迷いの森と少年R ⑦
今回は少しだけハウンズ家に踏み込んだ話に
なってます。第二章もいよいよ佳境です。
第15話
「去りゆくも消えず」
「父様、どうなさるのです?事は一刻を争います」
ハウンズ家当主、ハウンズ・レム・ガントスは執務室にいた。
明日の晩餐会に備えての最終確認を執事達と行っているようで、その落ち着いた所作には全く動揺が見られない。
10分程前に今回の悲惨な事件の一報が父には届いているはずで、周りの執事達も幾らか困惑気味に話をしていた。
汚れた服から着替えをすませ、今しがた執務室に訪れたハウンズ家長男のラズ・ロビンソンは焦りからか幾らか早口で対応を求めていた。
「父様!!か、母様が、な、亡くなって。今晩は通夜が行われます。兄妹達は明日の晩餐会どころではありません。そ、それと別件で先程からカーズ公王が、正門前に到着されるやいなや領地内での私闘の抗議に来られてます。へ、返答次第では軍を動かすと、お、仰せです」
「・・・まずは落ち着けラズ。お前を待っていた。」
「と、父様!どうしたら、」
当主ガントスはラズを右手で制し口を開いた。
「ハウンズ・ロベルカ・マリアンの通夜は不要。葬儀は三日後に執り行う。私は不在になるので喪主はラズ。お前が務めよ」
「え・・・・・・・・?」
「カーズ公王には長女のマリアンヌに返答させよ。私闘の首謀者はギルドより派遣されていた護衛のリリアーヌである。当家の許可なく勝手にしでかした事。それゆえ当家への抗議は不当であると」
「!・・・・・しかしそれはあまりにも」
「黙れラズ。私闘を行ったのはあくまでリリアーヌで押しどおせ。無理なら最後は私が対応する。あとロイを奥の部屋に今すぐ連れていけ。晩餐会が終わるまで部屋からだすな。それから残りの兄妹達にも改めて晩餐会は行うと告げておけ」
「と、父様・・・・・・」
長男であるラズ・ロビンソンは愕然となった。母様の死にも、リリアーヌ先生の戦死にも、僅かも動揺していない父を見て戦慄すら覚える。しかしどうしてもハッキリさせなければならない事があった。
「此度の母様の誘拐未遂はどうするのですか?色々とタイミングが良すぎます。裏でカーズ公国が関わっているのではないですか?」
必ずそうだと確信があった。全ての手際が良すぎるのだ。ラズは血が滲む程に拳を握りしめていた。
「犯人は盗賊だ」
「父様!!」
「もう良い。下がれ。自分の成すべき事を見つめよ。いつからハウンズの長男は愚か者になった」
ラズは項垂れた。
軍事力をほとんど持たないハウンズ家が軍隊を持つ国家とマトモに干戈を交える訳にはいかない。あちらは一部隊を失っていると思う。ひとつ対応を間違ったらハウンズ家そのものが消える。
ラズにも十分理解は出来た。だがこれはそうゆう問題ではないのだ。母と師を殺されたようなもので、決して赦してはいけない事だった。
「そういえば当家に入り込んでいた密偵を見つけだして今は地下牢に繋いである。あとで私が尋問するつもりだったが、お前がするか?ラズ。お前の経済学の先生だ」
父の眼が鋭く見つめてきた。覚悟を、問うている。お前の落ち度であると。どれほど苛烈な手段を用いでも知りうる事を全てを引き出せと。濡れ仕事が出来るかと。
引き出した情報はこちらの刃となる。ハウンズ家を守る刃。・・・時間的に猶予はない。今、下に黒幕が乗込んで来てるのだ。
ラズは天井を見上げた。その教師と共に過ごした日々を束の間思い出す。不思議と馬が合い、1年程師事していた。理路整然とした弁舌に唸った事もあった。どうすれば西側諸国の皆が貧しさから抜け出せるのか、朝まで真剣に熱く語り合ったこともあった。笑顔が魅力的な女性で料理が上手だった。結婚の言葉も、密かに考えていた・・・。
これは誰のせいでもなく自分の隙だ。自分が招いた事だ。今日の鍛錬場見学は内密の事で当日までは親弟妹とリリアーヌ先生しか知らなかった。ただ、私は言ってしまっていた。前の日に、授業時間変更の、理由として、あの教師に、鍛錬場見学の詳細を。
自分の心が鋭く研ぎ澄まされるのが解かる。鋭利な刃物よりも更に鋭く、そして硬く。命に替えてでもアノ女に全てを吐かせルんだ。・・・・結果、責殺すこトになろうとも。
