あの夜の黒鉄城
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『輝け、オウラソード』
ここ最近、そう叫ぶ彼を私は夢に見る。
私の名を冠する、私の名前を決定づけた、私の最愛の聖剣。それを手にした彼と、その手に宿る剣の輝きを、怪物になった今でも思い出す。
「カンドラ」
すでに死んだ人のことを想うのは、未練がましいことだろうか。
彼を殺した怪物たちと同じ姿になってもまだ彼のことを忘れられないのは、おこがましいことだろうか。卑しいことだろうか。
でも、未練がましいと罵られても、おこがましいと非難されても、卑しいと石を投げられても、私には忘れられない。
『無自覚馬鹿め、最後くらい僕に格好つけさせてよ……』
私は忘れてしまいたくない。
彼を想う度に、彼の死を思い出し、どれだけ絶望したとしても。それでも私は、彼を忘れてしまうことだけはしない。
この絶望を手放したら、私は私ですらなくなってしまうから。
城内が騒がしく、私は夢の途中で目を覚ました。
窓から外を覗けば、小雨の中を衛士たちが灯りを持って歩き回っている。先日の暗殺騒ぎのときとは違う。何か予期せぬことが起きたのだ。
そう思ったところで、ドアをノックされた。
「負け犬だ。聖剣の鍵をもらいにきた」
ドアを開くと、負け犬とナースがいた。
私が鍵を渡しながら何ごとかと尋ねると、彼は手短に答えた。
「マルフィアが襲われた。ナースによる治療が必要だ。襲撃者はまだ見つかっていないから、アンタはとりあえず部屋から出るな。俺やドロック以外には、ドアも開けるなよ」
そして、負け犬とナースはすぐに聖剣の保管場所へと走る。
私はドアを閉めて鍵をかけた。振り返ると窓が開いていることに気が付く。
カーテンが風で揺れている。その向こう側に人影があった。
「まさか、貴方が……?」
はためくカーテンの隙間から、返り血を浴びたルクスが歩み出た。
助けを呼ぼうとは思わなかった。
この少年が自分に害をなす、というイメージが湧かなかったからだ。
「この剣が、アンタに話があるって」
ルクスはそう言って、一振りの銅色の剣を床に置き、こちらに滑らせた。
見慣れない両刃剣だ。
私の知識に照らせば、それは聖剣ではあり得なかった。しかし、それを手にした瞬間、紛れもなく聖剣以外にあり得ない超常性を発揮した。
『はじめまして。愚かな聖女の末裔さん。私は王導の剣。使い手を導き、望みを叶えさせるもの。貴女を賢王にも、魔王にも導くもの。そして、聖剣の真の管理者。私なら貴女の望みを叶えられるでしょう』
私は、その剣に――後に知る、私たちの開祖に向かって尋ねた。
「私の望みが貴方にわかるの?」
『歴史上一人だけ、死者の完全な復活を行った魔法使いがいる。今は失われた聖剣〈アンチクァ〉の力で封印されているけれど。辞書乙女の貴女なら、誰かわかるでしょう?』
「虚偽の悪神」
『私とパンドウラを持って禁足地の〈大聖炉〉を目指しなさい』
「貴方は何を……どうするというの?」
『すでに言ったはずよ――貴女の望みを叶えさせると。そのついでに、ちょっと私の望みも叶えたいのだけれどね。協力してくれないかしら?』
「では、作り直すのですね?」
『流石に理解が早いわね。そう、私だけにできること』
「わかりました、我らが聖女様」
私は迷わずそう答えていた。
それがどれほどの絶望を引き起こすかわかっていたけれど。
それでも、私はこの絶望を手放すことができなかったから。
もう一度だけいい。
私は、彼に会いたかったから。




