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【連載版】勇者の剣の〈贋作〉をつかまされた男の話   作者: 書店ゾンビ
第五章 長い冬、怪物たちの季節
33/91

怪物の腕を持つ男②

        ◇


 男の子を瓦礫から助け出した後、ジュールは街の中を探索し、残された食べ物を拝借した。街には意外に食べ物が多く残されていて、二人が食べるには十分すぎる量だ。


 ジュールにとってはありがたい話だったが、同時に疑問も抱いた。


(避難しようという人間が、これほど食料を残していくだろうか……?)


 先の見えない避難生活のため、食料は持てるだけ持っていくはずだ。しかし、街に残されている備蓄には、避難民が手をつけたような形跡すらない。


 残された食料。

 

 見当たらない犠牲者。


 ジュールは言葉にならない嫌な予感を覚えていた。


 けれど、それより先に片付けるべき問題があった。


 その片付けるべき問題は、ジュールの作った料理を美味そうに平らげて言う。


「おじちゃん、おかわり」

「おじちゃんではない、勇者のジュールだ」

「ジュール」

「そうだ。そういえば、少年の名前を聞いていなかったな」


 ジュールはぐいっと差し出されたスープ皿を受け取り、肉や野菜をごちゃまぜに煮詰めたものを入れて返す。男の子はガツガツと勢いよく掻き込み、咀嚼した後で答えた。


「センチだよ、センチ」

「そうか。とりあえず、センチ少年を預けられる場所を探さなくてはな」

「探さなくてはな?」

「そうだ」


 センチという名前の男の子は、よくわかっていないなりに頷いた。

 ジュールは食べっぷりのいい少年の様子に頬を緩ませながら、どこかの難民キャンプなり、無事な村なり、預けられる場所はないものかと考えていた。


        ◇


 リピュアは大勢の避難民を連れて雪原を移動し続けていた。


 父の命令に従い、頑強の青港を目指してのことだ。


 その道中も怪物たちの襲撃は執拗に続いていた。


「リピュア様、ご報告です。またしても怪物が、避難民の列後方より二匹現れました。怪物はどちらも逃げ出し、避難民に被害はありませんでしたが、護衛につけていた兵から三名重傷者が出ています。そのうち一名は、今夜を越えるのが難しいと」


 白港を出て四日目の夜。

 野営中のリピュアのテントにその報告が入った。

 その報告を入れたのは、白港の最高軍事顧問であったジエイの息子、ボウエイだ。狐目でほっそりとした顔には、父の面影があった。


 ボウエイは白港を出て以来、リピュアの補佐官として昼夜を問わずに働いている。


 リピュアも彼と同じく働き詰めだ。


 リピュア、ボウエイ、どちらの顔にも濃い疲労の色が見て取れた。


「そうか、負傷者の代わりの兵は――」

「すでに配置換えを済ませております」

「助かる。負傷した兵はどこか」

「三番の救護用テントに。ご案内いたしましょう」

「そうしてくれ」


 リピュアは寝不足と疲労で重い腰を持ち上げて、負傷兵のところに向かう。

 リピュアが救護用のテントに着くと、そこにいた兵たちは上官に礼を取ろうと身じろぎして、あまりの疲労に挫折した。リピュアもそれを責めなかった。


「リピュア様、こちらです」


 ボウエイに誘導されて、リピュアは今夜の負傷者の前に立つ。

 若い兵士だった。身体の右半身に大量の針が刺さっている。

 その針が激痛を呼ぶのか、兵士は脂汗を掻き、歯を食いしばって呻き続けていた。


「全身針だらけの怪物だったそうです。それに抱き着かれたのだとか」


 リピュアは横たえられた兵士の隣に座り、彼の左手に触れた。すると苦悶の表情を浮かべていた兵士が、すっと安らいだ顔をする。痛みが消えていた。


 リピュアの持つ、不思議な力だ。


 けれど、それは痛みを取り去るだけだった。傷を癒すことはない。


 リピュアにはそれが不甲斐なかった。


「すまない、私にはこの程度しかしてやれない」

「な、情けないこと……言わないで……くださいよ」


 傷だらけの兵士はそう言って、針だらけの右頬を引きつらせて無理に苦笑する。

 リピュアは直視しがたい彼の悲惨な有様に言葉を詰まらせた。


「この程度のことしか……なんて……言わないで……」

「すまない、ああ、もう言わない」

「貴女はここのみんなを、救うんだから……だって貴女は、白港の――」

「ああ、そうだ。私は――」


 けれど、リピュアはその続きを口にしない。


 その称号を背負うことが、今の彼女にはできなかった。


 牛頭の怪物に敗北し、その白港から逃げた自分が、その称号を背負えるわけがない。だから、彼女はそれを口にする代わり、彼の手を握り続けていた。


 やがて朝を迎えた。


 負傷した兵士は、やはりその夜を持ち堪えられなかった。


「朝だ。避難民の食事と、兵たちの補給が完了次第、移動を再開する」


 リピュアはそう言うと、自分のテントに戻った。


 その場の誰の目にも、彼女の疲労が一番深刻であることは明らかだった。


        ◇


 移動再開から数時間、正午前には頑強の青港が見え始める。

 これでようやく一息吐けると、リピュアが安堵しかけたところで、先行させていた兵士たちからおかしな報告が入った。

 リピュアは歩き続けながら、ボウエイと報告内容の確認を取る。


「怪物のような男がいる?」

「はい、先行させていた偵察隊が、そのように」

「ようなとは、なんだ。怪物ではないのか?」

「判断がつかない、とのことです」

「わけのわからないことを。負傷者は出ていないのか?」

「今のところはなしです。攻撃の意思はないと言っているそうですが」

「言っている? 怪物のような男、喋るのか?」

「そのようです、いかがいたしますか?」

「こちらと合流してから暴れられても困る。私が先行して、直接判断しよう。ボウエイはここの指揮を取れ。怪物たちの陽動という可能性もある」

「かしこまりました。そのように」


 リピュアは連れて歩いているウマに跨り、避難民の列から離れた。

 しばらくウマを走らせると、偵察隊の騎馬兵たちが陣を作っているところに合流する。リピュアがウマから降り、陣を割って入ると、そこには確かに判断のつかない男がいた。


 男の右腕はまるで岩のようにゴツゴツとしていたが、それ以外は普通の人間に見える。しかし、右腕は間違いなく人間のものではなかった。


 つまり、どっちつかずだ。


 その男は背中に小さな男の子を庇いつつ、兵士に囲まれて平然としていた。


 リピュアはその男の前に立ち、その背中でくつろいでいる少年を見る。


 油断なく気を張りながら、彼女は尋ねた。


「貴殿は何ものだ?」

「俺は勇者のジュールだ」


 怪物のような右腕を持つ男が、リピュアの失った称号を口にした。その男の後ろで「センチだよ……」と男の子が、小さく答えている。


 リピュアは余計に判断がつかなくなり、とりあえず、避難民たちが通り過ぎるまでの間はこの二人を拘束することにした。

 ジュールは素直に剣を手放し、「それで貴女たちが安心するなら」と自分から進んで手錠をかけられた。センチは「おじちゃんとお揃いだね」とジュールに手錠を見せびらかす。


 ジュールは手錠をかけられるより地味に傷ついた。


「おじちゃんではない、勇者のジュールだ」

「ジュール」

「そうだ。おじちゃんではない」

「おじちゃんではない」

「そうだ。いいぞ、センチ少年」


 ジュールは決然と言い、頷いた。「おじちゃん」と呼ばれる歳ではなかった。


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