37 妖精王女、誘惑に負ける
「……クラヴィス。帝都グルメ街とは何だ?」
皇宮に戻り、幼竜クロへの変化を解いた皇帝グレンディルは、執務室でダラダラしていた側近――クラヴィスに問いかける。
するとクラヴィスは、呆れたような視線を向けてきた。
「お前そんなことも知らねぇのかよ。グルメ街といえば、帝都の観光名所の一つだぞ。自国のアピールポイントくらい頭に入れとけよ」
「それで、どういう場所なんだ」
「大陸中から多種多様な料理店が出店してる、名前通りのグルメ街だな」
クラヴィスが投げてよこした雑誌をキャッチし、グレンディルはパラパラとページをめくる。
なるほど、確かに「必見! 帝都グルメ街おすすめ名店TOP10」などと題し、様々な店や料理の紹介が載せられていた。
「エフィニア王女は、ここに行きたいのか……」
「え、マジ? あの王女様が?」
「あぁ、空に羽ばたく翼があれば帝都グルメ街まで飛んでいくと行っていた」
「へぇ~、ちょうどいいじゃん。デートにでも誘ってみろよ」
軽い気持ちでそう口にした途端、グレンディルは大きくせき込んだ。
その拍子に小さくブレスが吐かれ、雑誌は黒焦げになってしまった。
「デ、デートだと!? 俺が、エフィニア王女と!!?」
「エフィニア王女はグルメ街に行きたがってんだろ。お前が連れってってやれば好感度も上がりそうじゃん」
「む……」
なるほど。くだらないことばかり口にするクラヴィスだが、今回ばかりは一理あるかもしれない。
――「そうね……クロ。いつか私を、後宮の外に連れて行ってくれる?」
どこか切なげに呟いた、エフィニアの言葉が蘇る。
彼女は、後宮の外――具体的にはグルメ街に出ることを切実に望んでいる。
……だったら、「いつか」なんて待たなくていい。
彼女の小さな手を取って、グレンディルが後宮の外へと連れ出してやろうではないか。
「いいか、これは視察だ。決してデートなどと言う浮ついた行為ではない」
「はいはい」
にやにや笑うクラヴィスから視線を逸らしつつ、グレンディルは羽ペンを手に取り、文をしたため始めた。
◇◇◇
「お早うございます、エフィニア王女。またしても、グレンディル陛下より封書が届いております」
またもや朝っぱらから青筋を立てて現れた女官長に、対応したエフィニアの方がげんなりしてしまった。
(まったく……またしても何なのよ。あの皇帝はまた私を盾にしようとしてるのかしら?)
正直に言えば面倒極まりないが、彼の恋路に協力すると言ってしまったのだ。
相手は皇帝ということもあり、ガン無視するわけにもいかないだろう。
エフィニアは仕方なく、女官長から封書を受け取った。
(どうせまた本命の目くらましのための食事会でもって……え!?)
見慣れた食事会の誘いだと思い封書を開けたエフィニアは、中に記されていた文章に目を丸くした。
そこに記されていたのは、エフィニアの想定とはまったく異なる言葉だったのだ。
秘密裏の視察を行うので、カモフラージュの一環でエフィニアの同行を希望する。
視察場所は……帝都グルメ街!
(えっ、嘘……そんな、どうして……!?)
目の前の文章が信じられずに、エフィニアは何度も文に視線を走らせた。
だが間違いなく、そう書いてあるのだ。
(皇帝が視察に私の同行を求めているの? これも本命の寵姫から目を逸らそうとする活動の一環なの?? そもそも、グルメ街を視察ってどういうこと!?)
疑問はいろいろある。
だがエフィニアは……長年焦がれていたグルメ街の魅力には抗えなかった。
「このお話、お受けいたしますと皇帝陛下にお伝えいただけるかしら」
そう返事をした瞬間、女官長はこれまでになく悔しそうに表情を歪めた。
その表情にスカッとしながらも、エフィニアはどきどきと胸の高鳴りを感じていた。
(やっと……あの憧れのグルメ街へ行けるのね……!)
視察という名目も忘れかけるほど、エフィニアの心は既に名に聞く帝都グルメ街へと飛んで行ってしまったのであった。




