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血と嘘の剣②

「剣を取らせるなッ、ここで元凶を断つッ!」


 レイオンが勇ましく叫んで挑みかかると、それに呼応して後ろの男たちも武器を構えた。

 ラーズは、アウロラとハッカに一瞬だけ視線を送る。しかし、反応がないと見るや、すぐに視線を切って三叉槍を構えた。


 動かない彼らに構っている暇はない。


 ラーズは三叉槍で応戦し、押し寄せる三人の攻撃をすべていなしていく。


「ド三流どもッ、大僧正様が稽古つけたラァッ!」


 ガナルカンの大槌を撫でるように逸らすと、懐深く潜り込もうとする短刀使いを突きで押し止め、常識を超えた速度で迫るレイオンの一撃を、歴戦の勘だけでどうにか防ぐ。


 疾風のごとき突きを放ち、稲妻のように打ち込み、旋風のように槍を払う。


 三対一でありながら、決して引けを取らない獅子奮迅の戦いぶりだった。


 ラーズの本来の実力に加えて、「一歩たりともジュールに近づけさせない」という強固な意思が、その槍に鬼気迫る冴えを生んでいた。


 大切なものを護る。


 ラーズが最大に力を発揮する瞬間だった。


「どうしたァッ、これならそこの馬鹿一人の方が、五億倍は強いでおいッ!」


 その実力に、レイオンも、ガナルカンも、目を細めて静かに驚嘆する。

 勇者のレイオンと大槌のガナルカンが、わずかに視線を交わし合う。

 

 ラーズは嫌な予感を覚えた。


 次の瞬間、レイオンとガナルカンが息の合った連携でラーズに襲い掛かる。左右からの同時攻撃。ラーズを強敵と認めて、ジュールより先に始末を付けるつもりだった。


「――――」


 ラーズは全神経を研ぎ澄ませて槍を正面に構える。わずかに先行したレイオンの一撃を、身体を限界まで捻って躱すと、直前に迫った大槌を三叉槍で受け止め切った。


 しかし、ラーズは顔を顰める。


 嫌な手ごたえがあった。

 当たりどころが、わずかに悪かったらしい。

 ラーズより先に彼の三叉槍が音を上げた。


(今の感じ、どっかにヒビが入りよったか。いや、それより……)


 次の一撃は耐えられないとわかった。

 そして、それこそがレイオンの狙いでもあった。


 挟み撃ちからのさらなる連撃。


 レイオンは三叉槍の破壊を狙ってダメ押しの一撃を振るう。ラーズはその恐ろしく極まった剣筋を見て、冷静に頭を巡らせていた。


(この剣筋、ちょいちょい癖を消しとるが間違いない、これは()()()()()()の……)


 ラーズはレイオンの連撃をあっさりと三叉槍で受け止めた。

 その結果、三叉槍は軸から真っ二つに折れた。

 武器を失ったラーズに対して、レイオンはさらに大きく剣を振り被る。



「もらったぞ、悪神の手下ァァアアア!」



 ラーズの左手が、その大振りの一撃を掴んだ。

 怪物化して鱗を纏っている左手だ。

 ラーズはその大振りが来るのを待っていた。


 安全に打ち込めると油断した、わずかに隙のある一撃を。


 だから、あえて槍を差し出したのだ。

 ラーズの右手は二つに折れた三叉槍の穂先の側を掴んでいた。


「誰が手下じゃボケ」


 ラーズは、穂先を突き立てるように振り下ろす。

 しかし、レイオンの首筋に届く直前で一本の矢がラーズの腕を貫いた。




「アウロラ、よくやりました」




 軍医のドグが、アウロラの肩を叩いて言う。

 仲間であったはずの弓使いが、蒼白な顔でラーズの腕を射貫いていた。

 ラーズは痛みに苦悶しながら怒鳴る。


「ドグ、アウロラ……テメェらかあああッッ!」


 そして、ドグたちに気を取られた瞬間、重量級の大槌がラーズを横薙ぎにした。ラーズの身体は血を吹き出しながら、突風に煽られる空桶のように転がった。


「おげっ、ぐっ、ごぼっ……ぉいつも、こいつもぉ、ゴミ屑かいな……」


 ラーズは悪態と血をまとめて吐きながら立ち上がった。ひしゃげた腕を垂らしながら、震える膝で身体を支えている。

 もはや満身創痍という言葉すら生ぬるく、その身体の先には確実な死が待っていた。


 けれど、その焦点の定まらない双眸は、今なお眼光鋭く睨みつけている。


 ラーズは絶望なんて欠片もしていなかった。


 それは誰の目にも明らかだった。


 なぜなら、左手の変質が広がっていかないからだ。


 ラーズはボロボロの足腰で踏ん張ると、右手に握る穂先を構えて宣言した。


「この馬鹿だけは……絶対に……殺らせるわけにはッ、いかんねんッ」


 ドグが、アウロラが、ハッカが、揃って息を呑む。

 知っていたはずだった。

 けれど、十分ではなかった。

 あの槍使いの男がここまで尽くすとは思っていなかった。口の悪い、いつだって悪態ばかりの男が、これほど強固にジュールを想っているとは、理解が及んでいなかった。

 仲間だったはずのものたちは、その想いの強さに思わず気圧されていた。


「しぶといな、槍使い。なぜそれほどまでに抗う?」


 レイオンも、まるで衰えない闘志に疑問を抱いた。

 偽物とわかり切っている、出来損ないの怪物男をなぜ守る、と。

 ラーズは血まみれの口を釣り上げて答えた。




「こいつが……()()()()()()()()




 ラーズは笑っていた。

 死に体にもかからわず、不敵に笑い飛ばしていた。

 彼の心では今も、彼の相棒がくれた希望が輝き続けていた。一度折れかけた心を救い上げてくれた、馬鹿正直で不器用な男の言葉が、今も胸を熱くしていた。


 ()()()()()()()()()


 だから、ラーズは絶望しない。


 この先に何があっても。


 この先に()()()()()()


「虚偽の悪神の狂信者か。貴様の希望は、しかし、ここまでだ」


 レイオンが聖剣〈エルンガスト〉を振り被る。

 ジュールが駆け出した。ラーズの身体を担ぎ上げると、彼の勇者の剣でレイオンの一撃を辛うじて受け流す。勢いを止めず、ジュールはラーズを担いで逃げ出した。


「アウロラッ、逃がしてはいけない!」


 ドグがまたしてもアウロラの肩を叩く。

 アウロラは蒼白な顔で矢を番えた。ラーズの腕を射貫いてしまった彼女は、すでに引き返すことができなくなっていた。

 弓の名手である彼女にとって、真っ直ぐ走るだけの彼らはただの的だった。それを射貫けなかったのは、突如として発生した煙幕が、彼女の視界を遮ったからだ。

 そして、煙幕が晴れたときにはもう、ジュールたちの姿は見えなくなっていた。


「ハッカ、貴方という人は……」


 ドグは、半泣きで地面に膝を着いている火薬師の少年を見た。

 今にも雪が降りだしそうな、冷たい風が吹く。

 ジュールは仲間を失い、レイオンたちの勇者一行に軍医と弓使いが加わった。火薬師の少年のその後を知るものは、その場所にいなかった。


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