第6話 流行り病と希望の力
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宿に戻ってきたギルバートにアレックスは困ったように眉を下げる。最近、ギルバートが足繁くミラという少女の元に通っていることに彼は困惑していた。
魔物の討伐で負傷した魔術師は治癒師の元で治療を受けている。魔術師の状態が回復するまでの間、騎士であるアレックス達もこの街リブルで過ごす。
仕方のないことではあるが、各領地の状況を知るアレックスとしては何とももどかしい日々でもある。
「言いたいことはわかっている。だが、気持ちばかり焦っても状況は変わることはないぞ。アレックス」
「それはそうなのですが……」
「魔術師だが、予想よりも早い回復を見せているそうだ」
「本当ですか……! 田舎の街の治癒師にそこまで腕のいい者がいたとは驚きですね。しかし、それは朗報です。早く王都に戻らねば……」
自分達が王都に戻っても状況が改善するわけではないだろう――そんな言葉をギルバートはぐっと飲み込む。
この国トゥルーシーでは今、流行り病が広がりつつある。魔物の討伐のため、王都を離れた魔術師だが彼は治癒の力を持つ者だ。そんな彼をいち早く王都に戻したいというアレックスの思いはギルバートにも理解できる。
だが、各地に広がりつつある流行り病にまず侵されるのは市井の民だ。彼らに魔術師の治癒の力が行使されることなどないだろう。
ギルバートはそんな民を見捨てる姿勢こそが、流行り病の蔓延に拍車をかけると考えていた。
「この街はまだ流行り病の気配はない。それは幸運なことだ」
「えぇ、幸いなことです。街を歩く人々も健康そのものだ。私の領地では最近、見られなくなった光景です」
各領地での状況が長く続けば、いずれは王都にはもちろん、国中に流行り病は広がっていく。そんな予測をギルバートは口にしない。
おそらく、アレックスとてそれを察してはいるのだろう。
不安や懸念を口にしても状況が改善しないことはわかっている。憂う暇があるのならばなにか解決法を探し出す。それがギルバートの考え方だ。
そしてギルバートは今、その希望となる少女を見つけ出したのだ。
魔術師の回復が著しいのは治癒師の能力ではなく、あの日、ミラが手渡してくれた付与の力を持つブレスレットのおかげであろう。
希望となる付与の力を持つ少女ミラ、しかし能力を知られれば彼女の今の生活は変わっていくことだろう。
先程まで話していた少女ミラの素直な笑顔を思い出し、ギルバートの心はちくりと痛むのであった。
*****
「ミラ、なんだか最近嬉しそうじゃない?」
「え、そう? あの、実はね! ジルのブレスレットに依頼が入ったの! 三十くらい作ってほしいって!」
「そう、それはありがたいけど……ミラ、なにか隠しているでしょう?」
「えっ! な、なにが? あたしはなにも隠してないけれどっ!」
その動揺振りでは隠し事をしていると自ら打ち明けているのと同じである。
先程まで嬉々としてジルが作った食事を口にしていたミラは、おろおろと視線を泳がせる。突然の大きな依頼とミラの動揺――ジルが答えに辿りつくのにはそう時間はかからなかった。
「誰かに付与の力を知られたんだね?」
「……なんでわかったの⁉」
目を丸くするミラにジルはため息を溢す。
ミラの秘密といえば、まずその付与の能力だ。ブレスレットの依頼が急に入ったことも含め、付与をかけて販売することを依頼されたのだろう。
「依頼なの? 強要されてるの?」
「い、依頼! ちゃんとした依頼でお金もきちんと頂く予定だから! ほら、見て! 袋にずっしり入ってる!」
「……初めはそうでも、今後は違うかもしれないでしょう?」
「き、騎士様だし、あとお肉を買ってくれたし! 話してみたけれど、そんなに悪い人じゃないと思うんだよね……」
王都から騎士が訪れていることはジルもミラから聞いている。
初めは印象が悪かったらしいが、少しずつミラの態度が軟化していくのを話を聞きながらジルも感じていた。
幼い頃から体の弱いジルとしては、その相手に会うことも出来ず、なんとももどかしい。ミラの人を見る目を信用していないわけではないが、なんとも姉は人が好過ぎるのだ。
「ミラがそこまでいうなら私も信じる。というか、もう信じるしかないでしょう? 騎士ってことは貴族だろうし、私達なんてどうとでも出来るんだから」
「ありがとう! ジル! あの、でも体調には無理をしないでね? ジルは疲れやすいんだから」
「大丈夫だよ。ミラの付与のおかげで最近は凄く体調が良いんだからさ」
にっと笑うジルにつられ、ミラも微笑む。
幼い頃は体調を崩し、一時は命も危うい状況であったジルはミラの付与の効果もあって、ここ数年は健康に過ごしている。
それでもミラは外に働きに、ジルは家のことをという長年の習慣をお互いに変えることはなかった。
「……ねぇ、ジル。その前髪、伸ばし続けるの?」
ジルの前髪は長く、目元の辺りをすっかり隠すほどだ。おまけに家でもフードを被る。料理の際など危ないと言っているのだが、ジルがその装いを変えることはない。
それは何事にも慎重なジルの性格を表していた。
「いいんだ、私はこれで。そんなことより、これからのことでしょう? さ、ごはんを食べたら早速仕事に取りかかるからね!」
「う、うん! ありがとう、ジル」
ギルバートからの依頼を受けてくれたジルに、ミラは微笑むと再び食事を始めるのだった。
ベットに潜り込んだが、なかなか眠れないミラはぼんやりとカーテンの隙間から見える夜空を見つめる。
エルザの店で販売してもらっているジルの商品にはすべて小さな付与をかけている。防寒の効果など具体的なものもあれば、「なにか良いことがあるように」といった、ささやかなものまで様々だ。
誰にも気付かれないが、手にとってくれた人々に小さな幸せが舞いおりるようにというミラの願いでもある。
屋台でジルの作ったものを購入してくれる人々、そんな客達に返せるのが感謝の言葉だけ。それ以外にもなにかしたいとちょうど思っていたとき、ジルの体調が悪化し、たった一人の家族を失いたくないミラは必死で願った。
それが魔力の顕現と全属性の付与に繋がり、今に至る。
「これまでの付与は気付かれないものだった。でも、リード様はブレスレットを何に使うんだろ? 小さな付与だし、影響があるとは思えないんだけどな。それこそ、王都の騎士様ならいろんな知り合いがいるだろうし……」
頼まれた付与は「健やかに過ごせるように」という抽象的なものである。魔力もそれほど使わないとミラは感じている。
付与した物を身につけた人の生活を大きく変えるものではないと、ミラには思えるのだ。
ミラの周りには魔力を使える者がいない。
魔力の保有者の多くは貴族であり、市井では出会うことがないのだ。そのため、ミラは自身の付与の力を他者と比較したことがない。
つまり、ミラは自身の能力の価値を正しく認識できていないのだ。
複数の物に付与をかけ、疲弊することもない。そのうえ、その付与は全属性に渡る――それがミラの能力なのだ。
王都でもそれほどの力を持った者はおらず、またそれほどの力を持つ者であれば、高位貴族の出の者、市井の者達に使おうなどとは考えないであろう。
自分の付与の力、そしてなにより心根の優しさに気付かないミラは、ぼんやりと小さな夜空を見ながら徐々に眠りに落ちていくのだった。
明日も20時に更新します。




