35 妖精王女、思わぬ成果を得る
果たして商人は、約束した日取りよりもずっと早くにやって来た。
……アラネア商会の、長を連れて。
「初にお目にかかります、エフィニア王女殿下。私はアラネア商会の長、ザカリアスと申します」
跪く大柄の男に、エフィニアは慌てて礼をとる。
「お会いできて光栄ですわ、ザカリアス殿」
目の前の男からは、珍しく初対面でもエフィニアを侮るような態度は見られない。
(百戦錬磨の商会の長……さすがに相手への礼儀は持ち合わせているようね)
彼はエフィニアを、対等な商談相手とみなしてくれているのだろう。
エフィニアも敬意を込めて礼を返し、彼を屋敷の中へと招き入れた。
「早速ですがエフィニア様、先日ご提供いただきました品ですが……素晴らしいものでした! 私の妻も使わせていただいたのですが、大喜びでしてな! 是が非でも流通ルートに乗せるようにと太鼓判を押していましたよ」
「まぁ、ありがたいわ!」
(よかったぁ……ひとまず需要はありそうね)
だがまだ気を抜いてはいけない。
相手は口の上手い商人だ。
あまり提示する条件が悪いようならば、他の商会とコンタクトをとることも考えなくてはならないだろう。
穏やかな微笑みを浮かべながらも、エフィニアは内心緊張していた。
そんなエフィニアに、ザカリアスは書類を取り出しエフィニアに見せてくれる。
「まずはこちらの化粧水ですが、我々とライセンス契約を結んでいただける場合、締結時にこれだけのお支払いを約束しましょう」
どれどれ……と書面に視線を落としたエフィニアは、そこに記されていた金額に驚愕した。
(高っ!)
ザカリアスが提示した金額は、実にエフィニアの予測の10倍ほどの金額だったのだ。
(えっ、なにこれ。私をからかってる……わけじゃないわよね? これだけあれば、毎日三食特製カレーだって食べられるじゃない!)
「スパイスが病みつきになるんですのよ~」と熱弁する側室の顔が蘇り、エフィニアは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
だが、ここで動揺した態度を見せたりはできない。
エフィニアは平静を装い、「当然ですわ」とでもいうように微笑んでみせる。
「もちろん、実際に販売する段階になりましたら利益のうちこれだけの割合をお支払いいたします。先日お伺いさせていただいた者から話を聞いたところ、姫の故郷であらせられるフィレンツィア王国も本格的に外との交易を考えていらっしゃるとのことで……是非我々は全面的にご支援いたします。つきましては、詳しくお話を聞かせていただけないでしょうか」
前のめりにそうまくしたてるザカリアスに、エフィニアはぽかんとしてしまった。
どうやら思った以上に、妖精族の叡智の結晶である美容品は、金の卵だと思われているようだ。
(まぁ……私にとっては悪い話じゃないわ)
相手は帝国皇室御用達の大商会だ。
商談相手としては、これ以上ないだろう。
(お兄様、忙しくなりそうよ……)
商談がまとまったら、また兄に連絡しなければ。
故郷で狂喜乱舞する兄の姿を想像しながら、エフィニアはくすりと笑った。




