43 妖精王女、大トロに舌鼓を打つ
「これが、寿司……なんて美味しいのかしら……」
生の魚を食べるということで最初は躊躇したが、エフィニアはすぐに寿司の虜になった。
レーンの上を流れる皿の中から自分の気に入った物を選び取るという方法も、なんともユニークだ。
大トロに舌鼓を打ちながら、エフィニアはちらりと正面の席に座るグレンディルの様子を伺う。
彼は静かに、そして素早く何枚もの皿をぺろりと平らげていた。
まじまじとその様子を観察して、エフィニアはあることに気が付く。
「陛下の手元の食器は……」
「あぁ、これは『箸』というものでな。鬼族の故郷では食事の際にこのような食器を用いるようだ」
グレンディルは器用に指を動かし、「箸」と呼ばれる二本の棒のような食器を操っている。
エフィニアはちらりと周囲を見回したが、店内の他の多くの客はエフィニアと同じようにナイフとフォークを使うか、手掴みで食べているようだった。
(竜族の料理でも箸は出てこないわよね……。ということは、陛下はわざわざ練習されたのかしら……)
きっと、従属国である鬼族の国の文化に敬意を払うために。
傲慢な竜族には珍しく、彼は箸の使い方を練習し、マスターしたのだろう。
エフィニアはそっと手元に用意されていた箸を手に取り、動かしてみた。
しかし、グレンディルのようにうまく動かすことはできなかった。
そんなエフィニアを見て、グレンディルは静かに笑う。
「俺も箸遣いを会得するのは中々苦労した。君も興味があるのなら良い教師を紹介しようか」
穏やかに笑うグレンディルに、エフィニアが思い描いていた皇帝像が揺らいでいく。
(冷血で、無慈悲で、属国のことなんて何とも思わない人だと思っていたのに……)
竜族は傲慢な種族で、他種族のことを見下してばかりだと思っていた。
だが、もしかしたら彼は……エフィニアが思うよりも、少しは話のわかる人物なのかもしれない。
エフィニアも一国の王女として、彼を見習うべき点があるだろう。
(今まで妖精族は、ほとんど外の国と関わることはなかった……。でも、積極的に他国の文化を知り、尊重するのも王族として大事な責務なのかもしれないわ)
広大な帝国を治める彼には、きっとエフィニアには想像もつかないような悩みや苦労もあるのだろう。
もちろん、ここに来てからのエフィニアへの扱いは許しがたいものがある。
だがエフィニアは、少し……ほんの少しだけ、彼に尊敬の念を抱き始めていた。
(まぁ、後宮が荒れ放題なのは言い訳不可能ですけどね!!)
ミセリアやレオノールのようなアクの強い側室のことを考えると、後宮から足が遠のく気持ちも理解できなくはない。
だが……やはり、皇帝の責務としてはいただけないだろう。
おかげで後宮では、強力な力を持つ側室や女官長がやりたい放題の無法地帯となっているのだ。
いつか、きっちり報告書をまとめて目の前に突きつけてやらなければ。
エフィニアがそんなことを考えているとは知る由もないグレンディルは、素知らぬ顔で皿を高く積み上げていく。
かと思うと、急にゴホゴホとせき込み始めた。
「大丈夫ですか!?」
「いや……ワサビが、鼻に……」
顔を上げた彼をよく見れば、彼は涙目になっていた。
冷血皇帝の意外にも人間らしい一面を垣間見てしまい、エフィニアは知らず知らずのうちに口元に笑みを浮かべていた。




