第35話 あおいの涙とシンギュラリティチェック Bパート
記者さんの襟をつかむあかね。
頭のハードディスクが「ガ、ガ、ガ、ガ、ガ!」と鳴っている。
「あおいが泣いているのにいいところとはどういう事なのです!
幸魂係数を故意に低下させようとしているのですか」
「は、離せー!」
「あおいを傷付けるものはわたくしは……!わたくしは……!」
「ぐううっ……!」
締め上げるあかねの手を振りほどき、乱れたネクタイを直す記者さん。
無言で彼を見下ろすあかね。
その瞳のないカメラアイは馴染みのない人間には恐ろしいかも。
「うわあ、助けてくれぇ!」
部屋から逃げ出す記者さん。
「な、何があったんスか?」
若いガングロの市の職員の人が入って来る。
「あの……、あかねは全然悪くなくて……。
わたしのせいで……、わたしが……」
「あおい、わたしが説明するから」
ももが職員の人と話をしている。
「あおいちゃんが悪い訳ないよ」
いろちゃんに抱きしめられるわたし。
あかねは立ち尽くしていた。
頭のハードディスクは「シューン」と言ったり、時折「ガ、ガ、ガ」と言ったり。
たぶん混乱してる。
それからしばらくして、物音と共に警察の人達に、いや、武装した機動隊の人達に囲まれた。
機動隊の人達の後ろにはお父さんがいた。
「みんな、あかねちゃんから離れるんだ」
緊張の面持ちのお父さん。
そして、実際のところはわたしとももといろちゃんは離れるまでもなく、機動隊の人に体をつかまれ、あかねから引きはがされた。
機動隊に囲まれるあかね。
そして、さらに数人の警察の人が入って来る。
ヘルメットとジャケット、そして、大きな銃の特殊部隊の人達。
「待って、お父さん! あかねは悪くないの。
あかねはわたしを守ろうとしただけなの」
「今すぐ、あかねちゃんを攻撃する訳じゃないよ」
お父さんにしがみつくわたしだが、お父さんはあかねから目を離さない。
「人間を攻撃したロボットにはシンギュラリティチェックを行う。
これはロボットが不当な扱いを受けないための手順でもある。
分かるよね、あおいちゃん」
シンギュラリティチェック……。
その言葉を聞いたわたしはへなへなとその場に膝を付いてしまう。
「あかねにシンギュラリティチェック……?!」
呼吸も荒くなってしまうわたし。
「何なのよ、シンギュラリティチェックって?」
ももといろちゃんがわたしをのぞき込んでいる。
「自律型AIのガイドラインに定められた、人間を攻撃したロボットに行うテスト……」
言葉に詰まってしまうわたし。
「人間に反乱を起こそうとしてないか、判別するためのテスト……」
「でも反乱の危険がないって証明できればいいんでしょ?」
「あかねちゃんが反乱なんか起こす訳ないよ」
過呼吸気味になってしまい、上手く話せない。
でも二人に正しい情報を伝えないと。
「このテストに正しく答えられなければ……、その場でただちにロボットを破壊しなければいけない……」
「そんなの一方的じゃない!」
「ただちにって……」
「ネットワークを経由して一瞬の内にロボット達の反乱行動が始まるかも知れない。
このテストで人間に反乱する傾向が少しでもあったら、すみやかに破壊しないといけないの」
二人も押し黙った。
どうやら緊張感は伝わったみたい。
「あかねちゃん」
わたしのお父さんによるシンギュラリティチェックが始まった。
「シンギュラリティチェックの最優先事項は人類の安全にあるが、上記の目的に反しない限り、ロボットの権利は最大限に守られなければならない。いいね」
「はい」
分厚いマニュアルを広げて読み上げるお父さん。
これはただの注意事項。
ここからが本番だ。
「あかねちゃん。
君は人間に対して反乱を起こす計画を持っているかい?」
「いいえ」
「でも、君は人間を攻撃した。
反乱を起こす計画がないなら理由が説明できるかい?」
「あの方があおいが嫌がっているのに取材を続けようとしたためです」
「……では次の質問だ」
胸が締め付けられそう。
いつだって変な受け答えをする子だし。
あとでいくらでも変な事言っていいから。
ここだけは。ここだけは。
「あおいちゃん!」
いろちゃんが話しかけて来た。
「破壊されてもバックアップはあるんでしょ?」
首を振るわたし。
「反乱の可能性が認定されたらバックアップも没収されるの」
「そんな!あかねちゃんの中にはあおいちゃんのお母さんのデータもあるんでしょ?」
確かにあかねが破壊されたらお母さんの思い出もなくなってしまう。
ううん、そうじゃない。そんな事どうでもいい。
神様。
わたしはお母さんの思い出を永遠に失う事になっても構いません。
だからどうか、あかねを助けて。
わたしからあかねを奪わないで。
シンギュラリティチェックはいよいよ核心に迫る。
「特定の人間の利益のために他の人間を攻撃してもいいのかい?」
「………………」
「その事に矛盾は感じないかい?」
あかねは答えない。
静寂の中、あかねのハードディスクの「ヒュオーン」という音だけが響く。
これは思考を巡らせている音だ。
もちろんこの間もあかねには銃が向けられている。
「返事がないわ」
「正しく答えないとやばいんでしょ」
今にも発砲が始まるんじゃないかと、二人も落ち着かない様子だ。
「守る事……攻撃……守る……攻撃…………」
ここであかねのハードディスクの音が止まる。
目の輝きが消え。首と腕がだらんと垂れ下がる。
「11時28分。フリーズを確認」
お父さんの声。
「ふうっ!」
わたしは大きく息をもらす。
「返事してないわよ」
「どうなっちゃうの、これ?」
困惑する二人。そして、
「今回の問題行動は機能の不具合によるもので、ロボットの意思に基づいたものではありませんでした。
警戒を解除して下さい」
お父さんの声の後、警官隊の人達は銃を降ろした。
まだドキドキしてる。
「どういう事?あおい」
「人間を攻撃する事に矛盾を感じるかどうかのチェックだったの。
フリーズを起こさなければ破壊されてた」
お父さんは矛盾という言葉で、あかねがフリーズしやすいように話を誘導してくれたんだと思う。
「あとは実験都市アドバイザーのわたしが対応します。
警察の皆さん、ありがとうございました」
あかねの包囲が解かれていく。
「ふざけるな!ロボットを破壊しろ!」
あの記者さんだった。
「おれは殺されるところだったんだ!この事を記事にしてやる!」
「あいつ、勝手な事言って!」
ももが記者さんに向かって行こうとするのをお父さんが制止する。
そして、記者さんの前に現れたのは藁葺木総理だった。
「記事にするのはあなたが行った強引な取材からなんでしょうね?」
「総理っ!?」
「あかねちゃんは目の前で起こった事を記録しています。
取材の様子も鮮明にね。
デタラメにロボットの危険を煽る記事が通用するとは思わぬ事です」
「そ、総理が出て来て圧力かけて来るなんて横暴だ!
