迷いの森と少年R ⑨
第17話
「梟 雄」
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ」
ハウンズ家当主ハウンズ・レム・ガントスの笑い声がエントランス中に響き渡っていた。
「カ、ガントス候。へ、陛下は丘の上での私闘を目の当たりにして以来、き、気持ちが昂っておりまして少し、その、乱心していて」
リッケルンは全てを台無しにするカーズ王の暴言をなんとか取り繕おうと必死になっていた。正に公国の興廃は今この一瞬にかかっている。
「・・・いや失礼した。リッケルン殿、それにカーズ王。今のお話は冗談であろう?関係者の皆があれは盗賊による襲撃事件、という事で承諾しております。いま申された くろいぬ?でしたかな?その部隊があろう事か盗賊に成りすまし私の妻を拐かそうとしていたなどと、あまりに荒唐無稽で常軌を逸した発言でありましょう。ご訂正頂けませんかな」
もうレム・ガントス候は笑ってはいない。いや周りを圧する気を放ち始めている。『虎の尾を踏む』とはこうゆう事を言うのであろうか。今すぐ此処から逃げ出したいほどだ。微かに指先が震えている。リッケルンは隣のカーズ王を見るも口をパクパクとさせて何も返答出来そうにない。自分がなんとか取り繕わなければ。
「ガントス候。この場は何卒、」
「そういえば、森から黒いケモノが出てきたと申されましたかなカーズ王。それは見間違いなどでなく、その目で見られたと言う事で宜しいか?」
リッケルンの言葉を遮る形でガントス候は話を繋いだ。もう既に取り繕うことは出来ないかも知れない、ハウンズ家との戦になる。一時的にカーズ公国はハウンズ領を大きく獲るかもしれないが直ぐにでも周辺国に攻め込まれ破滅へ向かう。カーズ公国側には何の大義もないのだ。リッケルンは項垂れた。
「そ、そそそうじゃ!お主達ハウンズ家はあんな奇怪な化け物を森に飼ってお、おるのだろう。そ、そそそれであのアイツに部隊を壊滅するように命じたのであろう!こ、これはし、侵略行為じゃ!そうに違いない。の、のうリッケルン」
「・・・・・ぁ、ぃぇどうなのでしょうか、」
カーズ王は目を血走らせていた。もうこの王は全てを明かしてしまうだろう。リッケルンが何かを答えられる訳がなかった。もう賽は投げられたのだから・・・。
「・・・実はその黒いケモノには心当たりがあるのです、カーズ王。我々も手を焼いておりましてな、先程の騒ぎの時になんとか屋敷に拘束できたのですよ」
『バタン』
2階のドアが開け放たれると数名の執事と思しき男達に身体を抱きかかえられて、全身が赤黒く染まった人間が姿を現した。
エントランスにいた周りの使用人やハウンズ家の人達も息を飲んだのが解かる。リッケルンも同じ様に息を飲む。間違いなくあの時見た狂った野獣の如きケモノだ。・・・だがあの時見たより小さく感じる。両腕を後手に縛られ、猿ぐつわもされている。両脇を支えられないと歩く事も出来なさそうだ。
「こ、こ、こ、コヤツじゃあ!コヤツが、コヤツが吾の黒狗部隊を殺りおったんじゃぁ!お、おのれぇ!お前のせいで部隊は全滅、ハウンズ夫人も死んだんだじょ!」
執事達がそのケモノをカーズ王の前に跪くように座らせた。ケモノは放心状態のようで身動き一つしない。そしてその横に打擲棒を置いた。
「この者の扱いは当家でも困っておりましてな、中々言う事を聞かないのですよ。カーズ王ならばいかがいたしますかな」
そう言うとガントス候はカーズ王から下に置いてある打擲棒に視線を移した。
「ハ、ハ、ハウンズ家の者たちはとんだ腰抜け揃いとみえる!言う事を聞かないケモノには懲罰を与えて言う事を効かせるのが道理であろう!可哀想で出来ぬのであれば吾が手本を見せてやるわ」
カーズ王は勢いこんで打擲棒を手に取ると振りかぶる。成り行きを唖然と見ていたリッケルンは嫌な予感を感じてカーズ王に声を掛けようとしたが遅かった。
『バシィ』
打擲棒の一撃がケモノの左肩に直撃する。
「お前のせいで黒狗が死んだ」「ハウンズ夫人が死んだ」「全てお前が悪い」「お前のせいだ」「お前がいたから台無しだ」「お前が」「お前が」「お前がぁぁ」
何度も打ち据える打撃音がエントランスにこだまする。リッケルンはその場で固まるように動けなくなり目を閉じた。繰り返し聞こえるその音は耳の奥まで響き、まるで悪魔の笑い声の様に聞こえたのだった。
果てなく続く打擲がロイ・マクエルを打つ。余りに酷く、残酷すぎる。あのままだと死んでしまう。ロイは何もしていない。あれ程の扱いを受けなければならないはずなどない。
これ以上は耐えられない。ハウンズ家三女リリ・マーガレッタは耐えきれず止めようと一歩踏み出す。
その瞬間、右手首を掴まれる。見上げると掴んだのは長女のルイ・マリアンヌ姉様だった。よく見ると二女アン・ブリジット姉様は左手首を向こうで掴まれている。私と同じ様に止めに入るのを止められた様だった。
マリアンヌ姉様は二人の方を見ようともせずひたすらロイ・マクエルを見ていた。平気な顔付きのはずは無い。まるで自分が打たれているかのような苦痛に満ちた表情だ。
手首が痺れる様に痛い。
姉様も耐えているんだ。
私も耐えるんだ。
ロイ。
死なないで。
みんな。
貴方が。
大好きなんだから。
なにか大きな違和感をバルバッコスは感じていた。目の前では凄惨な懲罰が行われていて、既に血まみれになっている子供を大の大人が何度も打ち据えている。正視に絶えない。
アレは間違いなく丘で手合わせした少年だ。だが今見るとかなり幼いように見える、10歳かそこらの子供であろう。そんな子があれ程の剣技を身に付けたのだとすると・・驚愕に値する。出来れば死なせたくはない。儂が止めに入るべきか?どうする?
