終えたハウンズ家当主レム・ガントスとベルフローラ共和国将軍スタンピ・バルバッコス一行は、馬車に乗り込み次の目的地であるベルフローラ共和国に一路向っていた。
「ガントス侯。ほんとに奥方の葬儀を子息殿達に任せてよろしかったのですかな?あと、ロイ君の捜索も」
「お気遣いなく、バルバッコス殿。あの7・・いや、6人はあれで優秀です。奥が居なくなったのは痛いですが上手くハウンズ家中を纏めてくれると思います。私もこう見えて、案外多忙でしてな」
確かにハウンズ家当主は多忙を極めるだろうがそれにしても急ぎ過ぎている気がする。いくら家中に人有りといえども奥方を亡くし他国とのイザコザも収まったばかりでの強行軍。なにが此処までガントス侯を急き立てるのか?
もう少し休養を取らないと身体も心も潰れてしまうのでは、と案じてしまう。今西側諸国に大きな戦が起きてないのはハウンズ家のいや、ガントス侯の人徳と辣腕あったればこそ。失うような事態はあってはならない。
「バルバッコス将軍。改めてになりますが、姪御であるリリアーヌ殿のことお詫び申し上げる。我が家の力不足の為に命を失うだけでなく無能や裏切り者の汚名をも着せることになってしまった」
馬車の中で居住まいを正すとガントス侯はバルバッコス将軍に頭を下げた。将軍は驚いた。一家、いや一国を守るとはそういったものだ。『小を捨てて大に就く』ではないがハウンズ家の面子と信用、安全を確保するため護衛の者に全て背負ってもらったと言う事なのだろう。自分の感情はさて置き、ガントス侯が頭を下げてまで詫びねばならぬ道理はなかった。
それも戦乱の世の習いである。
・・・とはいえこうして頭を下げて貰っている。「据え膳」としてひとつ要求を出しておいて損はなかろう。
「頭をお上げくだされガントス侯。儂は気にしてはおりません。きっとリリアーヌも恨みには思っておらぬと存じます」
「おお。お許し下さるか。忝ない」
「ただ・・・悩みといますか、問題といいますか、聞いていただけますかな?ガントス侯」
「?。どのような事ですかな」
「実は儂にもひとりの娘がおりましてですな。まあ齢30を越えて出来た娘なもので可愛がり過ぎたと云うか自由と云うか奔放に育ってしまいましてな」
「は、はぁ。なるほど・・・」
「この娘、儂の知らぬ間にリリアーヌを師事して武芸を修めていたようで・・・。ある日街中が大騒ぎのお祭り状態になった日がありまして何事かと聞いてみたところ、、、」
「聞いてみたところ?」
「街で不逞を働くならず者、時折街外れの村を襲う野党ども。その日それらの者たちを残らず叩きのめして街中に曳き回し、憲兵に突き出しておりましたのですよ。我が娘が」
「そ、それは中々の女傑ぶりですな」
ガントス侯もどう誉めるべきか判断に迷ったが、とりあえず持ち上げる事だけはしておいた。
「15歳にして街では超の付く人気者。『虎姫様』などと呼ばれて領内を我が物顔で闊歩しておるのです。ガントス侯。頭が痛い」
バルバッコスは大きな溜息をつくとさらに深刻さを増した口調で項垂れた。
「し、しかし元気である事が何より。そ、そうだ。バルバッコス殿。婚姻話でも持って行かれると良いのではないですか?嫁ぐとなれば花嫁修業を行い、淑やかな貴婦人になるための作法を勉強するはず。如何ですかな?」
項垂れたバルバッコスの眼が怪しく光る。
「いやいや其れがどうにもならんのです。あの娘『アタイより弱い男の処なんぞに嫁に行くわけないが、親父殿。せめてリリアーヌの姉御ぐらいの強者を連れて来てから言ってくれ』などと言うのですよ」
「それは・・・、なんとも剛毅なお嬢さんですな・・・」
なるほど、なるほど。ひとり娘がバルバッコス将軍の悩みのタネということか。我が家にもひとり悩みのタネがおるな。と、ガントス侯は軽い頭痛と共に末っ子ロイを思い出し、こめかみを押さえた。
「娘にはリリアーヌが殉職した事を表向きのことでなく、真相を話す所存です。ガントス侯。アレはリリアーヌの事をよく知っている。迂闊な事を申すと『盗賊の脅しや罠に嵌まる筈がない、何か裏がある』と考えてそちらに、ハウンズ家に直接乗り込むかもしれません」
「それはちと、難儀ですね。」
バルバッコスは項垂れていた顔をバッとあげるとすかさずガントス侯の両手を掴む。
「娘にはですな『リリアーヌの無鳴剣を受け継いだ男の子がいる』と伝えます。きっと娘は正式な形でハウンズ家を訪れるでしょう。その時は、是非ともロイくんに手合わせ頂きたい。そうすれば娘は上には上がいるという事実を思い知るに至り、花嫁修業に邁進すると思います。宜しくお頼み申す」
