第5話 仕事の依頼とミラの心
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店先にあるアクセサリーや小物、その一つにギルバートは目を留める。
少し変わった編み方をしたブレスレット、それはなかなか凝っていて洒落ていた。手に取ったギルバートはミラに尋ねる。
「これは誰が作ったものなんだ?」
「あたしの妹が作ったんです!」
ギルバートの問いかけにミラはめずらしく少し笑顔を見せる。
今まで硬い表情か、不快そうな表情しか見せなかったミラの柔らかい表情に内心、ギルバートは驚く。
そんな彼の心には気付かないミラは嬉しそうに話を続けた。
「妹はちょっと照れ屋だけど、手先が器用で……ほら、見て! これも、これも妹が編んだんです!」
「売れ行きはどうだ?」
「……最近、寒くなって人があまり出歩かないでしょう? あ! でも、品物が悪いわけじゃないんですよ。あたしの売り方が悪いんだと思います。冬向けの商品の充実が必要かも……どうしましたか?」
こちらを見るギルバートの視線が柔らかいものになっていることに気付いたミラは、再び眉間に皺を寄せる。
妹の話となると嬉しそうに話す姿を微笑ましく思っただけなのだが、ミラ自身は急に優しい表情を浮かべるギルバートに戸惑ったのだ。
「いや、丁寧に作られた良い品だ。俺の提案はこのブレスレットにある」
「ジルの作った商品に……?」
ミラが呟くと同時に、ギルバートは少し離れた場所でこちらを見つめていたエルザに手を挙げる。気付いたエルザがこちらへと近付いてきた。
「このお嬢さんを少し借りていってもかまわないか?」
「なにを言っているんですか! あたしは仕事中で……!」
突然の言葉にミラは仕事を放棄できないと抗議するが、エルザは行っておいでというかのように笑顔を浮かべる。
「昼食を共に食べるだけだ。すぐに返す」
「ちゅ、昼食! それはその……騎士様のおごりですか?」
「当然だろう?」
「……わかりました! ついていきます!」
ミラの顔が昼食への期待で輝く。
こんなに素直、悪く言えば単純でこの子は大丈夫なのかとギルバートは思い、店主のエルザをちらりと見る。
これがこの子のいいところですとばかりに微笑むエルザに困惑しつつ、ギルバートはミラと共に昼食をするために出かけるのだった。
「この辺りでなにか良い店を知っているか?」
「うーん、どこでしょう? あたし、街のお店なんてほとんど入ったことがないんですよね。お店入るほどの余裕なくって……あ! あそこ、あそこ美味しいですよ!」
「お、おい、ちょっと待て!」
店を探していたミラとギルバートだが、なにかに気付いたミラがどんどんと歩き出していってしまう。
慌てて後を追うギルバートが見つけたミラは屋台の目の前で嬉しそうに指を差す。
「これ! ここのお肉、美味しいですよ!」
街のごく普通の屋台は活気があり、ミラはギルバートの方を見て微笑む。
おごってくれるのかと聞かれたギルバートは、そこそこ高価なものをねだられるのではと考えていたため、拍子抜けする思いだ。
屋台でじゅうじゅうと煙と香りを立てる串焼きの肉は確かに旨そうである。
ギルバートとしても場所を選ばず、会話できるのは好都合だ。
「わかったわかった。それを貰おう」
「あの、あのですね。騎士様」
「リード、ギルバート・リードだ」
「えっと、リード様。お願いがありましてね……」
「なんだ? 早く言うといい」
もじもじとするミラを不思議に思いながら、ギルバートは尋ねる。
屋台の肉の前で突然、恥じらう少女となんともおかしな光景だが、ここに連れてきたのがミラなのだ。なんの問題があるのかと思うギルバートにミラが思い切って打ち明ける。
「出来れば、その……妹の分を持ち帰りたいなと思っておりましてですね……」
「ぶふっ! す、好きにするといい。今食べる分と、持って帰る分で4本頼めるか?」
「へいっ! じゃあ、持ち帰り用は紙に包みますんで!」
恐縮しつつ、持ち帰り用を催促するミラに思わずギルバートは吹き出す。
金額的にも大したことではないし、屋台の肉を昼食に選んだ少女が今更それを気
にするのかというおかしさもある。
だが、ミラはギルバートを見つめ、目を輝かせている。
「2つ……? ジルの分だけじゃなく、あたしの分まで? リード様、あなたもしかしていい人なんじゃない?」
「――簡単に人に騙されそうで問題だな」
今まで警戒心を隠さなかったミラの素直な一面に、ギルバートは彼女を心配する兄のような気持ちを抱くのだった。