しかし先程から感じる違和感は何か?迂闊に動いてはならない気がする。直感に過ぎないのだが・・・・・・・・・なにか。
『ガチャリ』
「父様、只今戻りました。この者の先導で驚くほど早く往復できました。書状はコレに」
突如、正面玄関が開くと身なりの整った青年と全身を黒い服で包んだ少年の二人組が入ってくる。リッケルンを始め周囲は思わずそちらに目を向ける。カーズ王も手を止めるとその二人を目で追った。あの黒い服・・・まさか、まさか。リッケルンは足元が崩れていく嫌な予感に襲われる。血の気がどんどん引いていく。
青年は書状をガントス候に手渡すと数歩下がる。黒い服の少年はカーズ王と私を一瞥すると蹲る黒いケモノの側にしゃがんで身体を支えていた。
「カーズ王。実は申し遅れていた事がございましてな。」
レム・ガントスは書状にスッと目を通すと軽く丸め、カーズ王に向き直って告げる。カーズ王は口を半開きに開けて肩で息をしている。
「その蹲っているケモノ。いや子供は、私の息子です。」
「!?」「!?」「!?」
カーズ王。リッケルン。バルバッコスは度肝を抜かれたように立ち尽くした。
「ハウンズ家の4男、ハウンズ・ロイ・マクエル。今月10歳になったばかりです」
「え、え、こ、コヤツが、ガントス候の息子」
カーズ王は狼狽えると何度もガントス候とロイ少年を見比べていた。嵌められた。リッケルンはすぐさま理解した。
「さて、カーズ王。何の罪も犯していない我が子をここまで不当に扱ったのです。無論、お覚悟は決めておりますな?」
ガントス候は気を漲らせつつカーズ王に歩み寄る。
「ひっ!わ、わ、吾に手を出すとい、戦じゃぞ?いいのか?ハウンズなど消えてなくなる!よ、よいのか?よ、よいのかぁ」
「リッケルン殿。此れを読み上げて頂けるかな」
ガントス候は丸めていた書状をリッケルンに投げて寄越すと周囲に目配せして下がる様に合図した。それによってガントス候の周りにはカーズ王とリッケルンのみになった。
「な、何じゃリッケルン何が書いておる!?」
「・・・カーズ公国皇太子殿下、先王様、及びカーズ公国の侯爵以下12名の家臣団が連名で」
リッケルンの予感は最悪のものとなって的中する。
「現カーズ公国公王フェムト4世の王位を剥奪。現皇太子をフェムト5世として王位を継承する旨をこの勅を以て証明し、ハウンズ・レム・ガントス侯爵をその筆頭後見人と定める事とする。カーズ公国はハウンズ家と是迄通りの友好を保つ事も此処に確約する。
なお、フェムト4世はカーズ王家より追放。その処遇においてカーズ公国は何も此れを保証しない」
「・・・・・・・・・そ、ん、な。莫迦な」
カーズ王は我を忘れたかの様に呆然とつぶやいた。読み上げたリッケルンは俯く。さっきの二人組はカーズ国にこの詔勅を貰いに行っていた。青年はハウンズ家の身内、黒い服の少年は黒狗の生き残りで恐らくあちらに寝返った。元々王家直属の斥候部隊。森を抜け、カーズ公国上層部に渡りを付ける最短のルートを解っているはずだ。なんと、ここまで周到に用意した。
【梟雄】・・・・この戦で乱れた西側諸国において台頭する人物が、ただの好漢であろう筈がないのだ。私が考えていた以上にガントス侯は強大で、我らとは器が違い過ぎた。今日を境にカーズ公国はハウンズ家の傀儡国になっていくだろう・・・。
完全にガントス候に、いやハウンズ家に嵌められた。我らは眠れる獅子に手を出し、完全に怒らせてしまった。
破滅する。カーズ王も。王を守れなかった私、リッケルンも。全てが終わる・・・・・・。
いや、せめて我が身に替えてでも王の命だけはお守りするのだ。それだけが、私に残された役目。王に命を救って貰った私の使命だ。
リッケルンは拳を強く握りしめフェムト4世の為に命を棄てる覚悟を決めた。
今回の主人公って棒で殴られてるだけの様な?
次回もよろしくお願いします。




