迷いの森と少年R ⑤
第13話
「ケモノの剣」
「連れ回してすまなかったな。ここで解放する。助けが来るまで待たれるとよい。」
森の中の少し拓けた場所で黒ずくめの男はそう言ってハウンズ夫人の手首を結んでいた紐を切り落とすと軽く頭を下げた。
「・・・・・・・・・」
隣で見ていたリンネは納得がいかなかった。今回の任務で黒狗部隊は壊滅的な打撃を受けている。だがハウンズ夫人を丘に連れて行くなら今の生き残りでも出来るはずだ。
王の勅命の任務を途中で放棄するなど国に帰れなくなる。副長はどうゆうつもりなのだろうか?
「図々しいのを承知で貴方に一つ頼みがある。この小僧を助けが来る直前まで狼 避けにココに居させるから、最後は上手く逃してやって欲しい」
「!!」
何を言ってるんだ?取決めではココが部隊の集合場所のはずだろ?まだ俺たち二人しかいないが直に散り散りになった他のヤツラだって集まってくる。まさか、足手まといだからって俺を捨てていく気か。
「リリアーヌ殿には済まない事をしたと思う。が、我々も任務なので。もうお気づきだとは思うが我々は盗賊ではない」
「カーズ公国の黒狗部隊。で合っているかしら・・・?」
「・・・私の口からは言えませんがとなりのコイツはまだ駆け出しの小僧でして、善悪の区別なくただ言われた事をやってるだけなんで」
なに言ってやがる!確かにまだ部隊に入って半年だけど血反吐 吐くまで訓練やら勉強やらで一端の隊員に仕込んだだろうが!何も分からないガキみたいに言うなよ!
「了解しました。子供に罪はありません、私が責任を持って預かります」
「感謝する」
「待ってください!任務の継続はしないのですか?隊員を集合させて夫人を丘に連れていくのではないのですか?」
上官の命令に異論を挟むのは基本許されないが、今は緊急事態だし夫人にも黒狗部隊とバレているならもう構わないだろう。副長の意見を聞きたい。
「・・・もう任務に従っているのは俺たち二人だけだ。他の隊員は散り散りに東の丘に逃げている。夫人にも我々の正体は看過されている。当初の作戦は遂行不可能だ」
リンネには信じられなかった。作戦遂行率100%。他国にも知られた精鋭部隊《黒狗》がこんなチンケな任務で終わってしまうなんて・・・。
孤児として惨めに過ごす生活からやっと抜け出せたと思ったのに。また逆戻りだ。
「小僧。これを持っていけ。何かの足しにしろ」
ズシリと重い小袋を渡された。急いで中を確認すると・・・黄金の粒。
なんだ?なんでこんなモノを渡すんだ?
「今日で黒狗部隊は解散する。この国のお前は死んだ。他国に逃れて生きろ。それは部隊から出る報奨金だ。」
その言葉に完全に虚を突かれた。とっくに枯れ果ててしまったと思っていたモノが目に溜まっていく。思えばこの副長が俺を鍛え上げてくれたんだ。
右も左も分からない糞ガキに、人らしい常識とかマナーとか。
道ばたで拾われたあの日。副長の作ったメシを腹いっぱい食べた。幸せに包まれた日を思い出す。
「黒狗部隊の生き残りが盗みや殺しで牢屋とか、無様に売春宿で身体を売っているのは願い下げだからな」
・・・わかってるよ。黒狗部隊がアンタの誇りだっつってたもんな。
恥をかかせやしねえよ。腹を軽く殴り最後に最高の笑顔を魅せてやるぜ。俺に惚れんなよ。副長。
・・・・・・・・・ぇ、・・ぁれ・・副長?
首から血が噴水の様に吹き出す。
なんだこれ?なんだコレ?ナンダコレ?
