第7話 摂理
というわけでサプライズ更新。
ノエルから一言。
ノエル「か、勘違いしないでくださいっ!」
ノエル「二話連続更新なんて、これっきりなんでしゅっ……!」←噛んだ
思い返せば昨日の昼から何も食っていない。
それに気付いたのはつい先ほどのことであるが、驚くべきことに親娘喧嘩は三十分待っても一向に終わる気配がなかったので、俺は呆れ顔と共にその場を離脱していた。
二人のアーギュメントは止まる所を知らず、俺とリナの恋愛疑惑から肉体関係までそれはもう耳を塞ぎたくなるようなとんでもない話へと拡大した。俺の誤爆から始まった戦争は泥まみれの白兵戦へ突入し、現在二人は物凄い早口言葉で檄を飛ばしながらログハウスの外で丸太やら瓦礫やらティモやらを投げ付けあっている。
まあ元はと言えば、誤解されるきっかけを作った俺が悪いのかもしれないが、真面目な話、あれは不可抗力であろう。責任取ってと言われてもこちらが困るのだった。
それよりこの空きっ腹をどうにかしたい。
「おーい、ルシ、ノエル。そろそろ起きなさいな」
足腰に張り付いた二人の眠り姫をペチペチ叩いて覚醒を促すと、各々奇妙な鳴き声を上げてお目覚めになった。
「うゆうゆ………はよぅーです、ユイ」
本日二度目の朝の挨拶を述べたノエリアは、俺の左脚から離れて地面に降りた。口周りがよだれだらけになっていたので、俺の袖で拭いてやるとくすぐったそうに笑う。
すると魔導書が鎖を解き、幼女に張り合うかのようにすりすりと背中に擦り寄って眠たげな甘え声を出してくる。
『んぁー、ますたぁ……ボクのよだれも拭いてー………』
「はいよー」
要求に応えるべく、ルシを背中から剥がして手元に寄せる。
が、そういえば魔導書ってどこが口なのだろうかと疑問に思い、動きを止めて真顔で首を傾げてみる。
「ルシ、どこ拭けばいいんだ?」
『…………。いや、ご、ごめん。寝ぼけてた……何でもないよ』
「そうか」
鎖がジャラジャラうねり、俺の腰にルシを再度巻き付けた。
ふむ、二度寝した後だから意識が動転気味なのかも。
「ふぁーぁ……それでユイ、どうかしましたです? ラウルとリナの声が聞こえたような気がしたのですけど……」
『ボクはマスターがリナちゃんに寝取られる幻を見たのだけど』
「なんつー夢を見てんだお前は」
あながち的外れでもないところが恐ろしいが、現実はむしろ俺がリナを食べ___。
(……これ以上はダメだ、やめよう)
ぶんぶんと頭を振って脳内ピンクを色即是空。
「あいつらはほっとけ。それよか、今から朝ご飯の調達に行こうと思うんだが、一緒に来___」
「『行くっ!!』」
「……お、おう。じゃあ行こうか」
言った途端におめめぱっちり眠気を吹き飛ばし、元気を漲らせる二人に少したじろぐ。
……迷子にならないように見張っとかねば。
気を新たに締め直すと、俺は刀を腰の鎖に差し、幼女と魔導書を連れ立って密林へ歩き出した。
さて、まだ三つ目の条件を聞いていないが……アルトゥンハ村に住むとなれば先立つ物は遠からず必要になるであろう。
そういう訳で、密林の狭い道を歩くすがら、ルシとノエリアからこの村について色々教えてもらった。
アルトゥンハ村では貨幣がなく、もっぱら物々交換で物資流通が行われている。
薬草や茸などから始まって、食料、木材や鉱石、魔獣の皮や牙といった素材系、また相手によっては肥料となる魔獣の糞も交換対象となるらしいので集めておくべき、とのことだ。
特に魔獣については、筋肉繊維が弓の弦に使われたり硬い毛皮で鎧を作ったり、牙や爪を研いで刃物に利用するほか、無傷のコアは高価な取引に用いられることがある。魔獣の中には胃の中に宝石を溜め込んでいる奴もいて、とにかくお得物件なのだとか。
魔獣を見掛けたら討伐も一考に入れるべし、と。
だからと言って、簡単に狩れるかと聞かれればそうでもない。
地球における生態系頂点は人間であると言われているが、それはあくまで武器を使った場合の話だ。
素手の一般成人男性は中型犬にも勝てないとされている。
