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全属性の付与師ミラ ~そして少女は今日も願う~  作者: 芽生 1/15『裏庭のドア』3巻・コミックス1巻発売!


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第21話 ミラとジルの選択

これが最終話です。



 普段は着ない質の良い衣服に身を包んだミラの表情は強張る。

 今日、ミラとジルはギルバートに伴われ、ハワード侯爵家へと足を運んだ。

 伯爵家の血筋であるものの、平民として育って来たミラにとって貴族の家にいるのは叔父であるフォスター家にいたとき以来なのだ。

 貴族の屋敷に足を踏み入れた緊張ではなく、叔父の家での厳しい日々を思い起こし、ミラは緊張状態にあった。

 そんなミラの手を横にいるジルがそっと触れた。

 侯爵に気付かれないよう掠る程度の接触だったが、触れた手の温もりにミラは隣にいるジルを見る。

 こちらを見つめるジルの目の優しさに、ミラもかすかに口元を緩めた。


「さて、ジルにミラ。君達から知っておきたいことはあるか?」


 ジェイクは静養という形をとっているが、今後表舞台に出てくることはないだろう。跡取りのいないマッキンリー家は後継問題で慌ただしいとのことだ。

 そんな説明の後、ハワード侯爵にそう尋ねられたが、貴族を前にミラが疑問や不安を軽々に口にすることは出来ない。

 伯爵であった叔父や元婚約者の父、そしてジェイクを知るミラが、貴族という立場の持つ力を恐れるのは当然だ。

 その隣でジルが口を開く。


「本当にいいんですか? 双子、それも男女の双子を引き取るなんて」

「ジ、ジル! 言い方!」


 ジルの言葉にはどこか棘があり、そんな彼をミラが嗜めた。

 いつもとは逆になってしまっているのだが、ジルはミラを守るため、貴族である侯爵、そしてこれから面会する予定の者を見極めるつもりなのだ。

 しかし、ジルの疑問も当然のものである。

 二人は双子の兄妹、それを引き取る者への風当たりはきつくなるだろう。

 ミラとしては引き取る者に対し、迷惑ではと気がかりであった。


「今代の王妃には双子の姫君が誕生しただろう。国をあげ、双子に対する迷信を払拭していくつもりなのだ。全属性の付与師となるだろう君が、男女の双子であることは民にとっても良い影響を与えてくれると期待をしているんだ」

「ですが、私達を引き取ってくださる方にご迷惑がかかりませんか?」


 ミラの言葉に少し考えるとハワード侯爵は首を振る。


「そのような迷信を気にするような者に君達を預けることはない。なにより、その者は私が最も信頼する男なのだから」


 そうまで言い切れる者にミラとジルを預けようとする侯爵、彼の言葉にミラが驚くのだが、ジルは不満げに周囲に視線を向ける。

 情報を管理するためなのか、部屋にいる使用人の数は少ないが、ジルが不満なのはそこでない。

 重厚な侯爵家のドアからは誰も入ってこないのだ。


「その最も信頼する方のお姿がいつまで経っても見えないのですが?」

「ジル! もう……!」


 侯爵に招かれているはずのその者は未だに姿を見せない。

 双子であるミラとジルの話を拒んだのかはわからないが、約束の時間になっても現れぬのは、ハワード侯爵に対しても不義理である。

 そんなジルの言葉にハワード侯爵は軽く目を瞠った。


「……なんだ、ギルバートから聞いていないのか?」


 侯爵の言葉にミラとジルの視線は、後ろに立つギルバートへと向かう。

 普段と異なり、騎士服ではないギルバートは今日はなぜか口数が少ない。

 そんな彼はじっとミラとジルを見たが、気まずそうに目をそらしてしまう。

 怪訝そうなジルと不思議そうなミラの耳に、ハワード侯爵の言葉が耳に飛び込んでくる――それは驚きの事実だ。


「私の縁者というのはギルバートのことだ。ギルは私の弟だからな」

「えええっ!!」

「ちょっとミラ! 声が大きい! 失礼だからね!」


 驚愕を顔と声に出すミラに、慌てて声をかけたジルも驚きを隠せない。

 

「……まぁ、そういうことになるな」


 重大な事実をしれっとした表情で告げるギルバート、ミラは眉を吊り上げる。


「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!」

「言ったら君は素直に応じないだろう!」

「……えっと、それはその……」


 否定しないミラの様子に少々呆れた表情になるジルだが、ギルバートへと視線を向ける。

 

「本当にいいの? あなたはまだ未婚でしょう? そこに私達が行くのは不利益にならないんですか?」

「侯爵家を継ぐのは兄だ。だから、君達は俺の父、前ハワード侯爵の養子になる予定だ。平民からは難しいが、君達の父も伯爵家の出だからな。つまり義理の弟妹になるな」


 突然、ギルバートの縁者になると告げられたミラはおろおろとするばかりだ。


「私達にとっては良いけれど……」


 理解してはいるのだが、まだ実感の湧かないミラとジルはただ頷くことしか出来ない。たしかにミラの力が公になれば、叔父が近付いてくること。その権利を訴えてくることはわかりきっている。

