64 妖精王女、羞恥心に悶える
急にバカップル全開のオーラをまき散らしながら入室したグレンディルとエフィニアに、室内の者は皆固まった。
ミセリアもファルサ公爵も控えていた他の官吏も、時が止まったかのように凍り付いている。
彼らの視線を一心に受けながら、エフィニアは甘えたふりをしてグレンディルの胸元に顔をうずめる。
そして……顔を真っ赤にして羞恥心に身もだえた。
(ああぁぁぁぁぁ、もう! これでうまくいかなかったらただじゃおかないんだから!)
◇◇◇
勇ましく医務室を飛び出そうとしたグレンディルとエフィニアを引き止めたクラヴィスは、とんでもないことを口にした。
「陛下とエフィニア様のお二人で……周りが砂糖吐くくらいのラブラブカップルを演じるんです」
その言葉に、二人は一瞬、固まった。
だがすぐにクラヴィスがふざけていると判断したのか、グレンディルの表情が一気に険しくなる。
「は? 死にたいのか??」
「いやいや、本気ですって。ドン引きするくらいのバカップルです。公共の場で見たら『うわっ』ってなる感じの」
「うーん……」
なんとなくクラヴィスが言いたい「バカップル」なるものの想像はついたが、何故エフィニア今自分たちがそんなことをしなければならないのかわからなかった。
「それで何の意味があるというの。わたくしたちが恥をかくだけなのでは?」
「いいですか、相手はあのミセリア嬢、プライドの塊のような御方です。素直に吐けと言っても吐くわけがなく、公爵令嬢という立場上強引な手を使うこともできない」
グレンディルは眉間に皺を寄せながらクラヴィスの話を聞いている。
つまらないことを言おうものなら、殴り飛ばすと言わんばかりに拳がぷるぷると小刻みに震えていた。
「だからこそ、ミセリア嬢を挑発するんです。彼女を煽りまくって、暴発させるんですよ」
クラヴィス曰く、ミセリアは人一倍権力や地位に固執しており、何よりも皇后の座に執着しているのだとか。
だからこそ、グレンディルの「運命の番」であるエフィニアを警戒し、害そうとする。
「だからこそ、陛下とエフィニア様が『このうえなくラブラブで幸せで~す♡』みたいなオーラをまき散らしていけば、絶対にイライラして尻尾を出すはずですよ!」
そう、クラヴィスは熱弁した。
彼が真剣にそう言っているのか、それともいつものようにふざけているのか、残念ながらエフィニアには判断がつかなかった。
「今がチャンスです。エフィニア様を仕留めそこなったことは、多少なりともミセリア嬢の計算外だったはず。ストレスも溜まっている事でしょう。このチャンスを逃さず、揺さぶりをかけて彼女の裏の顔を暴き出すんですよ!」
……きっと、あの時のエフィニアの判断力は鈍っていたのだろう。
3日も眠ったままで、起きた直後だったのだ。
色々なことが起こりすぎて、混乱もしていた。
だから……クラヴィスの口車に乗せられて、エフィニアはうっかり彼の策に頷いてしまったのだ。
◇◇◇
「あの、陛下……」
「何だ?」
エフィニアを膝に乗せて、何事もなかったかのように席に着いたグレンディルに、おそるおそる官吏が声を掛けてくる。
「エフィニア姫が同席されるのは、その――」
「俺が許可した。もう1秒たりとも彼女の傍を離れるのは耐えられないんだ」
「……姫の分の席も用意いたしますが」
「必要ない、姫の席は未来永劫俺の膝の上だ」
「……承知いたしました」
狐につままれたような顔で、官吏はふらふらと離れていく。
下手につっついて、グレンディルの怒りに触れたくはないのだろう。
ちくちくと視線が刺さるのを感じながら、エフィニアは羞恥に赤らんだ頬をやけくそ気味にグレンディルの腕の辺りに押し付けた。
(うぅ、恥ずかしい……。いくら作戦とはいえ、こんなことをするなんて……)
エフィニアは「恥ずかしくて穴があったら入りたい」状態でグレンディルの脇の下あたりに顔を突っ込んでいるが、傍から見れば、公共の場でいちゃつくバカップルそのものだった。
(陛下も陛下よ。寵姫様がいらっしゃるのに、こんな……いえ、きっと寵姫様を守るために仕方なく演技をしていらっしゃるのだわ)
その実、グレンディルはエフィニアが素直に自分の膝の上に収まってくれたことを静かに喜んでいたのだが……もちろん、エフィニアにはそんな彼の心を推し量れるわけがなかった。
(だいたい、こんな稚拙な作戦にミセリア様が簡単にひっかかるわけが――)
「皇帝陛下、失礼ながらそのようにエフィニア姫を膝に乗せられるのはいかがかと思われますが」
(普通に食いついてきたー!!)
エフィニアが振り返ると、ミセリアが苛立ちを隠しもしない表情でこちらを睨みつけていた。
そんなミセリアを、慌てたようにファルサ公爵が宥めている。
「ミセリア!」
父親に注意を促され、ミセリアははっとしたような表情になる。
空気を変えるように咳ばらいをすると、にっこりと優しげな笑みを浮かべた。
……相変わらずその目には、隠し切れない殺意が滲んでいたが。