*****
「そうだな、麻の糸で編んだものでかまわない。大事なのは君の力だ」
「いえ! ジルだって凄いだから!」
「……そうだな。病弱なのにこのような依頼を頼むのは気が引けるのだが、頼めるか?」
「確認をとってから、お話を進めてもいいのかな?」
「もちろんだ」
肉を食べながら、ギルバートとミラは依頼内容を詰めていく。
食事をしながらということもあり、くだけた話し方になるミラにギルバートは少し安堵する。
屋台が並ぶ場所から少し離れたところではあるが、適度に周囲の話し声が聞こえ、自分達の声も他人の声に紛れる。
聞こえてはまずい話をするにはちょうど良い。
もぐもぐと口を動かしつつ、ギルバートと話を進めるミラの膝には大事そうに袋に入った肉が置かれていた。
「君の力にはなにか制限などはあるのか?」
付与の力は様々あるが、魔力を使用するため制限が多い。
付与した効力の持続性、効果など、付与師の能力によって異なるのだ。
特に制限されるのは魔力の属性。聖・火・水・風・雷・闇の6属性のどの属性を持つかによって、付与師の付与も決まるのだ。
そういったことを尋ねたギルバートにミラが返したのは予想外の答えである。
「制限っていうか……心から願わないと上手くいかない気がするの」
「心から願う――君は力を使う際、常にそう願っているのか?」
それは少々驚きの事実であった。
家族でも友人でもない客のために、毎回この少女は心から願い、付与を与えているというのだ。その寛容で優しい心にギルバートは驚愕する。
付与師を知るギルバートだが、付与を与えられる人物達は皆、それなりの地位や身分を持っている者達である。それに違和感を覚えつつ、自分自身もまた持つ側であるエドワードとしては口を挟めない問題でもあった。
付与師の力はそれだけ稀有で希少なものでもあるのだ。
なにせ、魔力を持たぬ者でもその力の恩恵を得られるのだから。
「だって、そうしないとちゃんと力が発揮できないんだもの。仕方ないでしょう?」
「いや、責めたわけではない。そこまで相手を思いやれることに驚いただけだ」
「あ、えっと……どうも?」
自身の言葉に今度は照れるミラ、話せば話すほどその素直や素朴さに気付き、ギルバートは彼女のことを案じてしまう。
初めの警戒心はどこへやら、もぐもぐと口を動かすミラはギルバートの隣ですっかり気を許しているようだ。
「あと、そうだ。抽象的でふんわりした内容にしてるかも! そうした方が力を使わないし、この能力を人に気付かれることもないしね」
「なるほど。内容によっては悪用も出来る力だからな。ちゃんと考えて力を使っているんだな。偉いぞ」
「……ありがとう」
そう呟いたミラは恥ずかしさを隠すように肉をもぐもぐと頬張る。口元にソースを付けたままで食べる姿は微笑ましい。
そんなミラにギルバートはは布の袋を差し出す。
「なんですか? これ」
「今回の依頼の金額だ。願いはそうだな……抽象的に『健やかに過ごせるように』これでどうだろう? 麻のブレスレットの数は三十程、もし可能ならばいくらあってもいい」
ずしりと重い布袋に入っているのが硬貨だと気付いたミラは真っ青だ。
本当に表情豊かな少女だと思うギルバートに慌てて、ミラが尋ねる。
「だって、まだ仕事を引き受けるか相談してないし! あと、多すぎると思うだけど!」
「君たちが引き受けてくれると信じている。それにまず、材料費というものが必要となるだろう? 前払いの方がいい」
「あ、あたしがこのお金を持ち逃げするんじゃないかって、リード様は思わないの……?」
深刻な表情でこちらを見つめるミラに、またギルバートは吹き出しそうになり、口元を押さえる。持ち逃げするような人間ならばそのようなことを尋ねはしない。おまけに口元にはまだソースがついているのだ。
「持ち逃げするのか?」
「しませんよ!」
ミラの答えと勢いにギルバートは笑いだす。
その様子を怪訝そうに見つめるミラにギルバートは微笑み、腰かけていた石段から立ち上がる。
「では、問題ないだろう? 君は持ち逃げなどしない。もし、妹さんが断るのなら、その金はきちんと返してもらおう」
「も、もちろんです! 返しますとも!」
布袋と先程買って貰った肉が入った紙袋を大事そうに抱えるミラの姿に、ギルバートはこの依頼が引き受けられることを予感していた。
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