そしてこの世界の魔獣は、魔素と呼ばれる不可思議物質によって強化され、地球の動物に輪を掛けた規格外な強さと意味不明な性質を持つようになった。この森の生態系を一言で表すのなら『混沌』だ。熊と虎が同一地域に生息している光景を地球の専門家が一目見れば『食物連鎖を馬鹿にしてる』と泡を食うことだろう。
村でも魔獣狩りは実力派の獣人しか行っていない。
例の『力』を本気で振るえばあるいは、今の俺でも大半の魔獣はどうにかなるはずだが、別に緊迫した状況でもないし、害意もない相手を屠るのは俺の性ではない。
そう言ってみると、ノエリアは何やら微笑んで、
「では、結界の外には行かないように気を付けましょーね」
などとのたまった。ほうほう結界とはなんぞや?と、例によってルシに解説を賜ることにする。
曰く、アルトゥンハ村は『選別結界』とかいうドーム状の魔法に覆われているのだそうだ。核となる魔法陣に魔力を流し込むことで展開するバリアみたいなものなのだが……魔法陣の魔力と同属性の魔力を持つ者を『選別』して、それ以外の魔力の侵入を拒むという少々変わった効果を持つ結界魔法だ。
この村の結界魔法陣は『無属性』の魔力を選別する。故に無属性魔力を持つ者以外は村に入ることができない。
大抵の奴隷商人や魔獣は一緒くたに排除できるわけだ。
ただしこの結界にも穴があり、ごく微量の魔力しか持たない虫系魔獣などは選別に引っ掛からないらしい。
そして、俺は魔力を持たず、ルシの魔力も微々たるもの。
詰まるところ虫と同枠である。
いずれにせよ俺とルシ、ノエリアが出入りする分には何の問題もないのだが、結界外に出ると魔獣が襲ってくるので、狩りをしないなら安全圏内で採取を行うべきということだ。
少し話が逸れた。
以上の理由もあって、俺は村周辺の密林を結界から出ない範囲で探索してみようと思っていたのだが___
___食べ物探しの旅に出掛けて三十分。
「あまねくご飯」
早くも俺はダウン一歩手前状態の危機に瀕していた。
ちょっと頭に血が回らなすぎて、一度も使ったことのない言葉が口から零れ落ちるがそれが正しい用法かどうかなんて分からない。
正直言って空腹の辛さを舐めていた。
つい先日まで細々と続けていた密林生活では、ルシが食用の茸や木の実、川の位置、樹皮を剥いて加工したりする方法を都度に教えてくれたので、空腹とはほぼ無縁だったのだ。
ひとまず朝ご飯がほしい。食したい咀嚼したい嚥下したい。
「あむあむ……うまー」
「う、うゆー! ユイ、私はごはんじゃないですよぅ!!」
『ちょ、ノエルちゃんうらやま___じゃない、マスターしっかり気を持って! 食する相手を間違えてるよ!』
はっと我に返ってみると、いつの間にか俺はノエリアのうなじを食んでいた。手を離すと幼女はとてとて一目散に逃げ出し、魔導書に影に隠れてしまった。
なんだろう……人里離れた密林生活が長かったからか、昨日から俺の体がやたらと人肌を求めているような気がする。
俺はバツの悪そうな顔で頬を掻いた。
そんな変態的本能に毒されてるなんて認めたくないのだが、今朝のとろとろにほぐれたリナを思い出すとどうにも否定できない。
「ご、ごめんなノエル。お腹減ってて……」
そう謝ると、本の端から目を覗かせたノエリアはいじらしく指の先っぽ同士をツンツンしつつ目を泳がせながら頬を染めた。
「…………ちょっぴり……き、気持ち良かったので……怒ってないですけど。びっくりしたのですよー」
『な、に…………か、開発されてる、だと?』
ああダメだ、こいつらも毒されてやがる。
頭を抱えたい思いに駆られながら、俺は改めて周囲の植物天国を見回した。食べ物を求めて密林に足を踏み入れてみたはいいが……まるっきり空振りである。
背負った網カゴには茸一つしか入っておらず、実に軽い。
結界内は粗方採取し尽くされているようだった。
(……やっぱり外に行くしかないかなー)
顎に手を当てながら考える。
結界の外ならば薬草や果物も見つかるものと思われるが、ルシとノエリアを連れていくとなると……先述した通り魔獣からの襲撃を警戒せねばならない。