 ギルバートにとって利がないのではとミラは不安げに彼を見る。

 そんな中、ハワード侯爵が口を開く。


「ミラ、そしてジル。これから君達を取り巻く環境は変わっていくことだろう。多くの悪意や敵意、嫉妬心が向けられる。利用しようとする者はそれ以上の数いるだろう」


 それはミラとジルが恐れていたことである。

 優れた力は人を救うが、同時にその力を利用し、自らのために使う者も当然現れるのだ。


「我が弟ギルバートは、そんな者達から君達を守るために私に頭を下げに来た。そんな弟とどうか上手くやってくれ」

「兄上……」


 ギルバートを見て笑うハワード侯爵に困ったようなギルバート、そのやりとりは仲の良い兄弟のものである。

 貴族である彼らの意外な一面にミラとジルは顔を見合わせて、微笑むのだった。



*****


 

 冬の晴天は清々しく、空気も澄んでいる気がするものだ。

 ハワード家の庭を歩くミラは、思いっきり息を吸いこみ、緊張をほぐす。

 ジルも疲れたのだろう。首や肩を回し、こわばりをほぐしているようだ。

 ギルバートはそんな二人の様子に笑いながらも、注意することはない。貴族の暮らしが窮屈なものだと彼自身も知っているからだ。

 そんなギルバートにくるりと振り向いたミラが問いかける。


「あ、あの、リード様!」

「なんだ?」

 

 今後のことで気になることでもあったのだろうかと、ギルバートはミラを見る。

 ミラとジル、こうして横に立つとたしかに似てはいるが、その眼差しや表情はそれぞれに異なる。

 なぜかギルバートはあの二匹の白い子猫を思い出す。

 おとなしい子猫とやんちゃな子猫、よく似ているが対照的な二匹である。


「これからあたし、リード様のことをお兄さまって呼ばなきゃならないんですか⁉」


 ミラの問いかけにギルバートはぎょっとする。

 ミラとジルが父の養子になるのならば、ギルバートにとっては弟妹である。そのギルバートを兄と呼ぶのは問題がないはずなのだが――。


「な……! お、俺が兄……! いや、たしかに戸籍上は? ちょ、ちょっと待て……いや、いい。いいんだが、お兄様と呼ばれる心の準備はだなぁ……」

「そうだよ、ミラ! ミラには私という兄がいるんだからね!」


 ギルバートはハワード家の末に生まれたため、弟妹はいない。

 自分で決めたことながら、兄と呼ばれることに慣れず、うろたえてしまうのだ。

 一方、ジルにしてみれば長年共に過ごした妹が、突如現れた男を兄と呼び出したのだから、たまったものではない。


「いや、ミラ。他にはないのか? 今後の不安とか、必要な物とか、なんでも気兼ねなく話すといい」


 心配すべきことは他にも多くある。兄であるハワード侯爵の言葉通り、二人の周りでは大きな変化が起きていくだろう。

 なにより、ミラ自身がその付与の能力で変化をもたらすのだ。

 ギルバートの表情は引き締まる。ミラがなにを欲し、不安を抱いているのか、気がかりでもあったのだ。

 急に眉を寄せ、不安そうなミラがギルバートに尋ねる。


「あの……双子の猫も連れて行っていいですか?」

「そ、そんなことか? 王都の屋敷は広い。猫の二匹くらい問題はないぞ」

「うわぁ! リード様、ありがとうございます!」


 顔をほころばせるミラの願いにつられ、ギルバートも表情を緩める。

 たしかに兄さまという呼び名も悪くない。弟妹になるのだ。リード様と呼ぶのは周囲が疑問に思うことだろう。


「いや、リードではなく違う呼び名を……」

「は? そうやってミラの兄の立場を奪うつもりですか⁉」

「落ち着け。君も兄、俺は義兄でいいだろう!」

「呼び方は大事でしょう!」

 

 ミラのこととなるとどうにもジルは冷静さに欠ける。

 ある意味で少年らしさでもあるのだが、ギルバートは額を押さえる。


「いいか、俺のことを兄と慕う必要はない」


 当然だと言わんばかりのジルと心配そうなミラ、よく似た顔をした愛らしい双子をギルバートはじっと見つめる。

 これから二人を守る覚悟でギルバートは二人を引き受けたのだ。


「だが、これからの君達の未来を二人で抱え込まないでほしい」

「…………私達の未来?」


 二人で支え合い、助け合いながら生きてきたミラとジル。

 だが、そんな日々を支えてくれた者達も周囲にはいたのだ。

 あの日、ジェイクに囚われたジルを助けに来てくれた人々、長く面倒を見てくれたエルザがミラにはいた。

 誰かに頼る、力を借りる――それは今後も二人には必要になるだろう。

 ミラとジルを認め、手を差し伸べてくれたギルバートもそんな一人だ。

 ミラはもちろん、ジルもまた、少しずつだが信頼を寄せている。


「はい! なにかあったらすぐに相談します!」

「まぁ、ミラと話した後で教えてもいいけどさ」

「あぁ、そうしてくれ」


 全属性の付与師ミラ、稀代の付与師となる彼女の力によって流行り病は激減する。

 水への付与を通し、幅広い地域での対策を行ったのだ。ブレスレットは彼女を象徴する存在となり、人気を集めた。

 男女の双子への意識も次第に変わっていくことだろう。


 大いなる力を持つミラはその力を惜しむことはない。平民であろうとも貴族であろうとも、彼女の基準は変わらない。 

 今、最も自らの付与を必要とするために、能力を使うのだ。

 全属性の付与師ミラは、今日も人々のためにその力を使う。



始めの数話だけ書いてそのまま眠っていたお話です。

それを今回、書いてみました。

こうして最後までお届けできてよかったと思っています。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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