第44話 本当の友達になりたかった Bパート
「わたし、いろちゃんと本当の友達になりたかった」
松木いろの前で大槻月姫は黄色いキュレーター、プリジェクションバレッタに変身した。
大槻月姫はガールズルールのレボリューショナーだった。
「ごめんね、いろちゃん」
悲し気な、今にも泣き出しそうな表情。
悪巧みが成功して喜んでいる感じではない。
でも、正体を隠していろに近づいたのは確かなのだろう。
「どうして?
どうして月姫ちゃんがガールズルールなの?」
それだけはどうしても気になってしまう。
「日照子ちゃんはわたしの灰色の髪をきれいな銀色だって言ってくれたの。
金髪のわたくしとお似合いですわ、って言ってくれたの」
「そう。大丈夫、気にしてないよ。わたし」
済ました顔で言ういろちゃん。
でも、月姫は騙して利用していた自分に怒ってない訳がない、と思った。
「今だって友達だよ」
「ダメだよ。
ガールズルールがわたしの居場所なの。
日照子ちゃんは裏切れない」
「月姫を篭絡できると思わない事だ」
プリジェクションアンダーが微笑んでいる。
「うちの日照子は生まれついてのインフルエンサーなんだ」
旭日照子のカリスマ性はいろもなんとなく理解できる。
説得は難しいようだ。
「それなら!」
いろもスマートフォンを取り出す。
「キュレーティン!」
黄色いドレスのプリジェクションペアーの登場だ。
突進してくる二人をかわし、壁を蹴ってトンネルの外へジャンプ。
「さすがにはしっこいな」
後を追うアンダーとバレッタ。追いついて来たアンダーは着地点を狙ってタックル。
どうにか回避したが……。
「せいっ!」
バレッタの一礼してからの高速正拳突き。
プリジェクションペアーは受け止めるのが精いっぱいだ。
二対一というのもあるがそもそもプリジェクションキュレーター化したレボリューショナーは、通常のプリジェクションキュレーターより強力なのだった。
プリダイムシフトしなければパワー負けしてしまう。
「他のみんなには連絡したからあとちょっとの辛抱っち!」
畑の上にこむぎっちゃんの映像が現れる。
「サンキュー」
上里地区は農場地帯であるが、東京に通えなくもない位置関係から近年ベッドタウン化も進み、住宅も増えている。
居住区方向に向かえば時間は稼げるだろう。
アンダーは機動性に難があり、バレッタは素早いが一撃の重さに欠ける。
ここまでのやり取りでペアーはそう判断した。
同時に相手をするのを避け、逃げに徹する。
ペアーは救援の到着まで凌ごうと考えた。
高めの跳躍で接近戦を控えるのだ。
そのはずだった、が。
「このわたしが鈍重だから逃げ切れると思っているのか?」
プリジェクションアンダーの胸のブローチが光輝く。
「フッ、それは大きな間違いだ」
さわやかな笑顔。
そう言えば彼女の必殺技は見ていない。
そう思った時は手遅れだった。
「アンダーキャッチアンドリリース!」
それは目にも止まらぬ速さの跳躍だった。
エモーションによる加速。
ついこの間、ケラサスがインフルエンサーに見せたばかりだ。
そして、高校生レスリング全国級のつかみ技は回避できない。
あえなく空中でキャッチされるペアー。
「ぐうっ……!」
そのまま、地面に叩き付けられる。
「悪く思わないで」
バレッタも追いついてくる。
起き上がれないペアー。
その腕をつかんで持ち上げるアンダー。
「何してるの?」
バレッタはアンダーが何をしているのか分からなかった。
「三人にプリダイムシフトされては困るのだから、彼女には再起不能になってもらう」
変身できなくするための今回の襲撃だが、そう言えば方法は聞いていない。
「ダーク親バートンには腕を折れと言われている」
「えっ?!」
話に付いていけなくて、頭の中でその言葉をトレースした。
腕を折る?
「何を言ってるの?!」
「わたしも脱臼くらいでいいんじゃないかと思っているが、まあこの方が確実だ」
バレッタは血の気が引いていくのを感じた。
「やめて!