二人を残して俺だけ行くというのは無責任だし、もう少しこっちで探索を続ければ何かしら見つかるかも___
「あれれ、あんなところに……」
結界の外方向へ目を向けながら立ち往生していたとき、ノエリアが早速何かを見つけたようだ。
幼女の視線の先を辿ってみると、密林の深緑に隠れて丸い果実が覗いていた。絵の具のようにのっぺりとした紅色だ。
「おー……よく見つけたな、あんなの」
「わーい、美味しそうなのですよー! 私が一番乗りですっ!」
ノエリアはぴょんぴょこ飛び跳ねながら果物に駆け寄る。
親の心境とはこういうものなのかもしれない、と幼女の後ろ姿を眺めていたときだった。
背筋をピリピリとした何かが這い回り……果実のコントラストがどこか毒々しい艶やかさを帯びているのに気付く。
ルシの警告の声が飛んだのも同時だったが、
『ダメだノエルちゃん、戻ってっ!』
時すでに遅く___地面がぼこりと隆起、断裂。
地中から土を吹き飛ばしながら出現したのは節くれ立った根っこだった。硬質な見た目に反してタコの足の如き柔軟な動きでうねる三つ叉の触手が、まんまと罠に嵌った幼女の体を絡め取り、宙空に吊るし上げてしまっていた。
果物の木に化けていた樹木型の魔獣が、凄まじく不気味な複眼をキロリと見開いて捕らえた獲物を見上げていた。
「!? うぴゃあぁ! たったすけてくらさいユイーっ!!」
突如とした襲撃に目を白黒させていたノエリアは、やがて理解が追いつくとジタバタ暴れ始める。
要領を得ないまま俺は白鞘の刀を抜くが、
「あ、あれ……ここって結界の中だよな。なんで魔獣? あれも虫と同枠な感じなのか」
『考えてる場合じゃないよマスター! 早く助けないと!』
魔獣はノエリアで遊んでいるのか、ぷらぷらと幼女を振り回して楽しそうだ。彼女からすれば笑い事ではなかろう。
兎にも角にも障害は早急に排除すべきだ。神経を集中し、肉体の全細胞を喚起させる。
(___きた)
もはや体に馴染み込んだ加速感覚だ。
刀を肩に担ぐようにして、八双っぽい構えを取る。
『ボクもサポートするよ!』
「うん、行くよ」
熱を帯びる脳。脊髄を走り抜ける裂帛の気合。
そこにルシのフォローが加わって、もはやできないことなどないという全能感すら感じられる。
と、樹木魔獣がこちらに気付いたようだ。人間の赤ん坊のそれに似た奇妙な叫び声を上げ、根を鞭のようにしならせている。
「ほっ」
小さく吐息。今度は変な声出なかったよやったね俺。
殺到する根っこの絨毯爆撃へ正面から突っ込む。停滞する時間の中、めまぐるしく降り注ぐ槍の雨をルシの指示に従って避けまくり一気に樹の根元へ肉薄する。
そのまま俺は構えた刀ごと腰を捻り、猛烈な勢いを乗せた右斜め回転斬りを魔獣に浴びせかけ___
『ひっ……たすけ、てっ』
___る直前に聞こえたそれは、俺を微かに動揺させた。
しかし刀は振り抜かれ、あまりの速度に生じた気圧差で雲の尾を引いた切っ先が樹木の化け物を両断する。
魔獣の複眼が、何かを訴えかけるように揺れていた。
直後、その眼から生気が消え去り、切り崩された魔獣の上半分が地面に転がり落ちた。ノエリアを束縛していた根も緩み、半泣きの幼女はすぐさま脱出して俺に抱き付いてくる。
「ゆ、ゆ、ユイー! うゆゆぅぅ!」
『無事で良かったノエルちゃん。やっぱりマスターはさすがだね、ボクのサポートなんて全然必要なかったし……』
「……」
『……、マスター? どうかしたの?』
「…………ん。いや、何でもない」
沈黙した魔獣の屍骸を何とも言えない顔で見下ろしながら、刀を鞘に納めようとし、気付く。
刀身が半ばからへし折れていた。
TAKE 2。
リナ「か、勘違いしないでよねっ!」
リナ「二話連続更新とか、こ、これっきりなんからぅ……っ!」←噛んだ
ユイ「……」
ルシ『……』
ノエル「……」
リナ「……な、なによ! 文句ある!?」涙目
ユイ・ルシ・ノエル(((かわいい)))