「ロイ!やめなさい!!!!」
リンネはビクッとなって我に返った。首に剣の刃先が触れている。
後ろから凄まじい殺気と血の臭い。足が震えだす。絶対に助からない。
涙、鼻水、小便が勝手に流れ出す。気を失いそうになるのだけはなんとか堪らえた。
「ロイ。私は無事よ。その子はまだ子供なの。何もしていないわ。
赦してお上げなさい。」
「・・・・・・・・・・わかりました、母様」
「無事だったのね。良かった。さあ、みんなの元に戻りましょう」
「・・・・・・・・まだ帰れません」
「ロイ?」
「コイツ以外は全員殺さなケればならなイ」
「だめよ。落ち着いて、ロイ。そんな事は私も先生も望んでいません。
帰りましょう、ロイ」
「・・・・・・・・・ごめんなさい」
殺気の塊の様なケモノは一瞬で掻き消えた。
泣き崩れるハウンズ夫人をリンネはへたり込んだまま見ていた。
副長の首が落ちている、口が少し動いていた。まだしゃべってるつもりかもしれない、死んだことにまだ気づいていないかのように・・・。
「なんだ、よ・・・あの怪物みみたいなの・・・。あんなの誰も、歯が立たたねえじゃねえか・・・」
リンネは噛み合わない歯で独りごちた。
──────────────東の丘
「がぁおぁおおぁぁおおおぁおぅぅおおぁ!」
黒狗の隊員の槍を叩き切りるとそのまま剣を返して躊躇なく、横に薙いで男の胴を両断した。
撒き散らされたハラワタを容赦なく踏み付けると赤黒いケモノは10メートルは先を逃げていた隊員に剣を投げ付け、その剣がドカッと頭に突き立った。
そのまま まるで糸の切れた人形のようにドサリと倒れる。
これで森から出て来た黒狗の隊員らしき5人が死んだ。
わずか30秒程の凄惨な殺戮劇だった。
その赤黒いケモノはゆっくり死んだ隊員に近付いて剣を抜くと、何度も死んだ隊員の身体に剣を突き立てている。
く、狂ってる。なんだあのケモノは。リッケルンは昼の食事を戻しそうになる口を押さえながら呻いた。身体中から冷や汗が止まらない。
!!こちらに顔を向けた。く、来る?。い、いや周りを見廻してる。
お、落ち着け。こちらには500人からの軍が陣を敷いているんだ。先ずは近くの歩哨が誰何をする筈だ。
敵意がないならそれで立ち去る。そうだ、万一に備えて王を後方に下げなければ。リッケルンは王に下がる事を具申しようと横を見ると。
「て、敵襲じゃ〜!あやつ黒狗を殺しておるぞ!!速やかに討てぇ〜〜!」
腰を抜かしてへたり込んだまま王はトンデモない事を口に出していた。控えていた大隊長も少し困惑気味だ。
今日はあくまで演習の予定であったし、あの黒い服の隊員が黒狗だとも見た目には分かるものでもない。しかも司令所の横に突然現れたので部隊の展開もできてない。いきなり正体不明のケモノに。しかも一人。
本当に進軍指示を出すべきなのか?完全に想定外で、
「進軍は暫し待って頂けぬか、カーズ王」
!! いつの間にかバルバッコス将軍が手に槍を持ち馬に乗っている。
・・・っ、威圧感がすごい。先程までのへらへらした気さくなおっさんとは全く違う。世に知られた将軍はとはこれ程の武威を放つものなのか?
恐怖?畏怖?声が、返答が上手くできない。将軍と馬から何かこう、近寄り難い強烈な圧が発せられている。
「得体の知れぬケモノ一匹を恐れて、軍を向けたとあってはカーズ軍の武名に傷が付こう。ここは私が単騎で出て、あのケモノの正体を問うてきましょう。」
「う、む。うむ。うむ。うむ。よ、宜しく頼む」
「・・・・・しょ、将軍。お頼みします」
「では失礼」
蒸せるような血の臭い。身体中が酷く痛む。腕の痙攣もさっきから止まらない。
足も鎖に繋がれているようだ。
しばらく周囲を確認していたロイはふと足元に落ちている写真が目に止まった。
こんなところに写真?3人写っている・・・家族の写真・・・。ぅ!
悪寒が走り、見るのを止めて顔を背ける。動悸が大きくなる。呼吸が乱れる。
これで・・・・・・良・ったよ・。先・。
小さく呟いてみたが風の音が掻き消してしまった。
走ってきた道を振り返る。屍と飛び散った血で丘の斜面が、悪魔の顔に見える。
何人斬ったんだ?愉しかったか?気持ち良かったか?そう聞かれてる様な気がした。
「追い駆けて30人ほどを・・・・斬ったかも知れないな・・・わからないや」
ロイの身体は返り血で身体も手も赤く、いや、赤黒く染まっていた。
達成感などというものは微塵もなかった。
剣を振ると剣の血のりは飛び散ったが、腕に纏わりついた血はこびり付いたままだ。身体にも、おそらく顔にも、一生こびり付いたままなのだろう。
身体からは消えても心からは消えない。ロイは思った。きっと先生もそうだったに違いない。それでもあんなに明るく笑っていた。誰もが嬉しくなる笑顔で。
・・・・・・・・だからきっと、いつか、僕も笑えるはずだ。
そうだ。母様を連れて家に還らなければならないんだ。あと、リリアーヌ先生を、、、キレイな身体にしてお葬式を。
身体が・・・酷く重かった。
「その剣。無鳴剣だな。」
後ろから問いかける声がした。
ブックマーク10件になりました。嬉しいですね。有難うございます、頑張ります。




