迷いの森と少年R ⑩
今回は心理描写多めです(特に後半)。
第18話
「父と子の剣」
「ま、待たれよ。ガントス侯。わ、わ、吾は領内を荒らしたケモノに罰を与えただけで・・・」
ハウンズ本邸のエントランス中央ではカーズ公国の元国王であるフェムト4世がしどろもどろになりながら、それでも必死に言い訳を言い募っていた。
だがハウンズ家当主ハウンズ・レム・ガントス侯爵は其れを受け入れる気など全くなく、冷たく言い放つ。
「此処にいる全員が、カーズ公国の領内を荒らしたのはギルドの派遣護衛である。と云う事で理解している。貴方の発言は全てが妄言であり、言い掛かりを盾に取ったハウンズ家への無礼の数々は断じて許し難し」
ガントス侯はさらに一歩踏み出す。
「ち、違う、わ、吾は、吾はただ、ロ、ロベルカ殿をぉあ、愛して、」
「妻の名を語るな下郎!!フェムト4世。お前に許されるのはここで無様な恥を晒して死ぬ事だけだ。その腐った痴情と共に」
「ひっ、ひぃぃ、待っ、待ってぇぅぅ」
普段は温厚なガントス侯がロベルカ・マリアンの名を聞いて豹変した。抑えていたであろう激情が剥き出しになる。ガントス侯の強烈な怒気に当てられたフェムト4世はだらしなく失禁して足元に水溜りを作っていた。ガタガタと震え今にも座り込みそうになっている。
「お、お待ちくだされ!!!何卒!何卒!王の命ばかりは!」
リッケルンがフェムト4世を庇うべくガントス侯の前に飛び出し両腕を広げ・・・。
『ガッ』 『チン』
床を蹴る音。そして剣が鞘に収まる音。
一瞬の静寂。
レム・ガントスの姿が消え、リッケルンとフェムト4世の後ろに現れた。様に見えた。
それを目の当たりにしたバルバッコスは思わず息を飲んだ。
瞬きほどの刹那の瞬間にリッケルンを左に躱しフェムト4世を右腰から左肩に掛けて抜き放った剣で両断した。
さらに後ろに抜ける時に首も断った。まさに紫電一閃の剣筋。これ程の剣の使い手は今迄一度も見たことが無い。
武者震いが全身を襲う。理屈抜きで剣を交えたくなるほどの強者だ。・・・
バルバッコスは冷静さを取り戻そうと大きく息を吐いた。
『ド、ドチャン』
カーズ公王、いやフェムト4世は床に崩れ落ちた。崩れ落ちたと同時に身体がバラバラになると頭だけがコロコロと転がり、いまだ蹲ったままのロイ・マクエルの前に転がる。
愚か者の最後はあまりに憐れなものとなった。
「う、ああ、ぁぁぁ、、うあ、、、ぁぁあぁあぁあぁあぁ、、〜あぁうっ、、うっうう、、っうおおぉぁ〜、ぁカ、カーズ王、も申し訳っ、、ありませんっ、。わ、、に私が、わたしが、い、至らぬば、がっりに、申し訳ございまぜんっあああいぁお、、ぁぁぁぁ〜」
リッケルンはフェムト4世の亡骸の前に跪くと人目も憚らず両手を付いて謝る様に泣いていた。泣き続けていた。ハウンズ・レム・ガントス侯爵の非情な剣に最初は誰もが目を奪われたがリッケルンのあまりに異様な号泣ぶりに周りの皆はすぐに我に返り、呆気に取られていた。このいつも冷静に見える青年の号泣ぶりは小さい子供の様だった。
リッケルンは止まらない大粒の涙を流しながら戦災孤児となった日の事が頭に浮かんできていた。忘れようもないあの日の事を。
今からおよそ10年前。リッケルンは町中で発生した地方豪族の暴動によって両親を失くし、ガレキの中で死を待つだけの子供であった。
そんな幼いリッケルンの前に現れたのが、救済活動の為にその町を訪れていた当時はまだ皇太子だったフェムト4世であった。そしてリッケルンはそのまま拾われることとなり、カーズ公国の施設に預けられて育った。
フェムト4世は小さい子供が救われず死んでいく世を憂い、戦火に追われた孤児を何人も保護しては母国に連れ帰り養育していた。私財を投げ打ち、孤児院と学校を国内に作るような私欲のない人だった。
国は貧しいが国内は沢山の子供の笑顔があり、フェムト4世殿下もとても幸せそうだった。
祖国の発展よりも子供を優先する。決して名君ではなかったが、このとても優しい皇太子は王になってからも変わらぬままで国民から慕われた。
優しき王はこれからのカーズ公国の治世を担っていくはずだったのだ。衷心よりそれを願った。
いまから1年前、ハウンズ家晩餐会でカーズ公王はハウンズ夫人と出会い、言葉を交わしたそうだ。