ラズは父の眼を見て大きく頷いた。
ハウンズ家執務室で一人、ハウンズ・レム・ガントスは僅かに空いた時間の中でタバコを吸いながら窓の外を見つめて小休止を入れていた。
仕事で多忙を極める中で今回の事件は防げなかった。気づけなかった。これから先も私はほとんど家には戻れないだろう。
ロベルカひとりが単独で眼を光らせようとも、もしもの為に雇った腕利きの護衛がいようとも、一国の謀略には抗し得ない事が今回の事件で浮き彫りになってしまった。
ならば個々が自分を守る知恵を身に着けなければならない。子供だからとの甘えは命を危険にさらす。周りの兄妹達も共にだ。ハウンズ家に産まれ落ちたからには心せねばならない。
眼下に眼を向けると長女のマリアンヌがカーズ公王一行に毅然と振る舞っているようだ。アレも気づいているはずだ。裏で糸を引いたのは恐らくカーズ王だと。もう母はいない、自ら籠から飛び出し剣を取れ。今は怒りでもいい、ハウンズ家長女として、戦うのだ。
長男ラズには汚い仕事をやらせてしまうことになった。だがいい機会でもあった。ハウンズ家長男として世の中はキレイ事で成り立ってはいないと、実感して理解してもいい頃合いなのだ。
ロイには最後にあと一つ頑張って貰わないといけないかもしれない。結果壊れてしまうかも知れないが、一応父上に手紙を出しておこう。墜ちた人間を救うのがあの人の生き方だからな。万一の事になっても救ってくれるはずだ。
・・・・なあロベルカ。お前は最後の時、何を考えた?
ふと執務机に置いてある写真を見た。家族の写真とは別に男女二人の写真がある。ハウンズ家当主レム・ガントスとハウンズ夫人ロベルカ・マリアンが写る若かりし日の写真。それをそっと手に取る。
お前の願いは消えてはおらんぞ。私の夢もだ。幸いにも私達の子供達は優秀だ。お前の願いは私だけでなく子供達も引き継ぐだろう。いい子達に育ててくれた。
若かりし日に語りあった互いの願いと夢。今でも色褪せることなく鮮明に思い出せる。
私は争いを無くす為に西側諸国の統一を。
お前は幼子達が豊かで幸せに暮らせる世界を。
今から20年前の西側諸国といえば国境を争っての小競り合いばかりが続き、その度に人が死に、難民や孤児が周辺に溢れていた。
私が夢見る争いのない世界など、叶うはずのない夢物語に過ぎなかった。夢を心の中に埋め込んで、鬱々とした日々を過ごすしかなかった。
「私もその世界に連れて行って下さいませんか?」
その頃のハウンズ家は只の地主で、私の兄も弟も戦火に巻き込まれて命を落としていた。私の妻となるロベルカも、争いの中で滅んだ少数民族の生き残りで下女としてハウンズに売られてきていた。
だがその表情は凛として誇り高く、なんらかの意思を心に秘めている様に見えた。
ある時剣を研ぎながらポツリと、消えていたはずの夢が口に出た。それを聞き逃さなかったお前は私に詰め寄ると、光が宿った瞳でじっとみつめて来た。爛々と輝く瞳。なんの力もない若造の絵空事の世界に、お前は連れていけと言ってきた。
「私の願いもその先にありますので、共に」
その言葉に何かが身体に灯った。それは埋め込んだまま消えていた物だった。小利口に纏めて、消していた私の心にお前が火を焚べた。それは確かに、置き忘れていた夢に違いなかった。
夢は見る物でなく叶える物なのだとお前は言った。その言葉に私は本当の生を得たのだ。
あの時から互いの夢も願いも同じになった。お前が死んでも私が、私が死んでもお前がいた。そして今は子供たちもいる。
《コンコンコン》
控え目に執務室の扉がノックされる。
「旦那様。カーズ王が玄関のエントランスまで入って来ております。あと宰相補佐のリッケルン様。証人役としてのベルフローラ国のバルバッコス様もいらっしゃてます。マリアンヌ様の静止も聞かず、」
「解った、私が向かう。執事と使用人総出でロイを後手に紐を打ち、猿ぐつわをさせてエントランスに連れて来るように」
「!・・・か、かしこまりました」
ロイ、耐え抜けよ。私も耐える。・・・・・・もしも耐え抜けない時は、私から殺しに来い。
ハウンズ・レム・ガントスはドアを開けて進み出た。光が射すその先の為に。




