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80 妖精王女、真実を知る

 数日後、エフィニアはイオネラ、クロと共に皇宮を訪れていた。


「これが血統石だ」


 そう言ってグレンディルが見せてくれたのは、彼の拳ほどの大きさの乳白色の石だ。


「この石に現在の皇帝――俺の血を染み込ませてある。この状態で血統石に他者の血を垂らし、皇帝の血縁者であれば血のように赤く、そうでなければ空のように青く光るようになっている」

「なるほど……信憑性は確かなのですか?」


 エフィニアがそう尋ねると、同席していた宝物庫の管理人である初老の男性が答えてくれる。


「古い時代には皇帝の選定に関わる祭具として正式に採用されておりました。血統主義が形骸化した今となっては宝物庫の肥やしでしかありませんが、効果については間違いないかと」

「……承知いたしました」


 これではっきりするだろう。

 クロがグレンディルの子なのか、そうでないのかが。


(大丈夫、グレン様は身に覚えがないって言ってたもの……)


 また一抹の不安がよぎったが、エフィニアはぎゅっと指先を握り締め笑顔を浮かべる。

 グレンディル本人がそう言っていたのだから、彼の言葉を信じなければ。

 だが、念のため……。


「仕舞われていた間に効果が変わっていないかどうか確認してもよろしいでしょうか」

「構わないが……どうするつもりだ?」

「わたくしの血で確認します。針かナイフを頂けないでしょうか」

「針!? ナイフ!!?」


 エフィニアとしては至極当然ことを言ったつもりなのだろうか、何故かグレンディルは「未知の勢力に帝都が襲撃されている」と聞いたかのような過剰な反応を返した。


「そんなものを何に使うつもりだ!?」

「何に使うって……血統石にわたくしの血を垂らしたいのですが」

「まさか……そのために君の肌を傷つけるつもりか!?」


 グレンディルが慌てたようにエフィニアの手首を掴む。

 彼はエフィニアのほっそりとしてみずみずしい、白魚のように傷一つない指先に視線を走らせると、恐ろしい形相で告げる。


「駄目だ、そんなことのために君の肌を傷つけることなんて認められない。君の肌が傷つくくらいなら今ここで血統石を粉々に破壊する」

「何故!?」


 血統石を持ち上げ床に叩きつけようとするグレンディルの姿に、宝物庫の管理人は声もなく気絶した。

 エフィニアも慌ててグレンディルの腕にしがみつくようにして、彼の蛮行を止めようと試みる。


「落ち着いてください、陛下! 意味が分かりません!!」

「あー、はいはい。国宝級の祭具よりもエフィニア姫の肌が傷つくのが嫌なわけね。俺がエフィニア姫の代わりに血を垂らすからそれでいいだろ」


 呆れたようにクラヴィスがそう口にする。

 その言葉に、グレンディルは冷静さを取り戻したようだった。


「……そうだな。お前なら全身の血を抜かれようと腕ごと切り落とそうとどうでもいい」

「バーカ。そんなヘマしねぇよ」


 クラヴィスは懐からナイフを取り出すと、戸惑うことなく自身の指先へ滑らせる。

 彼の指先にぷくりと赤い雫が盛り上がり、クラヴィスはその雫を血統石に垂らした。

 赤い血の雫が、乳白色の血統石の上へと滴り落ちる。

 次の瞬間――。


「わぁ……!」


 ほんの一瞬で、血統石はまるで海のような青い色へと変化した。

 その鮮やかな反応に、エフィニアは感嘆の声を上げる。


「すごい、本当に色が変わるのね……!」

「えっと、青い色は皇帝陛下との血縁がないことを示すんでしたっけ」


 見守っていたイオネラの疑問の声に、エフィニアは頷いてみせる。


「えぇ、そうよ。これで血統石がきちんと効果を発揮していることが証明されたわけね……」


 エフィニアはちらっとイオネラと手を繋いでいるクロへと視線をやった。

 なぜ自分がこの場に連れてこられたのかもわかっていない小さな少年は、目の前の石の変化に純粋に目を輝かせている。


(ちょっと可哀そうだけど、一瞬で済むから……)


 エフィニアはクロを呼び寄せると、そっと血統石の前へと立たせた。


「クロ、これからちょっとチクッとするかもしれないけど……すぐ終わるから我慢してね」

「えっ? いたいのやだ!」

「大丈夫よ、私がついてるわ」


 ぐずるクロの手を握って微笑むと、彼は目に涙を浮かべながらも頷いてくれた。


「えふぃが……手、にぎっててくれるなら、がんばる……」


 うるうると潤んだ目で甘えるクロに、グレンディルは大きく舌打ちした。


「クソガキが……」

「おいおい、子どもに嫉妬はみっともないぞ」


 後ろの会話は聞かなかったことにして、エフィニアはクラヴィスからナイフを借りる。

 そして細心の注意を払い……クロのぷにぷにした指先をチクッと刺した。


(ごめんね、クロ……!)


 ビクビクと目を瞑って震えるクロの姿に罪悪感を覚えながらも、エフィニアは彼の指先から滴る血の雫を血統石へと垂らした。

 きっと、クラヴィスの時と同じく青く染まるはずだ。

 その光景を頭に思い描きながら、ごくりと唾をのみ血統石の変化を見守る。

 すぐに、血統石は反応を示した。

 だが、それはエフィニアが想像したような変化ではなかった。


「…………え?」


 血統石の色は、淡い紅色を示していたのだ。


 ――「皇帝の血縁者であれば血のように赤く、そうでなければ空のように青く光るようになっている」


 つい先ほど聞いたばかりの言葉が蘇る。

 目の前の血統石の変化は、赤か青かでいえば断然赤に近いと言えるだろう。

 ということは――。


(クロは、陛下の本物の子どもってこと……!?)


 一斉に突き刺さる視線に、グレンディルの血縁者であるらしい幼い少年は、不思議そうに首をかしげていた。

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