今度はバルバッコス将軍がガントス侯に深々と頭を垂れた。ガントス侯はココでようやく誘導されていた事に気づく。
・・・・・してやられた。最初からバルバッコス将軍はロイが目的だったのだ。弱みを取られた上で頭まで下げられたら要求を飲まざるを得ない。
「し、しかしバルバッコス将軍。家のロイはその、醜男です。いくら腕が立つといっても、とても娘殿のお眼鏡に叶うとは思えませんぞ」
無駄な抵抗かも知れないがガントス侯は一応反論してみる。
「なんのなんの。娘にとっては強者との婚儀なら何ら不満はでないと思います」
「さ、さようですか・・・。しかし、」
「これはいい。実にいい。素晴らしい出会いとなると良いですな。ガントス侯」
「ガッハッハッハッハッハッハッ」
「・・・・・・・・ハッハッハッ」
ふたりの笑い声が馬車の外まで漏れ聞こえる。
大人達の思惑で、当人の知らぬ間に剣を交えるお見合いが設定されてしまったのであった・・・。
────────────迷いの森深部。
ロイ・マクエルは大きな洞窟の前に立っていた。洞窟の奥には獣の気配が感じられる。暫く動かずにいるとその気配はこちらに人間がいると気づいたようで、ゆっくりと歩みを進め、少しづつ姿を現した。
いきなり飛び掛かっては来ない。吼え声で威嚇したりもしない。ただ冷静にこちらの動きを見ている。いや、品定めをしている。
迷いの森の頂点。森林虎。
僅かに低い体勢を保ったまま、猫科の獣らしくしなやかな足取りでこちらの右手に回り込む。力を測っているように見えるが体格を見て左程の脅威と感じないのか、あるいは人間の子供が珍しいのか襲う素振りは見せて来ない。
だがコイツは間違いなく人食い森林虎だ。半年前に森の周囲の村を襲い、合わせて6人。全て噛み殺して連れ去っている。森林虎は狼以上に知恵があり前脚の爪は森の巨大熊を凌ぐ。桁外れに強靱な体躯の猛獣だ。討伐は容易ではなく、今はこの付近に肉を毎月差し入れする事で被害を防いでいた。
ハッキリとした目的があってこの場所に来たわけではなかった。かつてリリアーヌ先生が『虎を見たことがない、一度でいいから見たい』と言っていた事を思い出し、先生を連れて来てみただけだった。
「生きている間に案内出来なくてごめんなさい」
ポツリと漏れた言葉は白々しいものだった、無意味な自己満のセリフ。反吐が出そうな偽善の言葉。唇を噛み締める。
抱きかかえた先生はピクリとも動きはしない。偽善の言葉で何が取り戻せるのか。もう見る事も、話す事も、喜ぶ事も出来ないのだ。僕は本当にクズだ。全てが手遅れにならないとわからない。
昨日はハウンズの血を全て断とうと思った。だがハウンズ家に使える人達はどうなる?良い人達も多い。僕が手を下したと知ったら嘆き悲しむだろう。そして自分を責める。『ロイ・マクエルを止められなかったのは自分が至らないからだ』と。
本意じゃない。ハウンズの血が元凶なんだ、誰にも罪があるわけじゃない。
何でもないある日、いつものような朝、それは白昼夢であるかのように、ハウンズの一家が突然にこの世からいなくなる。キレイに消え去り跡形もなくなる。
虎に襲われて何も残らなかったあの事件。村の誰もが死んだなんて嘘の様で、まだ生きている感じがすると口々に言っていたあの事件のように。痛みを感じぬ突然の別れ。ハウンズ家に使えた人達にはせめてそうゆう形で報いたい。
だが、家族はそうじゃない。
ハウンズの血をその身に宿す人間は、誰よりも痛みを感じて死ななければならない。
木の上で僕の捜索隊から聞いた。『リリアーヌの裏切り行為で奥様が無くなった』と。
兄妹は皆知っているはずだ、リリアーヌ先生の戦ぶりを。直ぐにピンときた。今回の事件を全て先生に押し付ける気だと。家族全員が僕と同じ様にクズに成り下がった。
容赦はもういらない。今回の事件の断罪をハウンズ家は受けなければならない。
・・・そうだ。だから僕は無意識に此処に来たのかも知れない。
自分が断罪者足り得るのかを問うために。
全ての情を消し、人を捨てられるのか問うために。
僕が人食い虎に成れるのか問うために。
目の前のコイツにこそ、試して貰いたい。
その場にリリアーヌ先生を置いた。無鳴剣を鞘からゆっくりと引き抜いていく。
