第35話 あおいの涙とシンギュラリティチェック Aパート
ある日曜日の朝。
テレビのニュース番組では総理大臣の会見をやっていた。
藁葺木煉歌総理。
日本初の女性総理だ。
「この度、実験都市埼北市において、自律型AI、意志を持ったAIの開発に成功いたしました」
カメラのフラッシュの音がする。
実際は2か月以上経ってるけどね。
「まだ3ヶ年計画の2年目ですが、これは大きな飛躍と言えます。
この件に絡んで、消費増税の先送りを提案します」
ざわつきと、さらにカメラの音。
「これは実験都市以外でのロボットの運用に参加を促すための措置です」
「財源は確保できるのか」
と記者からの質問。
しかし、藁葺木総理は、実験都市計画によって自律型AIが普及すれば、2021年からの法人税の増税で財源が確保できる、と発言。
ちなみにちょっと後の話だけど、これには与党議員が公約違反と猛反発。
法人増税も企業の海外競争力を低下すると反対された。
では、野党は総理を支持したのかというとそんな事はなかった。
実験都市という特区計画は税金の無駄遣い、と糾弾。
汚ないお金の流れがあって、埼北市が実験都市に選定されたと猛反発。
総理の不信任案を提出した。
これに対し、藁葺木総理は、
「黙りなさい。愚民どもはお口にチャック」
と、答弁。
低空飛行の支持率が超低空飛行に落ち込んだのだった。
それはさておき、そのニュースは、
「本日、藁葺木総理は埼北市へ。自律型AIとの会見を行うそうです」
と結ばれた。
この「自律型AI」とはあかねの事。
わたしとあかねはこの会見に参加するのだ。
ブレザーに着替えて埼北市庁へ。
正面ホールはマスコミでいっぱい。
わたし達は裏口へ回る。
そこにはブレザーのももと冬服セーラーのいろちゃん。
二人も会見に招待したのだ。
わたしの緊張を解くためにお父さんが気を使ってくれたみたい。
会見についてだけど、当り障りのないものだった。
総理とあかねが自己紹介してあかねが自分の事を説明したくらい。
厳格で、エキセントリックなイメージの藁葺木総理が終始にこやかだったのが意外。
まあ、実際そんな怒ってばっかの訳ないよね。
と思ったのだが、それは甘かった。
記者会見の後は、市庁舎四階にある実験都市推進課でお父さんと会議。
なのだが、
開口一番、
「エモバグ問題は終息したと聞きましたが話が違いますね。どういう事です?」
と問い詰められるお父さん。
「三ヶ年計画は本当に達成できるのですか?」
と厳しく追及される。
その後、
「あ。あおいちゃん達は頑張ってるから気にしないでね」
とわたし達に微笑みかけてくれるが、愛想笑いしかできなかった。
「それに自律型AIも量産はできないようではないですか」
と、言う事も言われた。
そう、わたしが日上博士と戦った日に108体の自律型AIは生まれたが、その後は一体も自我に目覚めたロボットはいない。
でも、これは仕方のない事。
自我を与えるには、108個のサイスフィアのエモーションを集めて、発射しなければならない。
しかも、最近親バートンと連絡が取れるようになったのに、バックアップのサイスフィアを渡してくれないのだ。
「あの方法はあおい君の身体に負担がかかる。
二度と行ってはならない」
と、言われちゃった。
まあ、確かに痙攣とかしたけどね。
安全なシステムを親バートンが考えてくれるって。
そして、サイスフィアに関してはその後、いい情報を教えてもらったんだ。
「エモーショナルディープラーニング?」
初めて聞く単語に困惑する藁葺木総理。
「インターネットの書き込みや、動画などからエモーションを抽出するプログラムで、エモバグを作り出すのに使われているものです」
「エモバグを作ってどうなると言うのです?」
「エモバグを作る事でサイスフィアは精製されます。
研究解析を進めればサイスフィアだけを作り出す事も可能だろうと言う話です」
「ふむ……」
これには藁葺木総理も興味を示した。
「それを入手する事は可能ですか?」
「日上博士のパソコンからはデータが消されていました。
ですが、日上博士にそれを与えたガールズルールの首領から奪還できる可能性はあります」
もう一人の親バートン。
「彼」だ。
「『彼』ですか。名前はないのですか?」
