迷いの森と少年R ⑬
サブキャラストーリーズ
第21話
「それぞれの道・惜別と使命」
リンネは森林の少し拓けた場所に一人で佇んでいた。視線は足元に落ちていて、何かをじっと見ている様に見える。服装は黒狗の隊員服ではない、上品さのあるネイビーなスーツ姿だ。
その後姿を見つけた青年は、見違えた姿に感心しながら声を掛けようと近づいていった。
「見違えましたよリンネさん、こんなところに居たんですね、迷いの森の奥深くに一人で居るなんて流石に危険ではないですか?」
「なんだ、リッケルン宰相か。・・・何をニヤついてるんだ、俺に敬語とかはいいよ。それよりこんなとこまでよく来れたな?あんたじゃ狼や熊に襲われて死ぬかも知れないぜ?」
すでに【ハウンズ夫人誘拐未遂事件】の日から二日が過ぎていた。晩餐会も昨晩無事に開催されていた。
この森林は大資産家ハウンズ家の所有林で、通称【迷いの森】ハウンズ邸の周りには50平方kmにも及ぶ森林が拡がっていて人を襲う狼や熊も生息している。今その森の西南奥深くで、二人は話をしていた。
「一応、狼や熊避けのニオイ袋も持って来てます。が、しばらくは人を襲わないだろう。とガントス侯爵から聞きました。狼も熊も沢山の食事にありついただろうからと」
「確かに。・・・そうなのかもな」
森の中に100体近くあるはずの黒狗隊員たちの遺体がドコにもに見当たらない。当然隊長、副長の遺体もそうだった。僅かに血痕と隊服の切れ端があちこちに落ちており、ここで起きた事が事実であったと教えてくれている。
・・・リンネは、ここが副長の死に場所であると直ぐに気づいた。あれは、けっして悪い夢などではなかった。
「ほら、あれ。見てくれよ」
リンネは目の前の地面を指差す。そこには斜めに傷の入った大きめの額当てがおちていた。
「これさ。俺が、副長にあげたものなんだ」
「・・・・・・・・・そうでしたか」
その額当ての布地部分は血糊がベッタリと付いており、金物部分にもまだら模様に赤黒い固まりが乾いてこびり付いていた。
私だけでなく、この少女も大きな何かを失くしたのだろう。此処に居ると云う事は、嘆き哀しみ留まることではなく前に進む決意をしたからだと思う。でなければ決して近寄りはしないはずだ。未だしっかり前をむけないリッケルンには、リンネの横顔が少し眩しく見えた。
「俺、いや、ほら、私なんかにもさ。守りたいものができたから・・・だから、此処にお別れを言いに来たんだよ。私の恩人で、兄貴分だった人だからさ」
腫れぼったい目は涙の後だろう。そう言った少女の顔は少し哀しげで、でも少しだけ照れ臭そうで、年相応に可愛らしいものだった。元精鋭部隊の隊員と言われても誰も信じないのではないだろうか。
「そうそう、そういえばリンネさんはハウンズ家の長女マリアンヌ殿の執事をすると聞きましたよ。凄いですね。気難しい才媛と聞いてますが何処で目を付けられての抜擢なんでしょうかね?」
感心した風なリッケルンと違い、リンネは苦い顔付きでボソボソと答えた。
「いや、昨日の早朝に呼び出されてさ。『貴女ハウンズ家の護衛をやりなさい。私が厳しく躾けて、いえいえ教育して上げますわ。先ずは、そうね。何故!躊躇いなくロイに口付け、いえいえ人口呼吸したのかあたりを聞かせて頂戴』とかで、1時間ほど話をしたら護衛でなく執事をやりなさい。となったんだ。私にも良くわからないんだよ。何が気にいったんだか」
確かに気難しそうだ。なにを知り、どこまで考えているのかわからない。此れは苦労しそうだ。リッケルンには引き攣った笑いで相槌を打つことしか出来なかった。
「そういえばリッケルン宰相は明日のハウンズ夫人の葬儀にカーズ公国の代表として出席するんだって?どの面下げて顔だすんだよ?図太過ぎないか?ドン引きだよ」
今度リンネの方が、嫌な顔つきでリッケルンにそう突っ込んだ。
「・・・あくまでも今回の事件は盗賊による誘拐未遂事件。混乱した護衛の不手際によって、夫人が命を落としたハウンズ家の不幸な事故。カーズ領内での戦闘行為も配慮により不問。という筋書きでカーズ公国は立ち回ります。よって事件とはなんら無関係なので堂々と弔問には参列する。という事です」
「なんでそこまでして真相を隠そうとするんだ?ハウンズ家ならビクともしないだろう、リッケルン宰相」
「ハッキリと理由は断言出来無いです。ただ真実を明かしてしまうと、元とはいえ一国の王を殺めた事実は西側諸国の反発や疑心を招くかも知れない。あと護衛役が盗賊に脅され止む無く情報を流したのだと匂わす事で『ハウンズ家の警戒が甘かったのでなく盗賊が卑劣であった』と評する国が多くなる。という様な事かも知れないですね」
「そんな理由なのか!?あの護衛、リリアーヌって名前だっけ?あいつの不手際や裏切りが全ての原因だったって。・・・ずいぶんと無理がある。いや、酷い扱いだと思うがな」
「・・・私はただ、今晩到着するフェムト5世陛下に事情を説明して協力を仰ぐだけです」
確かに理屈は分かる。だが二人とも釈然としない表情のまま俯いている。【スケープゴート】政治的な解決だとは理解出来ても、全てを護衛の責任にして悪者にしてしまうということは『あの護衛を慕っていた少年とハウンズ家の決別』を意味するかも知れないからだ。
