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すしプロ:涙と慰めで交わす最初の握手。  作者: 千石杏香
第四章 日韓断交デモ襲撃事件
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Ⅴ いや、そんな、まさか。

ゴールデンウィーク中の熾子の生活は退屈極まりないものであった。五日間の休暇は、いきなり与えられた時間の空白でしかなかった。学校では友人と言える者もちらほらでき始めたが、一緒に遊びに出たり時間を潰したりする程度の仲ではまだない。


スマートフォンは完全に壊れてしまった。母親に電話で事情を話したところ、こちらで新規契約をするから壊れたものを送ってほしいと言われた。新しいスマートフォンはまだ届いていない。


スマートフォンが壊れて以来、熾子はインターネットに接続していなかった。最初は、何か物足りないような苛々とした生活を続けていたが、じきに慣れた。


司と全く連絡を取っていなかったことは言うまでもない。


その気になれば、大学のパソコンを利用したり、インターネットカフェを利用したりすることもできたのかもしれない。しかし、何となく手を伸ばすことができなかった。


先週のことについて、何かしらのメッセージが司から届いているのかもしれなかった。それならば返信しないわけにもいかない。しかし、それを考えるたびに、先週の失態の記憶が脳裏に蘇った。司が何と返事をしているのかも分からなかったし、返信すらしていないのかもしれないのだ。それを確認することすら恐ろしかった。


この憂鬱な気持ちが、ゴールデンウィークをさらにつまらなくさせていた。


もちろん、長期休暇中に何もしなかったわけでもない。経済的に余裕もなくなってきていたので、熾子はアルバイトを探した。求人雑誌を手にとっては、自分に合いそうな仕事を片っ端から探し出し、面接に出かけていった。髪や瞳の色が紅いことは少し気にかかったが、誰からも気にかけられたことはないので今さらであろう。スマートフォンは壊れていたので、仮に寮の電話番号を使用することとした。


しかしながら、今のところ熾子を採用した職場はない。


ゴールデンウィークの最後の日もまた、熾子は二つの面接を受けた。しかし、はたして採用されるのかどうかはさっぱり分からない。


面接からの帰り道、生協へ寄り、夕食のインスタントラーメンを買った。最近は外食をする資金もなく、こんなものばかり食べている。


何やら騒がしい音が聞こえてきたのは、須田町付近を通りがかったときのことである。


最初に聞こえてきたのは、太鼓の音であった。続いて、ラップのような声と、がやがやと喧噪のような音が聞こえてきた。


何事であろうかと思い、熾子は音のするほうへ向かった。靖国通りに出ると、道路を挟んで反対車線側に光の帯が見えた。


デモ隊だ。


ちょうどソウルで見たことのある蝋燭デモと似ている。デモ隊の先頭では、街宣車に乗った男がラップを歌っている。


咄嗟に、ついに日本人も起ち上がったかと思った。女部政権を倒すための蝋燭デモが起きたのだ。となれば、あれが噂のシールズというやつであろうか。


しかし、そうではないことはすぐに判った。彼らの頭上には日章旗や旭日旗が翻っていたし、「国交断絶して在日を強制送還しよう」だの「犯罪ばかりする朝鮮人を■せ」だのと書かれたプラカードが掲げられている。


熾子は呆れて乾いた吐息が漏れた。


日韓の国交断絶を主張する者が嫌韓の中にいるということは知っていた。しかし、日韓の国交が断絶したところで、彼らが不愉快に思っているものが消えるわけでもないのである。


おまけに、街宣車の上の男が歌っているラップがすこぶる無茶苦茶だ。


「YO! 約束は人とのあいだで結ばれるもの、人と猿とのあいだじゃ結ばれないんだもの! 足は豚の蹄が割れて、口は出っ張のまるで猿! まったくチョッパリジャップス韓日友好なんて病身なのか? ひょっとしてここに集まるお前ら正常者のつもりでいるのか? 韓日今こそ断交を望むときだって? それなら一体なぜそうしないんだって? ウェイ!」


周囲のデモ隊たちは、口々に同意の声を上げる。


「そうだぁーっ!」


「人間と猿とのあいだで約束は成立しないぞぉーっ!」


「朝鮮猿どもと今すぐ断交しろぉーっ!」


再び呆れて吐息が漏れた。


下手くそな日本語から察するに、街宣車の上の男は韓国人なのであろう。それならば「猿」とは明らかに日本人のことを指しているのだが、周囲の日本人たちは気づいているのであろうか。


――それにしても。


熾子はその男へと目を凝らす。仮面をかぶっており、一応は顔を隠している。あの髪型、あの身体つき、あの下手くそな発音の日本語――熾子はどこかで耳にしたことがあった。四か月前までは聞き慣れていたはずのものだ。


――いや、そんな、まさか。


勿論、彼がこんな処にいるなどとは――そして嫌韓デモで先頭に立って演説しているなどとは――考え難いことだったし、考えるだけでもぞっとすることなのだが、考えれば考えるほど本当に彼であるような気がしてきた。


熾子はさらに目を凝らした。


街宣車は徐行しつつも、次第に遠ざかりつつある。慌てて熾子は周囲を見渡した。そして歩道橋に目を止めると、車道の向こうへ向かうべく小走りに駆けていった。

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