34 妖精王女、商談に臨む
試行錯誤の結果、いくつかの商品が出来上がった。
疲れを癒すスミレワイン、睡眠不足を解消するラベンダーオイル、リンデンフラワーの美顔パック、種々の効能を持つハーブティー……。
どれも、精霊の加護を受けた自信作だ。
本日は後宮へ商人がやって来る日である。
後宮に足を踏み入れることができるのは、優れた実績を誇り厳正な審査を通り抜けた選りすぐりの商会のみ。
現在は、アラネア商会という帝国でも随一の商会が出入りしているのだという。
イオネラを遣いに、既に商談のための面会を取り付けてある。
「おぉ、これはこれは……なんとも愛らしい姫君ですな。さすがはグレンディル皇帝陛下の番様と言うべきでしょうか」
やって来た商人は、おそらくエフィニアに気を遣ってお世辞のつもりでそう言ったのだろう。
だがその言葉は、逆にエフィニアの神経を逆なでした。
(肝心の皇帝陛下は「あんな子供みたいなのは心外だ」って仰ってましたけどね!)
何とか気持ちを落ち着け、エフィニアはにっこりと愛らしい笑みを浮かべて見せる。
「無理を言ってお越しいただき感謝いたします」
「我々アラネア商会は常に後宮の皆さまにご所望の品をお届けしております。番様も何でも仰ってください」
一国の王女で、皇帝の運命の番。
きっとこのアラネア商会の商人は、エフィニアのことをさぞや良い金ヅルになると期待しているのだろう。
……実際は、ほとんど一文無しに近い状態なのだが。
(葱を背負った鴨にはなれないかもしれないけど、金の卵を産む鶏だと思わせれば……!)
「実は本日は、アラネア商会にご相談がありますの。わたくしの故郷のフィレンツィア王国のことはご存じかしら?」
「えぇ、妖精族の方々が暮らしていらっしゃる神秘の王国だと伺っております。我々も何とかフィレンツィア王国と交易を開始したいと思っているのですが、中々糸口が掴めず残念です」
(来たっ……!)
会話の流れがいい方向に向いてきたのを感じ取り、エフィニアは内心で気合を入れた。
帝国にはアラネア商会の他にも、いくつもの商会が存在すると聞いている。
少しでもライバルに差をつけようと、彼らは日々商機を探っているようだ。
特に昨今では、今まで交流の無かった地域といち早く交易を始め、異文化を輸入し商機を掴むか……という勝負になっているようだ。
(きっと妖精族の文化に興味を持つ商会は多い。でも、さすがにフィレンツィア王国が遠すぎてコストを考えると足が踏み出せないのよね。そこを、苦労してでも交易を始める価値があると思わせれば……!)
焦りすぎてはいけない。
交渉の場では、いかにはったりを利かせ自分に有利に進めるかが勝負の分かれ目だ。
エフィニアは平静を装い、何でもないことのように口にした。
「実は我々フィレンツィアの民も、そろそろ本格的に外界との交易を進めていきたいと考えておりますの。我々妖精族は、精霊の力を借りて日々の暮らしを営んでおります。王国では精霊の力の宿った品が当たり前に並んでおりまして……ここへ来て、それが一般的ではないことを初めて知って驚きましたわ。いくつか帝都の品も使ってみたのですが、どうもわたくしには合わないようで……」
さらりと艶やかな桜色の髪をなびかせながら、エフィニアはもったいぶるように話し続ける。
「それで、自分で同じようなものを作ってみましたの」
ここでイオネラに視線をやると、打合せ通りに彼女がエフィニアの用意した美容用品を運んでくる。
その瞬間、商人の目つきが変わった。
あれは、目利きの視線だ。
彼にとってのエフィニアは金ヅル候補から、金鉱候補へと変わり始めているのかもしれない。
「フィレンツィア王国の外界との交易開始の足掛かりになれば……と思いまして、こちらの品を販売することも考えておりますの。よろしければ、取り扱ってくださる商会をご紹介いただけないかしら」
「あなたのところで取り扱ってもらえないか」ではなく「取り扱ってもらえる商会を紹介してもらえないか」としたのは、少しでも好条件を引き出すためだ。
下手な条件を出して来たら、他にも取引先はある、と突っぱねてやるつもりなのである。
にこにこと笑うエフィニアに、商人は慎重な手つきでエフィニアの用意した商品を手に取った。
「……使い心地や効能などを、少々確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「えぇ、よろしくってよ」
次の商談の日取りを決め、エフィニアは試供品を渡した商人を見送った。
「さて、どう出るかしらね」
兄王子や彼と一緒に開発に勤しむ故郷の者の為にも、少しでも好条件を引き出せるとよいのだが。
そんなことを考えながら、エフィニアは小さくため息をついた。




