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91 妖精王女、ショックを受ける

 

「そ、そうでしたのね……何も知らずに申し訳ございません……」


 一応はグレンディルの妃という立場にありながら、彼の存在を知らなかったエフィニアは己の無知を恥じた。

 だがベリウスは「お気になさらないでください」と首を横に振った。


「竜族は基本的に身内同士でも争いあうことが少なくありません。皇帝の座に就くような者は特にその傾向が強く……我々一族も同じ場所にいると争いばかりが起こるので、こうして各地に散らばっているのです。グレンディルとはしばらく交流がありませんから、エフィニア王女がご存じないのも当然です」


 思えば、皇宮でグレンディルの肉親に会ったことはなかった。

 今のべリウスの説明からすると、あまり仲がよくないのだろう。


「なにはともあれ、こうしてお会いできて光栄です、エフィニア王女。こちらに滞在なさる間は私が責任をもって王女をお守りいたしますので、ご安心を」

「あの、わたくしがここにいるとことを、皇帝陛下には……」

「もちろん、伝えていませんよ」


 心得たように微笑むベリウスに、エフィニアはほっと胸をなでおろした。


「こうして秘密裏にいらっしゃったということは、何らかの事情がおありなのでしょう。最大限、王女の意思を尊重させていただきますよ」


 ……目の前の男は本当にグレンディルの兄弟なのだろうか。

 あまりの物わかりの良さに、エフィニアは彼の血筋を疑いたくなるほどだった。


「……ありがとうございます、ベリウス様」


 礼を述べたエフィニアは、不意にベリウスの視線が自身の隣へ注がれているのに気づいた。

 そこにいるのは、相も変わらずエフィニアにぴっとりとくっついたクロだ。


「あの、こちらは――」

「久しぶりだね、おちびさん」

「え!?」


 ベリウスが発した言葉に、エフィニアは素っ頓狂な声を上げてしまう。


「も、もしかしてこの子のことをご存じなのですか……!?」


 微笑むベリウスに対し、クロは彼から目を背けるようにぎゅっとエフィニアにしがみついてきた。


「クロ、どうしたの? ベリウス様とお会いしたことがあるの?」

「し、しらない……! 領主さまのことなんてしらない!」

「おやおや、しばらく会わないうちに忘れてしまったのかな?」


 ベリウスの態度はどこまでも柔らかかったが、クロは怯えたようにますます強くエフィニアにしがみついてきた。


(……ベリウス様がルセルヴィアの領主だってことは知ってるのよね? どういう関係なの……?)


 困惑するエフィニアを気遣うように、べリウスはそっと声をかけてくる。


「……エフィニア王女がこの子の面倒を見てくださっていたのですね。……あなたのような優しい御方と一緒で安心いたしました」

「あの……この子のことをご存じなのですよね? 実は私、この子の素性を知らなくて……」


 エフィニアがそう口にすると、ベリウスは申し訳なさそうに目を伏せた。

 その表情からは、クロの素性が訳ありであることがありありと察せられる。


「……こんなことをお願いできる立場ではないのですが、これから話すことはどうか他言無用でお願いいたします」


 声を潜めて、ベリウスはそう告げる。

 その反応に、エフィニアはごくりと唾をのんだ。

 突然後宮に現れた、グレンディルにそっくりの謎の子ども。

 当のグレンディルは「俺の子ではない」と言い張っているが、彼の異母兄であるベリウスはクロのことを知っているのだという。


 ……嫌な予感しかしなかった。


「うかつに彼の素性が世間に知られれば、それこそ帝国中を巻き込んだ騒ぎになる可能性もある。だからこそ、慎重にならざるを得ないのです。……実際に、帝都の方では既に騒ぎが起こってしまったようですが」


 それが「皇帝陛下の隠し子発覚!?」のニュースのことを指しているのだと悟り、エフィニアは苦い気分になった。

 これはやはり、そういうことなのだろう。

 重々しい気分で、エフィニアは続く言葉に耳を傾ける。

 だがその時、ノックもなしに部屋の扉が勢いよく開かれた。


「ベリウス様っ!」


 駆けこんできたのは、一人の女性だった。

 その女性の姿を目にし、エフィニアは思わず息をのんだ。


 どこか儚さを感じさせる、とても美しい女性だった。

 艶やかな長い金色の髪から、グレンディルやベリウスと同じく竜族の証である角が覗いている。

 ほっそりした印象を感じさせるが、それでいてミセリアに勝るとも劣らない見事なプロポーションは、誰もが目を奪われずにはいられないだろう。

 身にまとうドレスは一目で上質なものだとわかる。

 それを難なく着こなす彼女自身も、高貴な立場にある者だということが自然と察せられる。

 突然やって来た女性に、ベリウスは慌てたように立ち上がり叱咤した。


「エリザード! 今は大事な話の途中で――」

「も、申し訳ございませんベリウス様……でも私、あの子が帰ってきたと思うとじっとしていられなくて……っ!」


 うろうろと視線をさまよわせた女性は、とある一点――エフィニアの隣のクロを目にした途端、これでもかというほどに目を見開いた。

 次の瞬間、彼女の大きな瞳から涙が溢れだしていく。


(この反応……まさか、この人って……)


 そんなエフィニアの予想を裏付けるように、エリザードと呼ばれた女性は感極まったように声を上げた。


「私の坊や……! あぁ、よかった……!」

「うわっ!?」


 女性は一息に駆け寄ると、戸惑うクロを力強く抱きしめた。

 その様子に、エフィニアの中の疑惑が確信へと変わった。


(やっぱりこの人が……クロの母親なんだ……)


 クロの母親であり……おそらくはグレンディルが一夜を共にしたであろう女性。

「皇帝陛下の寵姫様」を探していた兵士たちの言っていたような、まさにスタイル抜群の美女だった。


 ……わかっていたはずなのに、覚悟をしていたはずなのに。

 何故かエフィニアは、全身が冷えていくような心地を味わっていた。

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