36 妖精王女、幼竜に望みを託す
「わたくし、先日初めてパエリアという料理を頂きましたの。海の幸というのはとても美味しいのですね」
反ミセリア派のお茶会にて、エフィニアは優雅にそう告げた。
その途端、集まった側室たちはわっと色めき立つ。
「わたくしもここにきて初めて海鮮料理を頂きましたの。素敵ですよね……」
「エフィニア様は海の幸もいける口でしたのね! わたくしのお勧めは――」
「今度は深海料理などいかがですか? 人魚族の運営するお勧めのお店を紹介しますよ!」
アラネア商会よりライセンス料を稼いだエフィニアは、念願のお取り寄せ料理を口にすることができるようになった。
森に囲まれたフィレンツィア王国では食べることができなかった、本格的な海鮮料理にも挑戦してみたのである。
初めはおそるおそる口にしたが、エフィニアはその美味に大変満足したのである。
そんなエフィニアに、人魚族の側室は嬉しそうに続ける。
「わたくしも初めて陸に上がった時は何もかもに驚いたものですわ。特に帝都のグルメ通りは美味しそうな物ばかりで……後宮に入る前に太りすぎるなって従者に注意されてしまったんです」
恥ずかしそうに告げた言葉に、集まった側室から笑い声が上がる。
同調するように笑いながらも、エフィニアの心は後宮の外へと飛びかけていた。
(そういえば、帝都観光……できなかったわ)
元々は成人を迎えた挨拶に皇帝と謁見し、それが終わったら存分に帝都観光を満喫する予定だったのだ。
田舎育ちのエフィニアはそれはそれは大都会の観光を楽しみにしていた。
色々下調べもしていたのだが、結局は無駄になってしまった。
(勝手に後宮の外には……出られないわよね)
一度後宮に入った側室は、二度と外へ出ることは許されない……というわけではないが、そう簡単にほいほい出ることもできないのだ。
まずは、皇帝の許可がいる。
更に皇帝に外出許可を申請する前に、いくつもの準備を整えなければならないのだ。
同行する従者を何人もそろえ、側室の親族の許可も取り、後宮の外に出るのにふさわしい大義名分が必要となる。
親族は遠く離れた故郷で、イオネラ以外の従者もなく、ただ「帝都観光を満喫したい」だけのエフィニアが後宮の外へ出ることなど、夢のまた夢なのだ。
「どうかなさいましたか、エフィニア様?」
「い、いいえ、何でもないわ」
仕方がないことだと自分に言い聞かせつつも、エフィニアは帝都観光の夢を諦めきれないのだった。
◇◇◇
「あっ、いらっしゃい! 一緒におやつを食べない?」
「きゅう!」
コツコツ、と窓が鳴り、エフィニアは勢いよく窓を開け放す。
すると、開け放した窓からするりと黒い幼竜が室内へと入り込んできた。
じゃれついてきた幼竜を抱き上げながら、エフィニアはじっと幼竜の金色の瞳を見つめる。
「……そろそろ、あなたの名前を知りたいわ。教えてくれない?」
「きゅーう!」
幼竜がふるふると首を横に振ったので、エフィニアは首を傾げた。
「もしかして、名前がないの?」
「くぅ」
「じゃあ、私がつけちゃっても大丈夫?」
「くるるぅ!」
もしかして、竜族は飼っている竜には名前を付けないのだろうか。
なんにせよ、ここにいる間エフィニアが名前を付けて呼ぶくらいは問題ないだろう。
「そうね、じゃあ……クロちゃん!」
いささか単純かとは思ったが、わかりやすさが一番だ。
幼竜が気に入るかどうかが不安だったが、幼竜は嬉しそうに「きゅう」と鳴いて尻尾をパタパタと振っていた。
「気に入ってくれたのね! よかった……おいで、クロちゃん」
幼竜――クロを抱いたまま、エフィニアはテーブルに着く。
ちょうどティータイムの準備を進めていたイオネラが、すぐに場を整えてくれた。
「今日はお取り寄せしたばかりのフィナンシェでーす! 帝都にある本店ではいつも行列がすごいんですよ!」
「本店ね……行ってみたいものだわ」
少し沈んだ声でそう呟いたエフィニアに、幼竜クロは「きゅう?」とエフィニアを見上げた。
エフィニアはそんな幼竜に微笑みかけながらも、ついつい愚痴をこぼしてしまう。
「あなたはいいわね……自由にどこまでも飛んでいけて。私にも自由に飛べる翼があれば…………帝都グルメ街観光を満喫するのにいぃぃぃ!!」
ぷんぷんと憤慨するエフィニアに、幼竜は不思議そうに首をかしげている。
そんな一人と一匹を見て、イオネラはくすりと笑った。
「クロちゃんがもっと大きくなったら、エフィニア様を乗せて飛んでくれるかもしれませんね」
「そうね……クロ。いつか私を、後宮の外に連れて行ってくれる?」
そう語りかけると、幼竜クロは大きく頷いた。
そんな健気な幼竜の頭を撫で、エフィニアは手ずからフィナンシェを食べさせてやる。
くるくると嬉しそうに喉を鳴らす幼竜に、エフィニアは目を細めた。