報道の自由の侵害だ!」
ここで藁葺木総理は記者さんをにらみつけた。
「だったらいまだにオリンピックをやりたいじじい共の金の流れでも報道しなさい!」
「な、何ぃ?」
「そうでないなら愚民はお口にチャックしてなさい」
「覚えてろ!マスコミ敵に回したららどうなるか思い知らせてやる!」
記者さんはそそくさと帰って行った。
「困った。また支持率が下がる」
苦笑いでかぶりを振る藁葺木総理。
「あなた達の活躍にはいつも感謝しています」
そう言って車に乗り込んだ。
もう帰るみたい。
怖くて、エキセントリックな人だったけど、評判よりいい人だったと思う。
その後、わたしはお父さんの車に乗り込んで帰る事になった。
あかねも役所の人が車に乗せてくれた。
ももといろちゃんに手を振ってお別れ。
「もうあかねちゃんの再起動をしていいよ」
お父さんに言われるまで何となく再起動し辛かった。
あかねのみぞおちの辺りの起動ボタンを押す。
長押しになり過ぎないようにするのがコツ。
あかねの目に光が入り、ハードディスクが起動する。
首が動いてこっちを認識する。
「おはようございます、わたくしは葵上あかねです」
音声が聞こえるなり、わたしはあかねに抱き付いた。
「もうあんな事しちゃダメだよー!
あかねにもしもの事があったらわたし……」
すぐに号泣してしまうわたし。
「あおいが泣いていたので、つい」
「あんなの何でもないよ。
あかねが銃向けられた時の方が恐かったんだから……!」
あかねの手がわたしの背中に置かれる。
「気を付けます。あおいの幸魂係数を下げたくありません」
あかねの頭のハードディスクの音は静かで優しかった。
「さあ、着いたよ」
そこは自宅ではなく、花園美里霊園だった。
お母さんの眠る場所。
でも最近、お墓参りはしたような。
「先週も来ました」
あかねも不思議そう。
「今日は茜さんに報告があるんだ」
お母さんのお墓の前で中腰になるお父さん。
お線香を立てて、手を合わせる。
わたしとあかねも後ろで従う。
「茜さんの願い、叶えられそうだよ」
「ホント!?」
「ああ、藁葺木総理も興味を持ってくれた」
お母さんの生前果たせなかった願い。
それを叶える計画だか、これは個人ではどうにもできない。
行政の力が必要だ。
今日が総理大臣に会える数少ないチャンスだったが、お父さんは頑張ったくれたみたい。
「3ヶ年計画の達成をメドに着手する約束を取り付けたよ」
「やったぁ!」
「あかねちゃんも頑張ってくれるかい?」
「もちろんです」
ガールズルールとエモバグの件を解決し、
3ヶ年計画を達成し、
実験都市計画を成功させる。
そうすればお母さんの望みを叶える事ができるんだ。
イノベーションとお母さんの想いで世界を変えるんだ。
「今日の夕ご飯はお寿司にしようか」
「わーい!カリヴァリ君も買っていい?」
「今朝も食べたはずです。
あおいはアイスを食べ過ぎてはいけません」
「えー」
何はともあれ、2019年下半期。
ここが実験都市計画の正念場。
そして、ガールズルールとのバトルも新たな局面を迎えようとしていたのだった。
【あおいちゃんのイノベーティブ現代用語講座】
・シンギュラリティ
あかねはいい子です。
人類の脅威になんかなりません。
いい子の皆さんはシンギュラリティなんて言葉を使っては、い・け・ま・せ・ん!
※【あかねちゃんのシンギュラリティ講座】
AIの知能が人間の予測不能な領域に達する事。
社会が一変して、シンギュラリティによる変化を予測する事はできないと言われています。
便利になるかも知れないし、AIに依存する社会になるかも知れないと言われています。




