第31話 AI少女、さらに勉強中! あかね、禅を組む! Aパート
あかねは人の心を学ぼうとしている。
人間の思考を再現する事がAI研究の目的の一つであるのは事実だが、あかね自身にとっては別の目的もあるみたい。
「幸魂係数を上昇させるためには人間の心理を学ぶ必要があるのです」
実際は、まだまだずれてるなと感じる部分は多い。
男子生徒の自殺を防いだ時も、キャサリック教会の時も、残念な事になっている(そして、わたしが飛びかかる事になっている)。
悪気はないのだから焦らなくていいと思うんだけどね。
「座禅を組んで悟りの境地を目指します!」
今度は仏教に関する本のラーニングを始めたあかね。
特に気になるのが禅宗のようだった。
「迷いを断ち切り、感情を鎮め、心を明らかにするのが禅なのです」
「そうなんだ」
ただし、足の駆動が上手い事いかないみたいで、なかなか両ひざを持ち上げて座禅を組む事ができない。
床が足にぶつかって、ごとごと言っている。
「後でお父さんに相談するから無理しないで」
「とにかく日々己の心と向き合うのです」
自身のパーツの可動域と向き合って欲しいけど、自分なりに禅を理解しようとするのだった。
「言語や文字を用いず、悟りを他人の心に伝えるのが以心伝心です」
「とにかく日々己の心と向き合って最適化するのです」
「おはよー! あおいちゃん、あかねちゃん」
ここは上里町。
梨園を営む幸水さんち。
松木いろちゃんの叔父夫婦の家だ。
松木いろちゃんと待ち合わせ。
夏セーラーのいろちゃんもかわいい。
わたしもベストの制服だけど。
わたし達はエモバグに備えて外出時は普段からなるべく制服を着ている。
「んー!」
まじまじとあかねを見つめるいろちゃん。
「やっぱあかねちゃんてカッコいいよね」
柔らかな素材のレジン樹脂製。
曲面を重視したデザイン。
まん丸の大きな目が実際のカメラになっている。
今のところ、鼻、口はなくて、表情はない。
マンガやゲーム大好きのいろちゃんにとって、あかねはカッコいいみたい。
「目からビーム出る?」
「出ません」
さて、上里にやって来たのは禅宗のお寺があるからだった。
あかねが禅宗のお寺に行ってみたい話をしたら、幸水さんが檀家である近所のお寺を紹介されたのだ。
曹洞宗のお寺の均鋼寺。
いろちゃんも遊びに行った事があるみたい。
群馬との県境、神流川のほとりに建つお寺。
上里サービスエリアも近い埼玉の最北端だ。
こじんまりとしているけど、日本風の庭園が美しい。
本堂に入ると強めのお線香のかおりが。
袈裟を着た和尚さんのおじさんが現れた。
「ようこそ、お嬢さん達」
人のよさそうなおじさんだ。
多分、お父さんと同じくらい。
わたしといろちゃんはあかねが禅をくむ様子を見ていた。
でもいろちゃんは途中で小説を取り出した。
マンガはよく読んでるいろちゃんだけど、小説は珍しいと思った。
でも、その表紙はマンガっぽかった。
いわゆるライトノベルと言うものだ。
ちなみにタイトルは、
「少年漫画のかませ犬フラグしかない四天王の三人目に転生してしまった」
だった(長い!)。
「アニメが面白いけど、続きが気になっちゃって。
原作買っちゃった」
わたしはアニメには詳しくないが、多分かませ犬になる運命の人に転生する話なのだろう。
分かりやすいね。
「WEB小説が原作なんだよ」
さて、わたしはあかねの様子をちゃんと見ていよう。
どんな発言が飛び出すか心配。
「和尚さんに質問があるのです。
『以心伝心』と『見性成仏』と言う言葉についてです」
「ふむふむ」
いきなり難しそうな言葉が出て来た。
「言語や文字を用いず、悟りを他人の心に伝えるのが以心伝心、とあります。
これは同期する、と言う事とどう違うのでしょうか」
「同期する」とは、複数の端末のファイルやデータ、設定などを同じ最新の内容にすることだ。
「また日々己の心と向き合う事が見性成仏とあります。
これは最適化する事とどう違うのでしょうか」
「最適化」はざっくり言うとプログラムなどを最適な状態に近づける事だ。
「ロボットにとっては同じなのかも知れないね」
と和尚さん。
「わたくしは悟りの境地に達したと言う事ですか?」
ちょっと雲行きが怪しくなってきた。
「まあそうかも知れない」
「でも分からない事もあるのです。
『不立文字』、『教外別伝』と言う言葉についてです」
「どう分からないんだね?」
「経典の文言にとらわれないのが『不立文字』という言葉の意味です」
「正しいね」
「『教外別伝』とは経典に記されていないところに仏法がある、という意味です」
「その通りだよ」
和尚さんはにこやかに聞いている。
「文字にできない情報とは何ですか?
それに大事な事を経典に書かないというのも理解できません。
わたしは情報をデータにして理解しています」
コンピュータだからね。
あかねは実際そうなのだ。
しかも記録したデータを忘れない。
いつでもすらすら引き出せる。
「そうとは限るまい」
しかし、和尚さんは言った。
「AIも電気信号を一定のルールに置き換えて理解している。
その流れる電気を見てどの情報か分かる訳ではあるまい」
あかねのハードディスクが「ヒュオーン」と鳴っている。
思考を巡らせているのだ。
「仏教には『我思うは思い込みであり、もとより我なし』という言葉がある。
あかねちゃんが記録したデータも本当は思い込みかも知れない。
それを認識するのが『無我』という事なんだ」
コンピュータに世界を認識させ自我を与えたあかね。
なのに今度はその自我を思い込みだとして無我を理解させる。
こんがらがって何が何だか分からなくなって来た。
あかねの方はと言うと、
「それが文字にできない事であり、大事な事なのですね」
ハードディスクは引き続き、「ヒュオーン」と鳴っている。
「よく分からない事が分かりました。
今聞いた事を最適化したいです」
禅を組もうとするあかね。ところが……
「大変っち!」
本堂の庭にこむぎっちゃんの姿が。
「エモバグが出たっち!
神流川からこっちに向かってるっち!色は黄色っち」
「黄色ならあたしの出番だね!」
小説に夢中になってたのか無言だったいろちゃん。
「久しぶりだね!頑張るよ」
あかねも一緒に三人でエモバグの方へ向かう。
抑揚のない大音量が響く。
『WEB小説は時代考証がめちゃくちゃだー!蒸気機関は中世じゃなくて近代だー!』
いろちゃんの読んでたのがWEB小説が原作だっけ。
タイトルが長くて覚えられないけど。
<つづく>




