迷いの森と少年R ⑧
第16話
「晩餐会前夜」
「直ちに屋敷内からご退出下さい。こちらに何の断りもない居座り行為は容認出来ません」
ハウンズ家本邸のエントランス中央では、長女のルイ・マリアンヌが正面にいる3人の要人に対して努めて冷静にそう繰り返していた。
最初は玄関前のアプローチで今回の騒ぎの説明をおこなっていたのだが、背後にいた大柄の男性に上手くかわされ半ば強引にエントランスまで入られてしまっていた。
これ以上の横暴を許す訳にはいかない。証拠がないとはいえ先程の騒ぎ、いや事件はカーズ公国が絡んでいるはずとマリアンヌは考えていた。少しでも気を緩めると母の死とリリアーヌ先生の無残な最後の姿が浮かび、悔しさが滲む。なにがあろうと彼らには、何一つとして讓る気はなかった。
「まあまあ、マリアンヌ殿落ち着いて下さい。こちらとしても事を荒立てたくはありません。ただ、少し難しいお話をしたいので父君のレム・ガントス侯をお呼びして欲しいだけなんですよ」
カーズ公国のリッケルン宰相補佐は気分を害さない柔らかな口調でマリアンヌをに対してあくまで下手に話し掛けていた。
しかしそのリッケルンの内心は舌打ちをしたい気分であった。黒狗部隊と全く接触出来ぬままにハウンズ本邸に到着、そこでハウンズ夫人が森で熊に襲われ命を落としたことと森に侵入していた盗賊との戦闘で護衛が暴れ回った末にそのまま戦死している事を告げられた。考え得る最悪の事態になっていた。
そして今、交渉も膠着状態に陥ってしまっている。マリアンヌ殿は一切こちらの言葉を聞く気はないようで、繰り返しハウンズ家に落ち度はない。の一点張りだ。交渉の余地がない。だがカーズ公国としても領内での死者を出す騒ぎがあったのに手ぶらでは帰れない。せめてその死亡した護衛を犯罪者としてこちらに引き渡す。のが良い落とし所のはずだ。
苦肉の策として当主レム・ガントスと話をしようにも取り次いても貰えない。少し危険な状態だ。一つ言葉を取り違えたら取り返しがつかない事態に転ぶかもしれない。
我が国としてはこれ以上ハウンズ家と揉める様な事は避けたい。ハウンズ家の融資があっての今のカーズ公国なのだ。。
「ええい!もう良いリッケルン!吾こそはカーズ公国の公王フェムト4世なるぞ。そなたの家中の者が我が領内でムグググ・・・・・」
リッケルンを押しのけ話に割り込んで来たカーズ王の口を慌てて塞ぐと耳元で早口で黙らせる。
「黒狗部隊の事は絶対に内密にしなければなりませんぞ。もし公になればハウンズ家の敷地への不法侵入、ハウンズ夫人の誘拐未遂、相互不可侵の条約違反と我が国は交渉の余地などなくなり一気に追い詰められます。我が領地での私闘などとゆう些末な抗議とは比べ物にならないのですぞ」
「う、う〜ん。し、しかしだな。ハウンズ夫人は死んだらしいし、代わりに森の一部でも貰わんと宰相や大臣に合わせる顔がない・・・」
リッケルンは頭を抱えた。ハウンズ家は盗賊の襲撃事件と言う事で事態を処理してくれている。此後に及んで余計なゴネで猫の額ほどの森と引き換えにハウンズ家からの莫大な融資を失うかもしれない。今まさに国家存亡の危機もしれないのだ!
「少しよいか?ハウンズ家のお嬢さん。その死んだ護衛というのは、カレン・リリアーヌと言う名であるのかな?それを確かめたくて私も勝手ながらお邪魔している」
バルバッコス将軍がカーズ公王やリッケルン宰相補佐の後ろから頭越しにマリアンヌにそう声を掛ける。
「はい。間違いなく。カレン・リリアーヌ様です」
少し声のトーンが落ちたがはっきりと答えた。
「先程の説明では森で盗賊を相手にして死んだと。カーズの領内で勝手に暴れたのもリリアーヌで間違いないと。そう言っておったな」
「はい。他に思い当たる人間がおりません」
「・・・・・・・・まあ、良い。説明が遅れてしまったがリリアーヌは私の姪でな。最後の別れに顔を見ておきたい。構わんかな?」
「!・・・・・・・・・左様でしたか」
リリアーヌがバルバッコス将軍の姪御と聞いて周りの者たちが息を飲んだ。マリアンヌも痛まし気な顔で思わず俯いた。あの痛ましい姿が思い起こされる。
「わかりました。将軍だけでしたら、」
「何をやっているマリアンヌ。お客人を応接室にお通しせぬか。御三方とも我がハウンズ家の大事な御方であろう」
「と、父様。何時からそこに・・・」
マリアンヌが声のしたエントランスの二階を見上げると父がこちらに向かうために階段を降りるているところであった。
「明日は我が家の晩餐会が催されます。御三方も参加予定でありましたな。是非愉しんでいってくだされ」
階段を降り終わると同時にハウンズ家当主ハウンズ・レム・ガントスは要人3人にそう声を掛けた。
「今回の騒ぎはお互い災難でしたな。訳のわからぬ盗賊にいい様に領内を荒らされてしまった。幸い当家で契約していた護衛の働きで賊は討ち果たしたようでホッしておるところです」
「あ、・・・ガ、ガントス侯はその過程で奥方を亡くされたとか、お悔やみ申し上げます」
思わぬ当主の登場にリッケルンは少し慌てながらお悔やみの言葉を口にした。それにしてもつい今しがた妻を亡くしたばかりだと云うのにガントス侯は落ち着いていた。何があっても揺がない山のような人物だと改めて感じる。
