第16話 君は誰にキックをする? アンチ?それとも信者? ペアーの新必殺技! Aパート
先日、赤域乳業のアイス工場に出現したキュレーショナー、エキセントリックは巨大エモバグを創り出す、「キュレーションサイト」を使用してきた。
さらにその夜、わたしはキュレーショナー、ディスコードの二度目の襲撃を受けた。
新たなキュレーショナーとのバトルも次第に激しさを増してきた。
そんな中、ついに青色以外の巨大エモバグとバトルする機会は訪れてしまったのだった。
わたし達はその日、埼玉の最北端、上里町にいた。
上里町には高速道路のサービスエリアがある。
全国的には全く無名の上里町だが、このサービスエリアの存在によって、知っている人がいないでもない。
高速道路は群馬県に入ったら、すぐ東北地方と甲信越地方に分岐する。
上里サービスエリアはそのどちらへ向かう人にとってもちょうどよい休憩場所なのだ。
埼北市が江戸時代は宿場町として栄えた事もきっと似たような理由だろう。
上里町は言わば北関東の玄関口とも言うべき重要拠点なのだ。
ちなみにサービスエリアは裏口があって、徒歩で立ち入る事も可能だ。
もちろん裏口は自動車では入れないけど。
裏口の坂を登ると店舗の間から広大な駐車場が見えて来る。
さらに、ひらがなで「かみさと」と書かれた四角い巨大オブジェが。
そう、今日はひょんな事からももといろちゃんと一緒に上里サービスエリアに行く事になったのだった。
元々は三人で本庄早稲由駅の駅ビルに行く予定だったのだが、いろちゃんがおばさんから農協で野菜を買ってくるよう頼まれたのだ。
それならと、上里町農協とほど近いサービスエリアに集合しようという段取りになった。
またももにはストライプバックスコーヒーに行きたかった事情があった。
ストライプバックスコーヒーとは、おしゃれで甘いコーヒーが飲めるお店。
大人気の海外のコーヒーショップのチェーン店。
なのだが、なぜか埼北市のストライプバックスコーヒーは2019年の現時点ではここ、上里サービスエリアにしかない。
だからももは上里サービスエリアをチョイスしたのだ。
いろちゃんも帰りに農協に寄れるし、最適解だろう。
わたしも特に文句はない。
ストライプバックスコーヒーでは、わたしはカフェモカを注文。
ももはキャラメルマキアーノを注文。
いろちゃんはこの店特融の、生クリームとチョコのトッピングされたフラッペカプチーノを注文した。
行きたかったストライプバックスコーヒーに行けたももは大変な上機嫌だった。
たまに新曲の振り付けの練習もしてしまうくらいのリラックスぶりだ。
「珍しいね、もも。こんなとこで振り付けの練習なんて」
ももははっとして動きを止めた。
「ごめんね、つい気合いが入っちゃった」
赤い伊達眼鏡のももが赤面している。
「次の新曲はサビでわたしもちょっとだけ前列のセンターに入るんだ」
「ホント?すごい!」
梅桃ももは埼北市のご当地アイドルグループ、SAH40のメンバー、梅桃さくらなのだ。
メンバーの中では若手だし、いつもは中列で歌っている。
「曲もすごくいいから二人には聞きに来て欲しい!」
「もちろん行くよ!楽しみ」
わたし達はももを応援してるし、本庄のライブハウス、「レッドサイン」に見に行った事もある。
「ね、行こうね、いろちゃん!」
「うん…、そうだね……」
あれ?いろちゃんは何やら沈んでいた。
たまにため息などもつく始末。
「なんかあったの?いろちゃん」
尋ねてみるわたし。
「農協のお使いが嫌だった?」
「ううん、農協でおじさんの梨の売れ行きを確かめるのは楽しみだし、それは嫌じゃないよ」
「じゃあなんで元気ないの?」
これはやはり、巨大エモバグの件だろうか。
巨大エモバグには通常の必殺技は通用しないのだ。
必殺技のパワーアップにはエモーショナルな成長が必要らしいけど、そう簡単にはいかないだろう。
「実は昨日の深夜アニメがさ……」
違った。
「わたし達が生まれるより前のマンガのアニメ化なんだけど、大好きだから期待してたんだ」
スマホで画像を見せられたけど、何なのかは分からない。
わたしはアニメはあんまり知らないのだ。
ファンタジックな格好のキャラクターが主人公だけど、タイトルは漢字だった。
和風ファンタジーなのかな?