いろちゃんはこれから漫画を描こうと思ってるんだよ!」
「あいての都合を気にして革命なんてできるか」
アンダーは本気だった。
敵のパワーアップの脅威を前にして、手段を選ぶつもりはないようだ。
でも、いろの腕を折るなんて、そんな光景は見たくない。
だったら、ここでアンダーを阻止するのか?
悠長に説得をしている余裕はない。
アンダーはペアーの腕を握っている。
さすがに平然とはいかないようで、緊張した面持ちだ。
「やめて……」
ペアーは目をつぶっていたが、意識はあるようだ。
その目に涙が光っている。
「いくぞ……」
腕に力を込めようとするバレッタ。
「だめ―――っ!」
バレッタのブローチが光輝く。
「バレッタムーンストライク!」
振りかぶった両腕に黄色い球形の光弾が現れる。
腕を振り下ろすと光弾がアンダーに向かっていく。
光弾はアンダーを直撃。
アンダーもペアーも吹っ飛ばされるが、アンダーはすぐに起き上がれない。
肩で息をするバレッタ。
なんて事をしてしまったんだろう。
やってから自分の行為に震えが走った。
仲間にエモーショナルアーツを放つなんて。
そしてそこに、ペアーの救援に駆け付けた、三人のプリジェクションキュレーターが現れた。
☆☆☆
「どういう状況?」
「ペアーが倒れてる! 大丈夫?」
「アンダーも倒れているようですが、新手のプリジェクションキュレーターがいるようです」
アンダーというか、綺羅星子だった。
そして、新手のキュレーターは両手で顔を覆って泣いている。
何が起こっているのか分からない。
でも、とにかくわたし達はいろちゃんが心配だった。
いろちゃんに駆け寄る。
すると、南の方からジャンプを繰り返し近づいて来る姿が。
「一体、どういう事ですか~♪」
「星子もげっきーも何があったんだ?」
オレンジ色のプリジェクションインフルエンサーと緑色のプリジェクションジコチューだった。
強力なエモーションを誇るインフルエンサーに思わず身構えてしまう。
しかし彼女はこちらには一瞥しただけですぐに倒れているアンダーを抱え上げた。
ジコチューはバレッタの肩を支える。
ガールズルールの側にとってもこれはトラブルだったようだ。
わたし達は飛び去って行く二人を追いかけるつもりはなかった。
そんな事より救急車を呼ばないと。
到着した救急車に気を失なっているいろちゃんを乗せる。
でも、車内で目覚めたいろちゃんは叫んだんだ。
「月姫ちゃんはどこ……!?
月姫ちゃんを助けて!」
☆☆☆
これは後で聞いた話なんだけど。
プリジェクションインフルエンサーこと、旭日照子は仲間達と共にアジトに帰った。
倒れていたプリジェクションアンダー、綺羅星子。
そして、近くで泣いていたプリジェクションバレッタ、大槻月姫。
敵にやられたようにも見えない。
日照子は事情を詳しく聞く事にした。
星子の話によると、どうやら月姫に攻撃されたらしい。
星子は冷やしたタオルを顔と首に当てながら説明した。
「ダメージは大した事はない。
だが、何故なんだ? 月姫」
あくまで冷静に質問する星子。
「月姫ちゃんの腕を折るなんて。
そんなの見てられない……」
一方の月姫はアジトに戻ってからも泣き続けている。
「そうか。情が移ったか」
星子は静かにうなずいて目を閉じた」
「月姫につらい仕事を押し付けてしまいました。
わたくしにも責任があります」
日照子は沈痛な様子で言った。
「それで済ませていいのかね?」
紫色のマフラーを付けた赤い鳥のようなキャラクターの映像が現れる。
「ダーク親バートン? どうすべきだというのです」
「これは重大な裏切り行為だ。
大槻月姫は処刑すべきだ」
「処刑!?」
全員がぎょっとして耳を疑った。
「な、何言ってるの? ダーク親バートン……」
月姫は思わず後ずさりしてしまう。
「わたしは今回のレボリューションに当たって、人間の革命史を学んだ。