「なんの。アレも子供を守って命を落としたと聞いています。己の生き様に従う。それを為して逝けたのなら本望であるでしょう。私には羨ましいくらいですな」
いつの間にか長女マリアンヌの側に二女のアン・ブリジットと三女リリ・マーガレッタも来ていたが3人とも俯いて黙っている。ただ3人とも、両手は硬く握り締められていた。
「ガントス侯。奥方のことお悔やみ申し上げる。」
バルバッコス将軍が恭しくレム・ガントスに頭を下げる。
「これはバルバッコス将軍。頭を上げて下さい。将軍も姪御を亡くされたとのこと、こちらこそお悔やみ申し上げる。彼の者の活躍あればこそ、賊を討ち果たすことができたのです。まあ、一部がカーズ公国に入ってしまったようですがまさかカーズ公王もそのようなことで事を荒立てはすまい。明日の晩餐会において二人で鎮魂の酒を掲げましょう。お互いに取って、忘れ難き相手の為に」
「そのような。奥方と我の姪では違い過ぎる。それと話は代わりますがカーズ領内で私が見た、いや、手合わせした者はリリアーヌではなかったのですよ。ガントス候」
バルバッコスは恐縮する。ガントス候だけでなく、夫人のマリアンも自国ベルフローラからの爵位を与えられており、本来は気軽に話せる相手ではない。ただ、ガントス候が堅苦しい間柄を嫌うためフランクに話が出来ているだけに過ぎない。
「なんと。これは驚きました。私は護衛のリリアーヌ殿以外に該当者はいないと聞いておりましたが?では、誰が」
『ガチャリ』
1階エントランス奥の扉が開くとユラリと現れた男が一人、こちらに歩いて来る。少し気だるげな表情だが眼には強い光が宿っているようにバルバッコスには見えた。
「バルバッコス殿、父上、盗賊の狙いは母上の誘拐と無鳴剣のリリアーヌを始末する事であったようです」
「ラズか。なぜ言い切れる?ここにはバルバッコス殿だけでなく、カーズ公王にリッケルン殿もお出でだ。虚報でしたではすまされんのだぞ?」
「むう・・・」
バルバッコスはガントス候から発せられる気に少したじろいだ。流石は西側諸国の要人に一目置かれる御仁だ。周りを圧する気は一廉の武人のようだ。
あの青年は恐らくはハウンズ家の長男、ラズ・ロビンソン。私が知っている明るい好青年とは違う。・・・顔に返り血が、それにかすかに血の臭いが漂う。この青年、今しがた、人を一人殺してきている。そうバルバッコスは感じた。
「盗賊が我が家に放っていた密偵を尋問しましたところ、全てを話しました。結果、先程の結論で相違ないかと確信致しました」
「っ!」
少し離れたところから聞き耳を立てていたリッケルンは思わず息を飲んだ。今、間違いなくこちらを見た。思わず声が出そうになるがなんとか平静を装えた。
確か黒狗の隊長からはハウンズ内部深くに入り込んだ密偵がいると報告を受けている。・・・どこまで聞き出したのか?心臓が早鐘のようになっている。
「確信とは大口を叩く。ラズ、何故に確信に至った?」
「・・・そうですな。私でしたら死ぬ間際にまで嘘はつきません。命が助かる希望を持てるギリギリところを餌にして聞き出しました。今はもう生きてはおりませんが」
「・・・そうか。ご苦労だった」
「いえ。母とリリアーヌ先生に報いたまでの事です」
父からの労いの言葉にも特に表情は動かずラズは数歩退いた。
「いかがですかな。バルバッコス殿?どうやら賊は我が妻だけでなく姪御殿の命も狙っていたようです。ならば切り合いの最中に思わずカーズ領内に入ってしまうこともありましょうぞ」
「う、ううむ。確かにそうかもしれません。私の勘違いであった。忘れて下され、ハウンズ候」
「いやいや、姪御殿との切り合いなど信じたくない気持ちは十分解ります。心中お察しいたしますぞ」
バルバッコスは不明を詫びた。勿論手合わせしたあの者がリリアーヌのはずはない。だがハウンズ家中でこれだけ調べ上げての結論を無下には出来ない。これ以上の否定は我が身に累が及ぶだろう。リリアーヌも武人。戰場にて果てたを持って納得としよう。
「カーズ公王陛下、リッケルン宰相補佐殿、ご納得頂けましたかな?カーズ領内での私闘はギルドより派遣されたリリアーヌであり、当家には一切落ち度はない。何らかの抗議を行うのでしたら中央の傭兵ギルド本部に訴えるといいでしょう。それでいかがですかな?」
「誠にご慧眼、痛み入ります。我が王もご納得していることと思います。」
リッケルンは素早く頭を下げ礼を述べた。バルバッコス将軍が引いた。ハウンズ家も盗賊と派遣護衛の諍いで収めるつもりでいる。今こそこの事態を収束せねば。・・・・・・・。陛下?
「わ、わ、わ、吾は認めんぞ!貴様らの森からで、出てきたあの黒いケモノの如き人間が儂の子飼いの黒狗を全滅させたんじゃ!!なんと言おうが賠償としてハウンズ家の森を貰うぞ!よいな?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「へ、陛下。なんと言う事を・・・・・・・」
リッケルンは膝を付きたくなるのをなんとか堪える。我が国はこれで終わる。この暗愚な王の為に・・・・・・・・・。
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ」
大資産家ハウンズ・レム・ガントス侯爵の大きな笑い声がエントランスに響き渡った。