虎が頭を下げる。「グルル」低い唸り声。虎の瞳孔が針のように小さくなる。攻撃体勢になった。剣が危険だと理解している。
剣を刺突の構えにして大きく気を放った。虎は動かない、同じ位置でさらに体勢を低くした。一歩前に踏み出す。轟音が目の前を通り過ぎた。鼻先を爪が掠めて血が飛んだ。虎はその場で前脚を振り抜いたようだ。飛び込んでいたら即死していた。全身から冷や汗が吹き出す。人ならざる一撃。虎にとっては小手調べなのだ。
僕も人で無くなるんだ。命など路傍の石ころでいくらでも溢れている。怖れをなくせ。ただ戦うのだ。虎の如く。他はなにもいらない。
「うがオオオおオオオおオオオおオオオ」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ」
ロイの雄叫びと虎の吼え声が洞窟前に響き渡った。
虎の飛び込みとロイの跳躍。同時だった。虎の爪がロイの右腿を裂いた。浅傷だ。ロイは剣を虎の首目掛けて振り抜いた。虎は信じられない捻り方で剣をあっさりと躱した。
2頭は着地すると同時に振り返り飛び掛かる。虎が一瞬早い。上空を制した虎はロイを押さえ込もうと顔目掛けて鋭い牙を剝いた。ロイはそれを捩って躱すが虎はそのまま押し掛かかり馬乗り状態になる。牙を剥く虎。ロイは思わず虎の首に縋り付いた。爪も牙も届かない。剣を力任せに横腹に突き立てた。体勢が悪い。少ししか刺さらない。
虎は少し呻くと体勢を低くして上空に飛び上がる。凄まじい勢いに吹き飛ばされる。洞窟の岩肌に身体が叩き付けられた。受け身どころではない。身体中を強烈な衝撃が襲う。
視界が白く染まり意識が飛ぶ。
そうだ・・・。
これでいいんだ・・・・。
本当に死ぬべきは家族じゃない。
この僕。ロイ・マクエルなんだ。
僕が真っ先に死ぬべきなのだ。
母様も、先生も、僕の我儘で死んだのだから。
ごめん・・・・・なさい・・・・・・・。
倒れていた。身体中が痛い。顔に鮮血が飛び散っている?虎の吼え声で我に返る。虎の右の前脚に無鳴剣が深々と突き刺さっていた。
どうやら意識が飛んで棒立ちの僕を引き裂こうと右前脚を払ったところ、無鳴剣がたまたま突き立ったようだ。
立ち上がる。無鳴剣が虎の前脚から抜け落ちた。虎が僕から飛び下がった。右前脚を浮かしている。致命傷ではないがあれではまともに戦えない。それでも・・・お前は、まだ殺るのか?僕と。雄々しく戦って、そして死ぬのか。
僕も答えるんだ、最後の闘志で。剣を取る。身体中の痛みに耐えながら無鳴剣を構えると気を練り上げる。虎も片前脚ながら体勢を低くした。2頭は再び飛び込んだ。馳せ違う。虎の右前脚が空中に舞い上がる。引っ掛けにきた右前脚を無鳴剣で切り飛ばしていた。
尚も虎は後脚で立ち上がると躰を反転させてロイの背後から首目がけて牙を剝いてきた。ロイも振り返り無鳴剣を虎の口目掛けて突き立てた。
虎の口内から脳天まで剣が貫いた。
虎は力無く痙攣しながら僕に覆いかぶさるようにもたれ掛かる。僕も支えきれず一緒に倒れ込んだ。
疲労もあるがすごい重さで動けない。なんとか身体を少しずつズラしながら5分程かけて虎の下から抜け出した。
・・・・・・・・・本当は死ぬべき人間がまた生き残ってしまっていた。湧いてくるのは真っ黒な絶望感。しばらく動けずに呆然としていると洞窟内から虎が2頭現われた。
まだ小さい子供の虎だった。屍体となった虎に縋り付いてジャレていた。この虎はメスで、恐らく母親だったのだ。
昨年の冬は酷い大寒波で森も大雪に埋まっていた。母虎は子虎の為に止む無く村を、人を襲ったのかもしれなかった。
僕はまた・・・間違えたのだ。余計な哀しみを悪戯に増やしただけだ。
僕は無鳴剣の刃を首に当てた。命の罪には、それに相応しい罰を・・・。
!! 子虎が僕の手に噛み付いてきた。甘噛みではなく本気の噛み付き。小さな唸り声。賢いな。母親の仇だと解っているのかも知れない。頭をワシワシと撫でた。
・・・1年。生き長らえよう。
この子虎たちに毎日の餌を運ぶ。
僕は剣の鍛錬を積み上げる。
そして1年後の晩餐会前日の夜。
人知れずハウンズ家の血を完全に断つ。
その後はコイツらに、母虎の仇の
肉を思う様、喰わせてやろう。
生きたまま手足を切り飛ばし。
痛み、苦しみ、動かない身体。
そいつは生きながらに虎に喰われて死ぬ。
血の海の中で骨すら残らずに・・・。
家族を皆殺しにシた外道にふさワしい最後だ。
自然と漏れる笑みを隠すように僕は2頭の子虎を抱きしめた。




