85 竜皇陛下、逃げられる
(やはり、絶対におかしい)
自身の不甲斐なさに怒りながら皇宮に戻ったグレンディルは、周囲を威圧しながらずんずんと歩みを進めていた。
向かうのは、先日エフィニアたちと一緒に訪れた場所――宝物庫だ。
勢いよく扉を開けると、中にいた初老の管理人が驚いたように飛び上がった。
「こ、皇帝陛下!?」
今にもあたり一面を焼き尽くしそうなほど荒れた様子の皇帝に、管理人は逃げ出すべきか宝物庫に収められたマグナ帝国の宝を避難させるべきか迷っているようだった。
そんな管理人に詰め寄り、グレンディルは今にも腰を抜かしそうな管理人を上から見下ろしながら告げる。
「おい」
「は、はい!」
「例の血統石についてだが」
管理人はぶるぶると震えながらも、先日の一件を思い出したようだ。
「あの日は途中で気絶してしまい、大変申し訳――」
「石の変化について聞かせろ」
先日ここを訪れた際、この管理人はグレンディルが血統石を壊そうとした時点で気絶したので結局石の変化を見てはいないのだ。
……あの時、血統石は淡い紅色に変化していた。
――「皇帝の血縁者であれば血のように赤く、そうでなければ空のように青く光るようになっている」
赤か青かでいえばどう考えても赤だったので、大きなショックを受けたのもありあの場では深く考えなかったが……あの色は「血のような赤」ではなかった。
グレンディル自身、実際に血統石の色の変化を見たのはあれが初めてだったので、ただ伝承が淡い紅色のことを大げさに謳っていたのだと思っていた。
だが、グレンディルの違和感が正しければ……エフィニアの誤解を解く鍵がここにある。
そんな一縷の望みをかけて、グレンディルはあの日起こったことを話した。
グレンディルの話を聞いた宝物庫の管理人は、先ほどまでぶるぶる震えていたのが嘘のように「仕事人」の顔になって本棚から古めかしい本を取り出す。
「少々お待ちくだされ。確かこのあたりに似たような記述が――」
「本当か!?」
背後からのぞき込むグレンディルにもわかるように、彼はとある記述を指さしてみせた。
記された文章に目を通し、グレンディルは驚きに目を見開いた。
再び、グレンディルはエフィニアの邸宅の前までやって来た。
庭先では精霊たちがころころと遊び、あたりにはゆったりとした空気が漂っている。
……大丈夫、これでエフィニアの誤解は解ける。
また、彼女と二人で穏やかに過ごせる時間が戻ってくるはずだ。
そんな期待を胸に、グレンディルはエフィニアの邸宅のベルを鳴らしたのだが――。
「…………?」
いくら待てども、中から応答はなかった。
これはおかしい。
いつもだったら、イオネラかエフィニアのどちらかがすぐに出てくるはずなのだが。
「エフィニア? 俺だ。いないのか?」
中に向かって呼びかけてみたが、それでも返事はなかった。
それどころか、誰の気配もない。
どこかに出かけているのだろうか。
いや……今エフィニアの家にはあの疑惑の幼子がいるのだ。
エフィニアとイオネラだけならともかく、あの幼子を簡単に外に連れ出すとも思えない。
嫌な予感がよぎり、グレンディルは入り口の扉に手をかける。
だがしっかりと鍵が閉まっていた。
「くっ……仕方ない」
できればこの手は使いたくなかったのだが……今は緊急事態だ。
グレンディルは周囲を見回し、誰にも見られていないことを確認すると……「クロ」とよく似た幼竜の姿へと変化する。
この姿になってしまえば、侵入できる箇所などいくらでもある。
少々後ろめたく思いながらも、グレンディルは煙突の中へと小さな体を滑り込ませた。
さて、暖炉から邸宅の中へ入ると……やはりどこにも人の気配はなかった。
エフィニアは、イオネラは、あの幼子はどこへ行ったのだろう。
元の姿に戻り、グレンディルは三人の痕跡を探す。
その時、ふとテーブルの上が目に入る。
そこにあったのは、一枚の書き置きだ。
反射的に手に取り、内容に目を滑らせ……グレンディルは驚愕の声を上げてしまった。
「はぁ!?」
――「しばらく三人で旅に出ます。用が済みましたら帰ってきますので探さないでください」
エフィニアの綺麗な字で、確かにそう記されていたのだ。




