68 竜皇陛下、白状する
「どうぞ、お掛けください」
「…………あぁ」
静かに椅子に腰かけたグレンディルは、随分と憔悴した顔をしていた。
エフィニアは平静を装い、彼にお茶を出してやる。
彼が一息ついたのを確認して、エフィニアは意を決して口を開く。
「……確認いたしますが、陛下はたびたび、小さな竜の姿で私のもとを訪れていらっしゃいますよね」
その場に重い沈黙が落ちる。
やがてグレンディルは、重々しく肯定を返した。
「…………あぁ」
「わたくしがまったく気づかずに、撫でたり食事をあげたりする姿を見て笑っていらっしゃったのですか」
「それは違う」
グレンディルは即座に否定した。
彼は苦渋を滲ませた表情で、まっすぐにエフィニアを見つめている。
「……最初は、君の様子が気になったんだ。だが『二度と関わるな』と言われた手前、この姿で会いに行くことはできなかった」
「片田舎の弱小国の王女の言葉など、無視なさればよろしかったのに」
「……そうしたくはなかった。君の意志を、踏みにじりたくはなかったんだ」
どこか苦しそうにそう零すグレンディルに、エフィニアは内心で嘆息した。
……本当は、わかっている。
彼がエフィニアを軽んじて嘲笑ったりするような人物ではないことくらい、とっくにわかっているのだ。
「君の傍は居心地が良かった。だから、何度も何度も君のもとを訪ねるのをやめられなかったんだ」
「わたくしのベッドでともに眠ったのは、わざとですか」
「わざとではない! あの時は、つい気が抜けていて……誓って、何もしていないぞ!!」
らしくもなく焦るグレンディルに、エフィニアは思わず笑いだしたくなってしまう。
思えばあの時は、すやすや寝てしまった幼竜をエフィニアが自らのベッドに寝かせたのだ。
正体を知らなかったとはいえ、エフィニアにも責任がないとはいえなくはない。
それに……あの夜のことで、エフィニアは彼に確認しなければならないことがあるのだ。
「あの夜、皇帝陛下はわたくしの屋敷で一夜を過ごされたのですか」
「あぁ……不覚にも目覚めたら既に朝だった。普段だったらあそこまで熟睡することはないのだが……」
グレンディルは、確かにそう言った。
その表情からは、とても嘘をついているようには見えない。
だが、そうなると……エフィニアのとある推測が真実に近づいてしまう。
己の一夜のあやまちをひたすら悔いるグレンディルの真向いで、エフィニアはひそかに身もだえていた。
(だって、だってそうなると……!)
「皇帝の寵姫」騒動が始まったのは、ちょうど幼竜クロがエフィニアの屋敷に泊まった翌日からだ。
あの時、「皇帝は後宮のどこか――寵姫のもとで一夜を過ごしたらしい」と噂になっていた。
だが、今の話だと……グレンディルが一夜を過ごしたのはエフィニアの屋敷だということになってしまう。
だとすると、例の寵姫というのは……。
「陛下、もう一つお伺いしたいことがございます。ここ最近後宮を騒がせていた寵姫というのは……どなたのことだったのでしょうか」
意を決して、エフィニアはそう問いかけた。
するとグレンディルは、観念したとでもいうように大きく息を吐く。
「…………いない。君のところから逃げ出す途中に女官に姿を見られ、そのような噂が広まってしまったようだ」
(なんて人騒がせな!!)
エフィニアが後宮の大騒動の裏側が、ただの皇帝の不用意な行動からの勘違いであることにたいそうあきれ返った。
だが、それと同時に……随分と安堵したのも事実だ。
(なんだ……寵愛なさっている側室なんて、いなかったのね)
意外と不器用なグレンディルのことだ。
「実は皆が噂するような寵姫なんていない」ということを、言うタイミングを逃してしまったのだろう。
そう思うと、何故だか胸がポカポカと暖かくなる。
にやけそうになるのを抑えながら真面目な顔を作るエフィニアに、グレンディルが一枚の紙を差し出す。
「……それと、遅くなってしまったが、これを」
「…………?」
一体何だろう、と首を傾げながら、エフィニアは差し出された紙を手に取る。
その途端目に入って来た文字に、エフィニアは目をみはった。
――『帰国許可証』
グレンディルが寄越した用紙は、後宮から祖国への帰国の許可証だったのだ。
「あ……」
そこで、エフィニアは思い出した。
――『君が故郷を恋しく思うのも当然だ。フィレンツィアの国王に連絡を取り、面倒な手続きを踏むことになるが……君の一時帰国についても進めよう』
いつぞやの外出の際に、故郷を恋しく思うエフィニアに彼はそう言ってくれた。
あれは……口からのでまかせなどではなかった。
彼は、きちんと約束を守ってくれた。
「……ありがとうございます」
万感の思いを込めて、エフィニアは頭を下げる。
「……いろいろと、済まなかった。君が望むなら、すぐにでも帰国の手はずを整えよう」
「えぇ、ですが……あと少し、やり残したことが」
そう言って、顔を上げたエフィニアはにっこりと笑った。




