39 妖精王女、竜皇の態度に戸惑う
静かに王宮を出た馬車は、ガタゴトと大通りを進んでいく。
平静を装いつつも、エフィニアはちらちらと窓の外へと視線をやらずにはいられなかった。
(さすがは帝都――大陸一の都市ね。フィレンツィアとは、大違い……)
馬車の外に広がる景色は、見慣れた故郷とはまったく違っていた。
整然と石畳が敷かれ、余裕で馬車がすれ違える広さを持つ道など、フィレンツィアにはほとんど存在しなかった。
馬車の外の大通りを行き交うのは、竜族を始めとして多種多様な種族。
大通りの左右に立ち並ぶ建物も、故郷の町ではお目にかかれない重圧で立派な物ばかりだ。
さすがは大陸中から人が集まる大都市。その規模の大きさに、エフィニアは今一度圧倒されてしまう。
そんな風に窓の外に釘付けになるエフィニアを、グレンディルはじっと見つめていた。
帝都の商業街へたどり着き、ゆっくりと馬車が止まる。
グレンディルは慣れた足取りで素早く馬車を降りると、エフィニアの方へ手を差し出した。
「お手をどうぞ、姫」
そう言って手を差し出す彼は、平服を纏っているのも相まって、まるで皇帝ではなく普通の青年のようにも見えた。
(人って……場所と衣装でこんなにも印象が変わるのね……)
普段とは違うグレンディルに、気を取られていたからだろうか。
それとも、慣れない馬車に乗っていたからだろうか。
エフィニアの小さな足は地面に降り立つ前に、バランスを崩してつんのめってしまったのだ。
「きゃっ!?」
エフィニアの小さな体が揺らぐ。
だが彼女の体が地面に激突する前に、力強い腕に抱き留められる。
「大事はないか、姫」
彼の腕はエフィニアの体重を受けても、少しも揺らぐことはなかった。
そのまま支えるようにして、平らな石畳の上へと降ろされる。
「あ、ありがとうございます……」
馬車から降りる際に転びかけるなど、一国の王女としてはなんとも情けない。
恥ずかしさに俯くエフィニアに、グレンディルは優しく手を差し伸べた。
「少し歩きにくいかもしれないな、俺の手に掴まってくれ」
その言葉に、また子ども扱いされたのかとエフィニアは憤る。
「わたくし、手を繋がなければ歩けないような子どもではございませんわ」
むくれながらそう言うエフィニアだが、グレンディルは手を差し出したままくすりと笑う。
「では言い直そうか。……美しく聡明な淑女であらせられるエフィニア姫。あなたをエスコートするという最大の栄誉を、この俺にいただけないだろうか」
エフィニアの眼前に恭しく跪き、グレンディルはそう口にした。
その途端、エフィニアは怒りとは別の要因でカッと頬が赤くなった。
「なっ、ななな……」
確かに子ども扱いをして欲しくないと思った。
だが……。
(こ、こんな風にされるのは、想定外なんですけど!?)
「へ、陛下! 皇帝陛下が衆人環視の中跪くなど……変に思われます!」
慌ててそう言うエフィニアに、グレンディルは「しー」と唇に人差し指を当てて見せた。
「認識阻害魔法で俺の顔はわからなくしてある。だから、君が『陛下』と呼ばなければバレることはない」
その言葉に、エフィニアははっとさせられた。
(なるほど、確かに今はお忍びの視察。正体がバレないように策があるのね……でも)
「陛下でなければ、何とお呼びすれば……」
少し気まずく思いながらそう口にすると、グレンディルはふっと笑った。
そして、その場に屈みこむとエフィニアの耳元で囁いた。
「そうだな、では……俺のことは『グレン』とでも呼んでもらおうか」
「はひっ!?」
ぴゃっと小さな体を跳ねさせるエフィニアに、グレンディルはくすりと笑う。
そのからかうような表情に、エフィニアは慌てて彼から顔をそむけた。




