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全属性の付与師ミラ ~そして少女は今日も願う~  作者: 芽生 1/15『裏庭のドア』3巻・コミックス1巻発売!


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第18話 忍び寄る悪意

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

お楽しみ頂けていたら嬉しいです。





 その晩、ミラとジルは少ない荷物を整理し、長く暮らしたこの家を去る準備を始めた。必要な物は向こうの屋敷で揃えてくれるというのだが、その言葉にどこまで甘えていいものかと判断に悩む。

 思い入れのある服や小物など、ふとしたことで懐かしい姉妹の思い出話に花が咲き、なかなか支度は思うように進まない。


「……ごめんね、ジル」

「なに言ってるの? ミラの付与の力で、皆を救うためにこの家を出るんだから、誇らしいことなんだよ。きっと、父さんも母さんもそう言ってくれる」

「……ありがとう、ジル」


 そう言いながらもミラの瞳からは、ぽろりぽろりと涙が零れていく。

 その涙を拭ったジルがミラの顔を覗きこんで笑う。


「だからもう泣かないで」

「だってあたしのせいでジルまで巻き込んで……貴族なんて嫌いでしょ、ジル」

「そうだね、嫌いだ」


 即答するジルにミラは言葉を詰まらせる。


「でも、大事なのはミラだよ」


 そう言ってジルは支度を続ける。

 姉妹であっても性格も服の好みもまるで違う。

 ミラと違ってジルは落ち着いた飾り気のない服を好むのだ。それを丁寧に折り畳み、鞄へと詰めていく。


「それにリードっていう人のことなら、少しは信じてもいいかなって思ってるんだ」


 ジルの言葉にミラは目を瞠る。

 ミラと比べれば、慎重なジルが貴族であるギルバートを信じても良いと口にしたのだ。ミラの驚きも当然のものだ。

 驚くミラを横目で見たジルはくすりと笑う。


「なによりね、これからもずっとミラと一緒ならそれで十分だよ」

「あたしも! あたしもずっとジルと一緒がいい!」


 ジルの言葉にミラはすぐに自分の思いも口にする。

 こちらを見つめるミラのまっすぐでキラキラと輝く瞳。純粋なこの光を失うことのないように傍にいて彼女を守りたいと、ジルは切に願う。

 

「んみゃ、みゃう」

「そうだね、忘れちゃいけない。君達も一緒だね」


 小さな双子の子猫は健やかに育っている。

 オスとメスの双子は不吉だと言うが、二匹がこの家に来てからというもの、ミラとジルの笑顔は増えるばかりだ。

 ちょっとやんちゃな子猫とおっとりした子猫の、じゃれ合う様子に二人も笑みが零れる。

 静かな夜、街外れのミラとジルの家には笑い声と子猫の鳴き声で満ちていた。



*****

 

 人払いを済ませた部屋でハワード侯爵はギルバートが口にした言葉を反芻する。

 重要な案件だと認識していたが、彼から告げられた事実は想定外だ。

 額を手で押さえ、ハワード侯爵はため息交じりに呟いた。


「全属性の付与師とは……」


 そう呟いた後、言葉が続かないハワード侯爵だが、それも無理はないことだ。

 付与師自体が希少である中、まして全属性など歴史に名を残す者ばかりなのだ。

 ギルバートより、付与師を見つけたと報告を受けていたのだが、全属性とは聞いていない。

 今、王都にいる付与師達は多くて4、5属性持ち、全属性の付与師の発見が波乱を呼ぶことは必至なのだ。

 それを告げずにいた男は顔色を変えず、目の前にいる。


「彼女とその家族を保護する必要があります。国や教会に奪われる前に」

「だが、いかに私の縁者となろうとも、彼らはその力を欲するだろう――まったく、なんていうことに巻き込むつもりだ? ギル」


 名前の呼び方や砕けた言い方からも二人の親しさが漏れ伝わる。

 ここにいるのは信頼が出来る使用人のみだ。二人のやりとりに、重大な内容にもかかわらず、懐かしい思いになる者も多い。

 ハワード侯爵の言葉に悪びれた様子もなく、ギルバートは口を開く。


「あの少女はハワード侯爵家の領地におります。かかわらずにいることは難しいでしょう」

 

