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76 妖精王女、謎の少年の面倒をみる

「はぇ~、確かにどことなく皇帝陛下の面影がありますねぇ……」


 グレンディルの隠し子(?)を抱っこしながら、イオネラが感慨深げに呟く。

 ソファに腰かけ、その光景を眺めながら、エフィニアは大きくため息をついた。

 突如現れたグレンディルにそっくりな幼児を、現在エフィニアは自身の邸宅に連れ帰っていた。

 グレンディルが「尋問して正体を吐かせる」などと物騒なことを言っていたので、「そんなことをのたまう御方には任せられません!」と保護してきたのだ。

 ……果たしてこの子は何者なのだろうか。


(皇帝陛下のあの様子だと、本当に心当たりがないって感じだったのよね……)


 いくらなんでも、多少なりとも心当たりがあればあそこまで強固に不審者扱いはしないだろう。


「となると、一夜の火遊びの結果……?」


 過去にグレンディルと関係を持ったどこぞの女性が、ひっそりとこの子を産んだのかもしれない。

 しかし何らかの事情で育てられなくなり、父であり皇帝でもあるグレンディルなら育てられるだろうと皇宮へ送ったのだろうか……。


(だとしたら大きな誤算よ。陛下なんて、この子のこと痛めつけようとしていたんだから!)


 いくら見知らぬ隠し子が現れ焦っていたからとはいえ、幼子の前であれはない。

 この子の母親がグレンディルならしっかりと養育してくれるはずだと思って送って来たのなら、とんだ見当違いだ。


「まったく、なんてことをしてくれたのかしら……!」


 心の中でグレンディルに怒りの炎を燃やしていると、とてとてと小さな少年が近づいてくる?


「だいじょーぶ? どっか痛いの?」


 心配そうな顔でこちらを見上げる幼子に、エフィニアは先ほどまでのイライラも忘れ、思わず顔がほころんでしまう。


「大丈夫よ、えっと……」


 呼びかけようとして、エフィニアはまだこの子の名前を聞いていないことに気が付いた。


「あなたの名前は?」


 そう問いかけると、幼子はきょとん、と目を丸くして首をかしげる。


「んー、わかんない」

「わかんない……?」


 いったいそれはどういうことだろう。

 さすがに皇帝の子だとは明かさずに秘密裏に育てられていたとしても……名前くらいはついていると思うのだが。


「ここに来るまでは、なんて呼ばれていたの?」

「わかんない」


 まだ幼すぎて、自分の名前を認識できていないのだろうか。

 きっとそうだ。そうであってほしい。

 そんな思いを込め、エフィニアは幼子を自身の膝の上へと抱き上げる。


「あなたのお母さんはどこにいるの?」

「わかんない」

「……どんな人だったかはわかる?」

「わかんなーい」


 幼子は焦る様子もなく、「わかんない」を連発した。

 母親にそう答えるように言い聞かせられているのか、それとも……本当に何もわからないのか。


「じゃあ、お父さんは?」

「パパ! こわかった!!」


 父親のことを尋ねた途端、先ほどのグレンディルの剣幕を思い出したのか、幼子はぎゅっとエフィニアに抱き着いてくる。

 よしよしとその背を撫でながら、エフィニアは思ったよりも複雑な事態になりそうだと悟り始めていた。


(この子の母親が誰かわからないと、陛下も自分の子だということを認めないだろうし……長引きそうね)


 しかし、ぎゅっと抱き着いてくる幼子はとても可愛い。

 グレンディルに任せていたら、どんなひどい仕打ちをしでかすかわからない。

 この子のことは、しっかりとエフィニアが守らなければ。


「ふふ、すっかりエフィニア様に懐いてますね」


 そっと様子を見守っていたイオネラが、微笑ましそうにそう呟く。

 その言葉を聞いて、幼子はぱっと顔を上げた。


「えふぃ?」

「エフィニア、よ。私の名前」

「えふぃ!」


 舌ったらずな声でそう呼ばれると、「まぁなんでもいいか」という気分になってくる。

 少年は嬉しそうに目を瞬かせると、自身を指さして口を開いた。


「クロ!」

「え?」

「クロ!」


 ……もしかして、彼のことをグレンディルが変化した姿だと思い込んでいたエフィニアが「クロ」と呼びかけたことを覚えているのだろうか。

 それはエフィニアが知りたい名前ではなかったが……。


「まぁ、便宜上の名前はあった方がいいし……わかったわ、クロ」

「クロ! えふぃ!」


 少年は嬉しそうにエフィニアの膝の上で飛び跳ねている。


「うぇっ」

「きゃあ! エフィニア様がつぶれちゃう~」


 相手は小さな子供とはいえ、エフィニアとて他種族でいえば10歳程度の体格しかないのだ。

 思いっきり暴れられると容赦なく潰れかけてしまう。


「エフィニア様お気を確かにー!」


 イオネラに救出されながら、エフィニアは今後の苦労を思い描き再び大きなため息をついた。

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