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VSストーム③

       ◆


 ルクスは自分の無力を思い知り、弁えた。


(俺の実力じゃ、何百回やってもストームに勝てない。だったら……)


 ――王導の剣に身体を明け渡そう。


 その決断はあくまで自分の意志だと、ルクスは思っていた。

 そして、選手交代という声の後、ルクス本人の意識は微睡みの中に落ち、白昼夢を見ているような状態になっている。現実感が極度に希薄化し、目の前で繰り広げられている攻防も断片的にしか認識できない。


 王導の剣の閃き。


 その鋭さはダグファイアの抜刀を上回る。


 ストームの身体がしなやかに疾駆した。


 細く引き締まった青年の身体は、バネのように俊敏に跳ね回る。


 ボムによる爆発。仕込まれる爆弾。容赦のない連撃。


 ストームの攻撃には、必ず複数の意味があった。最初の攻撃は次の攻撃の布石となり、相手の反応を誘い出し、回避困難な一撃必殺へと追い込んでいく。


 嵐の申し子(ストーム)

 

 本名ではなかった。


 親につけられた名前は、とっくの昔に捨てていた。


 元の名前を今では誰も覚えていない。


 昔語りをするような青年ではなかったからだ。


 だから、誰もストームの過去を詳しく知らない。


 その知られていない事実だが、ストームとルクスの違いはわずかだ。貧乏と暴力の両輪の間で育ったという点で、二人の境遇はよく似ていた。


 彼は生まれの不遇が覆しがたいことを知っている。


 親の愛が約束されたものでないとわかっている。


 何もかも道連れにしたい――あの抗い難い欲求を覚えている。


 その一方で、ストームは強くなれた。


 あの冬、怪物と戦うことで開花したジュールとは別の才能。


 誰から受け継いだわけでも、何かに導かれたわけでもない。


 その境地まで純粋に一人で辿り着いた、異端の麒麟児。


 いつ死んでもおかしくなかった。実力だけで生き延びたわけではない。多くの偶然に恵まれた。だが、運よく生き延びた結果、死なない方法を覚えられた。


 死なないから経験を積めた。


 経験は実力となり、実力は更なる経験に繋がった。


 気づくと死体の山が築かれていた。


 そして、ストームは強くなっていた。


 運がよかったのだ。


 ストームとルクスの差は、それくらいだった。


 ルクスはかつてのストームに似ている。

 そして、似ているからこそ、ストームにはわかってしまう。運に恵まれた自分の言葉は、恵まれなかった彼には届かないと。


 だから、ストームは腹を括った。ルクスを殺すと。


「誰か知らんけどッ、人ン家の事情に首突っ込んでんじゃねぇゾ‼」


 ストームが吠えた。その身体のあちこちに浅い刀傷。

 王導の剣の切っ先が、ストームに届き始めていた。

 王道の剣の技術が、ストームに匹敵していたというのもある。けれどそれ以上に、ストームが致命傷を与えないように立ち回っているからだ。


 今のルクスはルクスではないから、と。


「他人様はお呼びじゃねぇッ! ルクス本人を出しやがれッ!」

「長引かせるのはダサいんでしょう? 殺る気がないならさっさと死になさい」


 王導の剣が、奇妙な型の剣術でストームを追い詰める。

 両手で剣を捧げ持ち、剣の影から相手を覗うような独特な構えだ。

 その攻撃スタイルは、ストームの真逆だった。


 ストームは連撃を主として相手の攻勢を封じる、積極的なスタイルだ。


 それに対して、王導の剣は防御から始まり、攻め手の勢いを利用して反撃に移る。人の意図を読み取り、意識の間隙を突くという特性を活かした、カウンター主体の消極的なスタイルだ。


 その利点として体力の消耗が少なく、戦いが長引くほどに相手の動きに合わせやすくなる。

 王導の剣は、ストームの息切れを待っていた。

 体力の底が見える瞬間を。


 ストームは確かに強い。


 しかし、ジュールほど恵まれた肉体を持っていなかった。貧しかったからだ。貧しさは粗食を強い、粗食は肉体の成長を阻んだ。


 ストームの細い身体は、速い代わりに脆かった。


 ルクスに拘るあまり、ストームは時間を使い過ぎていた。


 彼の呼吸が乱れる。肉体に酸素が行き渡らない。手足が重くなり、繋がるはずの連撃が不意に途切れた。王導の剣の狙い通りだ。


 待ちに待った瞬間の到来。


 ストームが無防備を晒す。王導の剣は満を持して攻勢に移った。



「――――」

「――――」



 どちらも声は出さない。単純にその余裕がなかった。


 この一瞬でケリがつくと、お互いにわかっていた。


 王導の剣は最速でストームの腹を突き刺す。


 銅色の切っ先が皮膚を裂き、筋肉を断ち、骨の間をすり抜けて内臓に至る。


 ストームは直前でボムを足下に叩き付けた。

 同時に自分からも前に踏み込む。

 当然、踏み込んだ分だけ、刀身はストームの内臓に食い込んだ。ストームは血反吐をぶちまける。死ぬほど痛かった。だが、踏み込んだおかげで王導の剣の柄に手が届いた。


『アナタ、何をッ!?』


 王導の剣は予想外の反応に狼狽えた。

 その声は柄を通じて直接ストームに響いていた。


「はっ、やっぱりそういうオチね。わかりやすいったらない」


 ストームが、寒気を覚えるような笑みを浮かべる。王導の剣は、すぐに剣を引き抜こうとした。

 けれど、ストームに押さえられて引き抜けない。

 王導の剣は、柄を回して内臓を掻き混ぜた。

 ストームは苦悶の声すら漏らさない。それどころか、ストームは馬鹿を嵌めた詐欺師のように晴れやかに笑うと、足下に突き立っているボムを蹴り抜いた。


 足下の石畳の一つが、爆弾と化す。



「さぁ、()()()()()()()()()



 ストームの出題。

 これが最後のパズル。

 王導の剣は、彼の覚悟と判断力、戦いを組み立てるセンスに感服した。



『ボムは、よい使い手に恵まれたわね』



 その声はどこか我が子を慈しむ母親のようだった。

 そして、爆発が起きる。


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