ハウンズ家の迷いの森をいつかは貧しい子供達でも幸せに暮らせる施設にするのだと。二人は身寄りのない孤児達の救済案を語り合い、意気投合したのだと言っていた。
ハウンズ夫人も貧しい子供や孤児達の幸せを願う女性であった。今まで一人で行っていた孤児達のための救済活動を、カーズ王は共に進めていける女性に出会ったのだと熱く私に語った。
この戦乱の世の中で、同じ志を持つ女性と会ったのは初めてなのだぞ。と子供の様にはしゃいで王は喜ばれていた。だが・・・・・・この出会いは悲劇へと結び付く。
カーズ公王のその情熱と喜びは時が経つにつれて次第しだいに夫人への愛情に取って変わった。
だがハウンズ夫人は人妻。夫婦仲の評判は良好で、一国の王とはいえカーズ公王には決して届かぬ想いであった。
そんな失望や失意が広がるにつれて王の心は徐々に歪み捩れ変質していった。いつしか優しき王は私欲の固まりとなった。
カーズ王にとって純粋だったはずの夢や志も夫人への情欲の前に塗り潰されて跡形もなく消え去った。
最後は力尽くで奪い取ろうとして命を無くした。何が本当の自分なのかをも、見失ったまま・・・。
私は何も出来なかった。王を止めることも、救われた恩を返すことも、側近となって生涯支えることも、なにも、なにも、・・・・・。
絶望が心を覆う。
無力感で全身を打ちのめされる。
もう終わってしまったのだ。リッケルン。
・・・あとは地獄までお供すれば良い。
リッケルンは懐の短剣を握った。
・・・・遠くから誰かの哭き声が聞こえてくる。
誰の哭き声だろうか、とても哀しい哭き声だ。
駄目なんだ、いくら哭こうと後悔は取り戻せない。
母様も、リリアーヌ先生も帰ってはこない。
ふたりは死んだ。
僕のせいで死んだ。
手に何かが触れてきた。
ボヤけていた視界が戻ってくる。
目の前に誰かの首が転がっている。
また人が死んでいた。
また僕のせいか?・・・いいやこれは違う。
誰かに首を切られたんだ。顔を少し上げる。
父様と目が合った。直感的に感じた。
父様が・・・・・・・・・・殺った。
僕が人を殺し。
父様も人を殺し。
やがて兄姉達も人を殺す。
僕らハウンズ家の人間は。
人の命を。
幸せを。
奪い取る宿命でもあるのだろうか?
母様もリリアーヌ先生も、
そしてこの首の人も。
元々ハウンズ家の人間じゃない。
なら。
ロイ・マクエルは側で短剣を握って震えていた男の短剣を素早く掴んで奪っていた。
なぜかこの短剣が気になった、この剣に感じる何かには見覚えがある。此れは失望の剣。盗賊を全て倒して血を払った時の無鳴剣に似ている。
立ち上がると驚いて固まっている男に話し掛けた。
「もう哭かないで下さい。終わらせます」
立ち上がった足に誰かが縋り付いた。
顔を上げる。視線の先には父様。
初めて見るような優しい眼差し。
・・・・・・・・・・・・騙されるな、ロイ。
こノ人はたった今人を殺したんだ。
泣きじゃくるこの人の大事な人ヲ。
ハウンズの血は、許してはナらない。
全テを、根絶やしにするンダ。
親モ。
兄姉モ。
そして僕も。
『ヒュン』
一足で飛び掛った。縋り付いていた誰かを払い飛ばし一直線に父様に。
渾身の一刀、この一突きで終わる。短剣を真っ直ぐ心臓に突き立てた。
『ガギッ』
剣先が少し胸に刺さったところで止められた。短剣のわずかな鍔を父様が剣で受け止めていた。凄いな。神業じゃナいか。父様から飛んで離れると身構える。全力で掛カるんだ。気を、極限まで高め上げるんだ。
ハウンズ・レム・ガントスは唸る。
なんの工夫もないただ速いだけの刺突剣。難なく躱せる筈だった。だが実際は違う。
胸元の傷に触れる。この子の剣は確かに・・・私に届いて来た。
数十年ぶりに傷を負った。ロイの拘束を解いたあの娘が縋り付いていなければ或いは、と思わせた。
我が子が垣間見せた驚くべき成長に喜びと称賛の気持ちが入り混じる。よくぞここまで練り上げたと。・・・・・・・・・・・だが、同時にムクリと目を覚ます、強者の欲求。
ただ強いだけでは父には勝てんぞ、ロイ。付いてこれるか?父の剣に。
ハウンズ・レム・ガントスは刃を返すと気を練り上げ始める。その圧倒的なまでの威圧感は周囲の人間をその場に縫い止める。
誰もが予感する。父と子の。凄絶なる戦いを。
_| ̄|○ 語彙力のなさに打ちのめされるの図