旭日照子、君の父親は規律を乱す信者を手にかけた。
君の祖父も同志へのリンチ殺人の現場に居合わせている。
わたしは彼も参加した可能性が高いと考えているが」
日照子は眉をひそめたが、反論はしなかった。
「『粛清』だか『ピース』だか知らないが、革命とはそうやって規律を守るものだ。
違うかね?」
「……違わないわ」
インフルエンサーは静かに言った。
「よろしい。
プリジェクションアンダー、君がやるのが適任だろう。そうしたまえ」
「お前はリーダーじゃない」
「ではリーダーに一任しよう。
それなら文句はあるまい」
「いいだろう。
日照子の指示ならばわたしはその通りにする」
月姫に近づく星子。
その視線は日照子に向いている。
「うそ……。やだ……」
「君は革命の規律を乱した。その罪は重い」
「なんでそんな怖い事言うの?ダーク親バートン……」
大粒の涙を流している月姫。
「日照子。君の命令ならわたしは何でもそのようにする」
普段、堂々としている星子だが、さすがにこの時は声が震えていた。
日照子を凝視して支持を仰ぐ。
「てめえ、ざけんじゃねえぞ!」
重く冷たい沈黙を破ったのは、小沼雅湖だった。
「何が粛清だ! げっきーにそれ以上近づくんじゃねー」
雅湖は星子につかみ掛かっていた。
アンダーが長身なのでしがみついているようにも見える。
「君も規律を乱すのか?」
ダーク親バートンは静かに言った。
日照子は逡巡していた。
たしかに革命は規律が守られないと成立しない。
親バートンの言うことも筋は通っている。
「日照子! あたいを仲間にする時、エモーションで結ばれた仲間だって言ったよなあ?」
雅湖がさらに声を張り上げる。
「仲間を処刑なんてあたいは認めねえぞ」
さらに世折姉妹は震えているようだった。
「ぶっちゃけた話、処刑ってのはちょっと……」
「ここだけの話、それは話が飛び過ぎじゃん……?」
「どうするのかね? 日照子」
親バートンの冷徹な、機械的な声が響く。
たっぷりと時間をかけて日照子は言った。
「大槻月姫。あなたを除名して追放します。今すぐここを去りなさい」
「……ごめんね、日照子ちゃん」
バレッタは泣きながら走り去っていった。
「彼女から我々の秘密が漏洩する可能性は極めて高い」
親バートンは言った。
「この判断は間違っている」
「てめえ……」
ジコチューは親バートンの声のするパソコンに向かって行く。
アンダーは何も言わずにジコチューの腕をつかんだ。
「離せよ!」
その手を払い席に戻り、スマートフォンをいじるジコチュー。
シンクロニシティ姉妹はまだ震えている。
「わたくし達の革命がAIより冷徹であってはならないのです」
「AI?」
その言葉の意味はその場の誰も分からなかった。
「あなたの革命で犠牲を出さないで下さい」
神川の山林で日照子はAIであるあかねに言われた。
「革命は犠牲を出した時点で戦争と同じになります。
だから理想を叶えるために犠牲を出さないで下さい」
その時は綺麗事だと思った。
革命に犠牲は付き物だ。
しかし、自分の父親の想いを理解するあかねの発した言葉が貼り付いて離れない。
結局、日照子は犠牲を出さない決断をしたのだった。
「この件は我々の活動を壊滅させるかも知れない」
最後に親バートンは言った。
「大槻月姫から我々の情報はリークされるだろう」
しかし、この心配はある意味、杞憂に終わる。
なぜなら。埼北市に入っていた公安警察は、旭日照子の祖父、旭満のガールズルールへの資金譲渡の証拠をつかんだからだ。
奇しくもこの翌日、旭満は家宅捜索を受け、資産を凍結される。
大槻月姫が情報をリークしようとしまいと、ガールズルールは活動を停止するしかなくなった。
こうして、埼北市におけるイノベーションとレボリューションの戦いは、ついに最終局面を迎える事になったのだった。
なんだかすごいね!