 ミラとジルがこのハワード侯爵領地にいることは幸運であった。

 ハワード侯爵家が豊かな領地を持つことや、侯爵の叔父が公爵家の生まれで会ったことなど王家との繋がりもある。ミラ達を守るには彼の力を借りる必要があるとギルバートは考えていた。


「……お前自身もその渦中に身を投じることになるんだぞ」

「いえ、渦を巻き起こすのが残念ながら、私自身になりますね」


 人を食った答えだが、ハワード侯爵は気を悪くした様子もなく、ギルバートを心配そうに見つめる。ここ数年、会うことはなかった侯爵とギルバートだが、変わらぬ信頼感が二人の間にはあるのだ。


「昔から思っていたが、どうしてそうも無謀に生きるのだ」

「魔力を持たず、貴族の家に生まれたときより、普通の生き方は諦めておりますゆえ」

「ギルバート!」


 叱責したかのようなハワード侯爵だが、眉根を寄せる彼の瞳は悲しげだ。

 彼が心底、ギルバートを案じていることは重々承知だ。

 そんな彼を撒き込むことに心苦しさを覚えぬわけではないが、ハワード侯爵家の力がミラ達を守るには必要なのだ。

 ギルバートの眼差しには決意が光る。ハワード侯爵は深いため息を溢す。これ以上、なにを言っても彼の心は変わらないだろう。

 そう思ったハワード侯爵はギルバートに退出を促すのだった。

 


「なんかね。最近、誰かにつけられている気がするんだよね」

「……は?」


 夕食の途中で何気なくミラが呟いた言葉にジルは青ざめる。

 もぐもぐと食事を続けるミラに慌ててジルは問いかける。


「なにご飯食べてるの! 大変じゃない! いつから!」

「いや、気のせいかもしれないし……」

「気のせいならそれでいいの! ブレスレットのこともあるし、気をつけるべきでしょう!」


 希少な力を持つミラだが、ジルと離れて暮らした時間のせいか、どうにも自分自身への自信がないのだ。

 全属性の付与が知られていなくとも、今話題のブレスレットを販売したことで注目される可能性もある。気をつけて損があるわけではないのだ。


「な、なんか、そう言われると怖くなってきちゃった……。今日は一緒に寝てね、ジル」

「それはいや。一緒の部屋なんだからそれだけでいいでしょ?」

「え! じゃ、じゃあさ、トイレのときは起こしていいよね?」

「……どうかな」

「え、ジル! いいよね? ね?」


 注意を促したつもりが、ミラを怖がらせてしまったらしい。

 ジルが言っているのは他人への注意であり、お化けやモンスターの類の話ではないのだが。

 しかし、こんなミラと一緒だからこそ、体の弱さに悩みつつもジルは穏やかに過ごして来れたのだとも思うのだ。


「いいよ。仕方ないからね」

「ありがとう! ジル!」

「でも、本当に気をつけるんだよ」


 

 それから数日経った夕方のこと、ミラとジルの部屋にも強い日が差し込む。

 夕焼けのせいで長い影が伸びる中、二匹の子猫はお腹が空いたのだろう。みゃうみゃうと夕食を催促し出す。

 くすくすと笑う少女は自身の影に重なる大きな影に気付き、咄嗟に声を上げようとする。しかし、ぐっと力強い腕で押さえられ、華奢な少女では振りほどくことすらできない。

 数人の男達にあっという間に攫われてしまう少女、みゃうみゃうと不安げに鳴く二匹の子猫だけが夕日の差し込む部屋に残されるのだった。

 


6月に入りましたね。

季節が過ぎるのがあっという間で驚いてしまいます。

明日も更新です。

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