「親バートンによると、『彼が自分を何と名乗りたいのかは分からない』との事です」
そう言えば、親バートンと名乗ったのもわたし達に初めて接触した時だったっけ。
「つまりガールズルールを打倒すれば、そのエモーショナルディープラーニングを入手できると」
「そうです」
藁葺木総理は興味を示した。
総理にとっても実験都市計画の成否は政治生命に関わる案件だ。
「分かりました。こちらもガールズルールの全貌解明に勤めます」
こうして、お父さんは総理大臣との会議で実験都市計画の可能性を示す事に成功したのだった。
「後は総理と昔話をするからあおいちゃん達はお帰り」
お父さんは二択博士と共に大学で教員時代の藁葺木総理に学んでいる。
積もる話もあるんだろう。
総理は滅多に埼北市に来ないだろうしね。
わたし達は部屋を後にした。
下の階はまだまだマスコミの人が一杯だった。
そこでわたしは不意に声をかけられた。
「君、葵上あおいちゃんだね?」
それは中年の記者の人だった。
「ちょっと取材をさせて欲しいんだ」
あかねと話をしたい人は多い。
一般の人に興味を持ってもらう機会ができるのは嬉しい。
ぶら下がり取材もそう邪険にはしない事にしてる。
わたし達は役所の一室に招かれ、取材を受けた。
本当はここで注意を払うべきだった。
記者の人はあかねではなく、わたしの名を呼んだ。
わたしの取材をしに来たのだ。
「あかねちゃんの名前はあおいちゃんのお母さんと同じだね」
どきっとした。
実際同じだし、関係あると思うのはおかしくない。
でも、記者のおじさんの鋭い眼光がわたしは怖かった。
何もかも見透かされている気になった。
そのわたしの反応に、さらに記者さんの表情が変わる。
わたしの反応が確信をあたえてしまったのだろうか。
わたしはたちまちパニックに陥ってしまう。
「あおいちゃんのお母さんは以前、お亡くなりになったんだよね? 」
「は、はい……」
「その事とそのロボットの名前には関係があるのかな?」
あかねとお母さんの関係。
「それは、その……」
お母さんが亡くなった事をなかった事にするためにあかねにお母さんのデータを与えて、魂を与えた。
わたしが実際にした事だけど、それをたくさんの人に知られたくはない。
後から考えればこの人が聞きたかったのは、「亡くなったお母さんへの感傷でロボットに同じ名前を付けました」程度の感動エピソードだったんだろう。
でも、その時のわたしは起こった事「全て」を聞き出されそうで、錯乱していた。
「君がAIに魂を与えたんだよね」
「あおいちゃん。君が為し遂げた事を記録として残すのはね、とても素晴らしい事なんだよ」
次々と質問が浴びせられる。
「あ、う……」
そうなのかな。
記録を残さなきゃいけないのかな?
言わなくちゃいけない事なのかな……?
「世界のみんなも知りたがってる。
さあ、お母さんの事から教えてもらえるかな?」
「え……?」
「お母さんが亡くなった日の事さ」
お母さんは交通事故で亡くなった。
病院に駆けつけた時にはお母さんは亡くなっていた。
即死だったらしい。
いきなり過ぎてわたしはその死をうまく飲み込めなかった。
思い出そうとすると、涙があふれてきてしまう。
「ごめんなさい、ちょっと……」
「いいんだよ、落ち着いて話そうか」
「あの……、あの…………」
ふいてもふいても涙は止まってくれない。
落ち着いて話す事なんてできるのかな。
「ちょっと!
もうこのくらいにして下さい!」
ももが記者さんに詰め寄る。
「邪魔しないで!今いいところなんだから!
あおいちゃん、テープ回してもいいかな?」
と、言われてもわたしは声も出ない。顔を抑えてすすり上げるしかできない。
落ち着こう。
落ち着かなきゃ。
落ち着かなきゃ……。
その時だった。
「質問をやめなさい!」
「何だ、お前っ!」
あかねの声が聞こえて、物音がして、記者さんの怒声がする。
「あなたはあおいが泣いているのに、なぜこんな事をするのですか!」
見るとあかねが記者さんの襟をつかんでいた。
あかねの頭のハードディスクから「ガ、ガ、ガ、ガ、ガ!」と、大きな、耳障りな音がしていた。
やめて、あかね。
わたしはそんな音聞きたくないよ。
<つづく>