「これがあんまりな出来で、今ファンの間で大荒れなんだ」
うーん、わたしに力のなれる事は、まったく、パーフェクトに、かけらほどもなさそうだ。
「原作まで叩かれたりしてるのを見ちゃうと、へこんじゃうんだ……」
またもため息のいろちゃん。
「そりゃあ、あたしだって大好きな作品のアニメがダイジェストの嵐の駄作いなってたら嫌だけどさ」
「で、でも埼北市はネガティブな書き込みは禁止でしょ」
そう、埼北市では悪いエモーションがプロジェクションマッピングに流れないようにするため、ネット上の悪口は厳格に禁止されているはず。
「炎上しちゃうと消すのが追い付かなくて、見えちゃう事があるんだ」
今アニメファンの間ではかなり熱い案件みたい。
わたしのスマホのニュース欄も気を付けて見ると、このアニメのキャラのサムネイルが見受けられる。
見出しには、「アニメ制作現場の危機とクオリティ低下」とかなんとか。
「わたしも楽しみにしてたから文句言いたい気持ちもあるんだけどさ……」
そう言うとまたまたため息。
「あんまりひどい悪口見ちゃうとそれはそれでキツイんだ」
フラッペカプチーノを一口、そしてまたため息。
「こっちは声が付いただけで満足して、後は想像で楽しもうとしてるのにー」
そして突っ伏してしまういろちゃん。
「これは重症ね」
ももはキャラメルマキアーノをすすりながら言った。
いろちゃんに何とか気分転換してもらう方法はないだろうか。
「そうだ。ドライブインコーナーでカリヴァリ君買おうよ」
「それはあんたの気分転換でしょ」
ももから突っ込みが入った。
「まあでもお土産コーナー行ってみる?いろ」
「うん……」
そんな訳でドライブインコーナーへ。
上里サービスエリアのお土産コーナーはすごい。
富良野メロンパン、深谷ねぎ焼きパン。
さらに、長野のワインや栗羊羹。
群馬の蚕チョコにこんにゃく団子。
栃木の油揚げ。
山梨県名産、信該餅まで何でもある。
さらには佐賀牛を使ったカレーパンまで!
「ちょ、ちょっと待って。他県に頼り過ぎだし、上里のものはないの?」
「失礼な。あるよ。ほら、こむぎっちゃんチーズケーキ」
我らがこむぎっちゃんの名を冠したチーズケーキだ。
「狭山茶を使った抹茶味もあるんだよ」
緑のパッケージは抹茶味なのだ。
「なんでこむぎっちゃんの名前付いたお菓子まで他所の名物に頼ってんのよ!上里ならではのものはないの?!」
「狭山は埼玉だからセーフなんですー!」
ももの許しがたい上里に対するディスりに、ついムキになってしまうわたし。
「あはははは…!」
いろちゃんだった。
「面白い、二人ともー」
やっと笑ってくれた。
「だ、だってももももが上里には何もないみたいに言うから」
「何かないのって言っただけ。あと、ももももって言うな」
「埼北市は江戸時代に宿場町として栄えたのが始まりだし、これでいいんだよー」
確かにそうだった。
ももからも特に反論はない。
「でも二人のおかげで元気出てきたよ」
よかった。アニメの話題は分からないけど、なんとかできたみたい。
「よーし、散歩がてらに農協行ってくるね」
いろちゃんはそう言うとお使いを果たすため、サービスエリアの敷地を出て行った。
ももとわたしもひとまずドライブインコーナーの建物を出た。
平日なのにたくさんの車が駐車している。
その奥には高速道路を行き交う車の群れ。
その空間にわたし達は歩いて立ち入っている。
「日本中のいろんなとこから来た人達と一緒にいるんだね」
「何だか不思議な感じ」
車のナンバープレートの地名も様々。見たことない地名もある。
そして遠くには黄色いエモバグが二体も。
「ほらほら、もももも。エモバグが二体もいるよー」
「ももももって言うな。………てかエモバグじゃない!」
『アンチうざい!しねー!』
『信者うざい!しねー!』
二体の抑揚のない大音量が響く。
ああ、風情も何もぶち壊しだよー!
それに何を言ってんの?アンチと信者…?
<つづく>




