19話 姉妹の真実
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連れ去られた少女が目を開けたのは古びた家屋の中だ。
身動きできないように縄で両腕が縛られており、その痛みに眉を顰める。
「ごめんね、ミラ。使用人達が君に手荒な真似をしたようだ」
そう言ってこちらへと近付いてくる青年は、状況に似つかわしくない穏やかな笑みを湛えて少女を見つめる。
そう思うのは他の男達も同じなのだろう。戸惑った表情や互いに顔を見合わせる様子からもそれが伝わる。
廃屋なのだろうか、冷たい木の床だが、少女の下にはラグが敷いてある。目の前の青年が少女を見て、にこりと笑う。
「僕がわかる? ジェイク……、ジェイク・マッキンリーだよ」
「……ジェイク? どうして……」
ジェイク・マッキンリー、ミラの婚約者であった少年だ。全属性の能力が顕現しなかったことを理由に一方的に破棄されたのだ。その名を忘れることなどない。
しかし、名を呼ばれた青年は幸福そうに微笑む。
「どうしてって、君に会いたくてだよ、ミラ」
拘束されたまま、自分を見る少女の髪をジェイクはそっと撫でる。
少女の薄茶の髪に、こげ茶色の意志のある瞳は昔と変わらない。
再びあの頃に戻れるのだとジェイクは安心させるように少女に伝える。
「君には気の毒なことをしたと思っているんだ。でも、もう邪魔をする父上はいない。これからは君と一緒に過ごせるんだ……!」
そう言って笑うジェイクに少女は戸惑う。
先程、ジェイクは周囲の男達を使用人と口にした。たしかに周りの男達は身だしなみも整い、自分が手を貸した荒事に戸惑っているかのようだ。
微笑み、満足げなジェイクと、戸惑い、次に何をすればよいのかもわからぬ使用人達、奇妙な空気に少女も気付く。
なにより、少女はジェイクに言わねばならぬことがある。
ジェイクが過去に犯した決断のことだ。
「……あの日、あなたは私を見捨てたでしょう?」
「――それは……」
そう、ミラとの婚約が破棄されたのはジェイクも同意の上のはずなのだ。
「仕方がなかったんだよ。僕も心が引き裂かれそうなほど苦しかった……。でも、再びこのブレスレットを見たとき、君との運命を感じたよ! 君も僕に会いたくて、このブレスレットを王都で広めたんだよね⁉」
そういうジェイクの腕には古びたブレスレットがある。
ミラがかつて彼に贈ったものである。あの頃以降、持ち続けていたのなら、彼の中にミラを思う気持ちがあったというのは、まったくの嘘でもないのだろう。
しかし、ミラを傷付け、見放したのもまた事実なのだ。
ジェイクの身勝手で歪んだ愛情を前に、少女は深いため息を溢す。
「……私は貴族ではないし、あなたとは生きられないわ」
「大丈夫だよ! これがあるんだから」
そう言って嬉しそうにジェイクは右腕を差し出す。
怪訝そうな少女を前に、嬉々としてジェイクは言葉を続ける。
「今、王都では評判の君のブレスレット、これに属性の付与をかけているんだろう? 君の能力は目覚めたんだ!」
その言葉に周囲の男達は眉をよせ、顔を見合わせる。
付与の力は希少なものだ。一度、教会で力がないと言われたミラ、この華奢な少女にそのような力があるなど、信じられる話ではないのだ。
彼らの視線がそう語る。ジェイクの行動が行き過ぎたものだと知りながらも、使用人である彼らには止めることなど出来ないのだろう。
彼らから少女に注がれる視線にはどこか気の毒そうなものがある。
しかし、ジェイクの言葉は真実にかなり近いものである。
付与、それも全属性の付与などという希少な能力をミラは持っているのだ。
「ねぇ、ミラ。僕らの未来のために能力を使ってくれないか?」
優しい眼差しでジェイクはさらに少女に近付く。
自身に向けられる少女の鋭い視線など、気にすることもない。
今のジェイクに見えるのは都合のいい出来事ばかりなのだろう。
「今の僕には父上のような求心力も人脈もない。けれど、君と一緒なら、マッキンリー伯爵家を背負っていける」
もし、彼のいうような能力を持つ少女がいたならば、伯爵家などではなく、侯爵、あるいは公爵家の管理下に置かれるだろう。
場合によっては教会、王家が口を挟む事案だ。
どこまでも自分に都合がよく、甘い見通ししかないジェイクに少女がくすりと笑う。
「……それは出来ないな」
「なぜ? 君は今、自分がどんな状況にあるかを理解しているの⁉」
ジェイクの声が上擦り、使用人達に緊張が走る。
不安定でなにをするかが読めないジェイクは父のゴードンより、ある意味では恐ろしい存在なのだ。
しかし、少女は動揺することもない。
怒りで揺れるジェイクの瞳を見つめ返し、口を開く。
「うん、私はどうなってもかまわない」
予想外の言葉にジェイクは苛立ち、爪を噛む。
華奢で小柄な少女の豪胆さに驚く周囲の者達は強張る表情で、二人を見つめる。
「ミラが無事ならそれでいい。私はずっとそう思って生きてきたからね」
「? なにを……なにを言っているんだ?」
動揺したのはジェイクだけではない。少女の言葉の意味がわからず、ざわざわと周囲の者達にも不安が広がっていく。
両腕を後ろ手に結ばれたまま、大胆に座る少女がにやりと笑う。
その顔はジェイクが知るミラの面影を残すにもかかわらず、全く異なる印象だ。
「簡単な話だよ。私はミラじゃない」
薄茶の長い髪とこげ茶色の瞳の少女は不敵に笑う。
彼女の髪の長さは肩までだ。ミラの髪は腰まで長い。
顔立ちもまったく同じだが、その笑みにはミラにはないしたたかさがある。
「私はジル。彼女の……ミラの双子の兄だよ」
にやりと笑うジルと名乗る少年に、ジェイクも周囲の男達も言葉を失うのだった。
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