「まだ、見つからないですか?ロイ君は?」
「今、私は少し抜けさせて貰ってるけど直ぐに捜索に戻るよ。が、このまま見つからないかも知れない。使用人を中心に100名体制で捜してるのに影も形もないんだ」
「そうですか・・・残念です。一言でいい、命を救ってくれて有難うと。そう、言いたかったんですが・・・、仕方ありません。私はそろそろ新王を迎える準備をしにハウンズ邸に戻ります。捜索の方は気を付けて下さい。リンネさん」
「だから敬語はいいってのに。分かったからそっちこそ気を付けて戻れよ。・・・達者でな。リッケルン宰相」
「・・・貴女も、お元気で。リンネさん」
お互いに察していると思う。きっともう、この先、私達二人が話す事はないのだろうという予感。二人ともこれまでと全く違う人生を歩むことになったから。
黒狗の隊員だった私は死んだ事になっていて。ハウンズ家の計らいで長女マリアンヌ様の護衛兼執事として生きていく事になった。最初の対面からグイグイくる人だった。なんだか前途多難な気がする、色々な意味で・・・。
確かリッケルンはカーズ公国の次期宰相になるはず。現公王の後見人となったハウンズ・レム・ガントス侯爵がゴリ押しで就任させる算段だとかなんとかの話を聞いた。
前王が政務を1年近く放ったらかしにしてたはずで、あの国はいろんなところが崩れそうになっている。をもう一度立て直すのは数年は掛かるかも知れない。
ハウンズ家は奥様を亡くしたのにもう家中は切り替えていて、前に進む体制が出来ていた。執事や使用人の皆と話をする機会を貰って話したが、流石と思わせる優秀な人ばかりだった。
どの人も哀しみに昏れてばかりではなく、自らの使命を見定めて動いている。ハウンズ家は凄い家だと思う。だけど1人だけ、見定めていない人間がいる。
私は、リンネは、お前のお陰で命が残って新しい道を歩くんだぞ。ロイ・マクエル。
それなのに肝心のお前いったい何処に行っちゃてるんだよ?
その・・・、私の初めての口付けだったんだからこのまま、消えちゃうなよな。
「ほ、ほら、御曹司だからけ、け、結婚とかは流石に無理でもあの、妾?そんなのとか?で、せ、責任とらせるからな」
リンネは10歳の子供への色ボケツンデレ発言に自分が恥ずかしくなり、手をバタバタさせると赤い顔を隠すようにしてその場を後にしたのだった。
─────────────ハウンズ邸。
「滞りなく進んでますね、問題ありません。皆さん、流石です。有難うございます」
「いえ・・・。その、レイ様は宜しいのですか?ロイ様の捜索に出向かなくても」
ハウンズ本邸では3男のレイ・ハモンが執事達とハウンズ夫人葬儀の段取り調整を確認していた。
しかし残りの5人の兄妹達はロイの捜索の陣頭指揮をとっていて、母様の葬儀の事はかなりおざなりになっていた。
「母様の葬儀の方がハウンズ家にはよほど大事な事ですから。進行は身内が確認しておかないと後で困る事にもなりかねません」
「レイ様が落ち着いていて下さるので我々も助かります。それではこれで進めて参ります」
葬儀担当役の執事が兄妹が共同で使っている執務室から退出すると、レイは大きな溜息を吐いて椅子に腰掛ける。他の兄妹と違いレイ・ハモンは末弟ロイ・マクエルに対してかなり腹を立てていた。
とにかくアイツは身勝手極まりない。皆が10歳の子供だと見てるから、戦い続けた事も、父様に剣を向けた事も、先生の遺体を持ち出した事も、罪に問われてないだけだ。自分の目からみたら全て感情に走った結果で断罪されて然るべき事だ。
ロイ・マクエルは莫迦だけど愚か者ではない。本当は頭の回転が早く理解力も段違いに高いはずなんだ。10歳の誕生日の時に浮かれまくるアイツに苛立ち、桁をどんどん増やしていく計算ゲームで恥をかかせてやろうとした事があった。するとアイツはものの数分で何かを理解したのか十桁以上の計算を暗算でスラスラと解いたのだ。
アイツは武芸だけでなく、本気になれば中央の俊才が集まるという天学館への入学もいと易いだろう。悔しいが才能という面で身の程を知ったのは僕の方だった。
アイツの事を簡単に評すれば『未完の大器』といったところだろうか?それなのに感情に振り回されて今回のこの体たらくだ。
アイツは。ロイ・マクエルは。情が深過ぎるのだ。
深過ぎる情は、ひとつ間違えば周りを巻き込み大きな大過となって全てを押し流すかもしれない。
そんな危険に見えるロイだけど、兄妹は皆がアイツに甘い。誰かが冷淡に接する事で道を踏み外す事がないように導いてやる必要がある。それには僕が適任だ。だって僕はロイが嫌いだ。母様が死んだ事、リリアーヌ先生を殺された事、やったのはお前だと思っているくらいだ。
いいかロイ。そんなお前にやるべき事を教えてやる。母様が、僕達兄妹が、仰ぎみるぐらいの男になれ。偉業を成し、その名を歴史に刻む大英雄だ。僕の目は欺けないぞ、お前には出来るはずだ。僕の目標は高いんだ、母様の命を奪い、先生の剣を勝手に持っていったお前には、それを成す義務がある。
忘れるなよ?忘れないように僕が何時でもケツを叩いてやる。けっして立ち止まる事がないように、何度だってな。
レイ・ハモンはそんな大言壮語な莫迦兄貴役を務めるのが使命だと思った。そしてそれも存外悪くない使命だと思った。




