第34話 サクラのイノベーション! その名はタイプ:スタイリッシュ! Aパート
「ごめん。見失っちゃった……」
駆け出して行ったももを追いかけたいろちゃんだったが、一人で戻って来た。
肩で息をしている。
わたしも以前、走るももに付いて行くのがやっとだった事がある。
「レッドサインに戻ってるかも」
わたし達はひとまずライブハウスへ。
「お、見た事あるじゃん」
本庄の商店街を歩いていたら、不意に声をかけられた。
小柄な姿。
黄色いパーカーとグレーのジャージのパンツ。
深く被っていたフードを上げる。
おかっぱの女性だった。
しっかりした目鼻立ちに意思の強さを感じる。
小柄ながら、貫禄というかオーラがあるのが分かる。
わたし達もこの人を見た事がある。
よく知っている。
SAH40リーダー、不動のセンターと呼ばれた妙心こころ、その人だ。
「オッス、ウメのヒーロー友達だよね?」
ウメ……?
「梅桃さくらのお友達。ライブにも来てくれたっしょ?」
どうやらももをウメって呼んでるみたい。
ウメで、ももで、さくらで、ももももで呼び方多くて大変!
ももももって呼ぶのわたしだけだけど。
「ウメは一緒じゃないんだ」
こころさんにわたし達は事情を話した。
もしかしたら居場所に心当りがあるかも。
「ふーん」
神妙な表情。
「じゃ、そのあかねちゃんの記録って奴、見せてよ」
「え?」
「ウメがアイドルをやめるべき理由が分かるんでしょ?」
「いえ、わたくしが正しい根拠はないのです」
自信のなさそうなあかね。
ちょっときつく言い過ぎたかな。
「いいからいいいから。
あたしも単純に自分のいない時のSAH、見たいし」
SAH40は今話題沸騰中とは言え、ご当地アイドルグループ。
テレビで頻繁にみられる訳ではない。
そして、東京進出の近いこころさんは最近、不在の事も多い。
そんな訳で、こころさんとわたし、あかね、いろちゃんはレッドラインに戻った。
事務室のテレビを使わせてもらう。
「わたくしの記録映像をどうぞ」
あかねはそう言うと自分のうなじに触れた。
ツインテール型のヘッドパーツの間からHDMIケーブルを引っ張る。
あかねは自身の目で見た情報を全て録画している。
さらにそれをテレビやパソコンで再生できる。
テレビに接続すると、入力切替欄に「PSYーSERIES」の文字が。
リモコンの決定ボタンを押すと日付の名前の付いたサムネイル画像が大量に現れる。
以前と今日のライブ映像をこころさんに確認してもらう。
こころさんは真顔で、手足でリズムを取っている。
会話中とは打って変わっての真剣な表情。
途中で首を傾げる動作。
サビの部分、プリジェクションマッピングの衣装チェンジの辺りではリプレイを求めた。
そして、最後は衝撃を隠せない、愕然とした表情。
「うーん、そうかあ……」
こころさんは頭を掻きむしって言った。
「あかねちゃんが何を言っているのか分かったよ」
「ももはアイドルをやめた方がいいって事がですか?」
わたしは間髪入れず、反射的に言ってしまう。
「ウメは歌もダンスも頑張ってる。
リーダーシップがあって、周りをよく見てる。
アイドルの資質は十分だよ。
でなければ、リーダーに推薦しない」
こころさんも即座にきっぱり言った。
「じゃあ今ライブの質が下がるのは何でなんですか?」
「それなんだよねえ」
残念そうな、言いづらそうなこころさん。
「あいつが衣装選びに参加できなくなったからって事だろ、あかねちゃん」
「はい」
「このライブが盛り上がらないのはコスチュームのEPMがイマイチなのが理由なのさ」
EPMの心理効果による盛り上がりが、SAHの売りだ。
「ウメは今まで裏方で衣装選びにも参加していた。
それがセンターに立つ事になって、時間がなくなった」
ライブ映像を見直すわたし達。
でも、以前と今日のコスチュームを見比べてもどこがどう違うのか分からない。
「コスの心理効果なんて普通は分からないよ。
あたしだって分からない。
コスのキラキラ感の差くらいし思い付かなかっただけ」
何となくの差はEPMによるコスチュームの差だった。
「あかねちゃんは何で分かったんだい?
あたしはウメが衣装選びしてた事を知ってたけど、あかねちゃんは知らないだろ」
「以前のコスチュームのEPMから高いエモーションを感じました。
プリジェクションサクラと同じものです」
そんな事まで分かるんだ。
「EPMの心理効果を認識する事は極めて困難です。
景色による心理効果ならば心理学の知見が応用できますが、服飾となると別問題です。
手探りでエモーションの実験をするしかありません」
実際わたし達にはコスチュームを見てもさっぱり。
「何の知識もなく、勘だけで服飾のEPMの選定ができるのはとんでもない才能なのです。
これは二択陽一氏の論文でも将来現れるであろう職業と言われている『EPMファッションデザイナー』の適正です。
美術大学や専門学校で色彩学やファッションの知識を修めればEPMの心理効果の権威になれるかも知れません」
EPMファッションデザイナー。
そんなイノベーティブな職業の適正がももにはあるようだ。
「でも、なんでアイドルをやめるべきなんて言ったの?」
「時系列の問題としてまずそれを言いました」
時系列……。
つまり「アイドルをやめて」、「EPMファッションデザイナー」になれ、と言うつもりだったようだ。
「極めて稀な才能を持っている事を強調したかったのですが……」
どうやら悪気はないみたいだけど、やっぱり不用意な発言だ。
「将来何をするかはかはウメが決める事だし、変な事を言っちゃったのは確かかな」
こころさんの見解も同じみたい。
「ちゃんと説明して謝ろうね。わたしも一緒に謝るから」
許してもらえるといいな。
「ごめんなさい、あおい」
あかねの頭のハードディスクから申し訳なさそうに「キューン」と音がする。
「心配しなくても、ウメなら分かってくれるって」
こころさんはあかねの肩を優しく抱いた。
「今頃は何か理由があって言ったんだろうくらい察してるよ」
さて、あとはももを探さないと、と思っていると。
「エモバグが出たぷー!」
埴輪のようなキャラクターは本庄のゆるキャラ、はにぷーだ。
「城下公園だぷー!」
城下公園とは市役所裏手にあるブランコ・鉄棒などと広いグランドを備えた市民の憩いの場だ。
「たこ」と呼ばれるセメントでできた謎の赤い滑り台のような遊具がある。
『梅桃さくらはアイドルやめろー』
抑揚のない大音量で叫ぶエモバグはピンク色。
インターネットのアンダーグラウンドの書き込みの、ネガティブなエモーションの集合体。
あかねのような分析に基づいた主張などではないだろう。
「わたしがご指名みたいね」
わたし達より遅れて公園に現れたのは梅桃ももだった。
そして、
「ようこそ、プリジェクションキュレーターのお嬢さん達」
「たこ」の上には銀の礼服の大柄なレボリューショナーが。
「今日はこのアンダーとお手合わせ願おうか」




