想定外
「あいつで最後か?」
今、巌窟のダンジョンの入り口付近にいた探索者が25wave目、最後のオークを倒した。
これでもう今回の魔物暴走でダンジョンからモンスターが出てくることはない。
だから、あとは今頃復活して魔物暴走の要になっているはずのハイオークを倒して、多賀谷を確保すれば良いだけ。
まあ、多賀谷は生きてるかはわからないけどな。
魔物暴走を起こしたのは多賀谷だけどそれでオークに襲われないとは限らないし。
さてと、今頃ダンジョン周辺の探索者も集合して、ボスのハイオークを倒しに行くためのパーティーを編成し始めてるはず。
俺もそっちに参加しよう。
「ん?……ん~~~?」
ビルの屋上から飛び降りようとしたところで、見えてはいけないものが見えてしまった気がする。
いや、お化けとかではないんだけど。
「……いやなんでまだ出てきてんの?」
まだ巌窟のダンジョンからは赤いオーラを出しているオークが出て来ていた。
なんで……?
さっきので25wave終わったはずだから、オークがダンジョンから出てくるわけないはずだ。
まさかこの魔物暴走自体が、異常事態だからか?
だとするとさっきの俺の嫌な考えが当たってることになるんだけど……
俺の嫌な考え……それは多賀谷の使っていた【憤怒】のスキル。あのスキルがダンジョン自体に影響を与えるスキルだということ。
正直、魔物暴走とあのオークが出していた赤いオーラからそうじゃないかな?って考えてはいたけどさぁ……
そうだとしたら、マジでヤバいことになるぞ。
今までの魔物暴走の絶対的なルールだった、モンスターが出てくるwave数の上限。
それが無くなる、または回数が増えてるということは、魔物暴走のオークが無限に出てくるということになる。
そうなったら、いくらダンジョンの近くにいる探索者がレベルが高かったとしても、いつかはモンスターに押し潰されてしまうだろう。
つまり、早くしないと巌窟のダンジョンにいる探索者が全滅してしまう。
もちろん、これはあくまで可能性の話だ。
だけど、多賀谷が魔物暴走の原因であるのは間違いないだろ。
ダンジョン周辺で集まっていた探索者達も、異変に気づいてオークとの戦いに戻っている。
俺も参加しないとこれはまずい。
俺が数を減らさないと、その分探索者が危なくなるから俺はもちろん、他の探索者も多賀谷のところに行く余裕なんてない。
……援軍さーーーん!!!ハリーアーップ!!!
***
「これで30wave……ちょっと厳しくなってきたな」
オークは確かに倒せる。でも、数が多いし、何より強さが上がっている。
一応探索者達もオークを相手にしてレベルが上がってステータスも上昇しているはずなのに、押し返せない。
「援軍は……うん?」
【鷹の目】で視力の上がっている俺の視界に捉えられたのは、戦場に近づいてきている複数の車。
あれは……援軍か!
やっと……てか遅い!
「やっと来た……」
車は全部で3台。
その車が停まったのは、オークの群れのすぐそば。
もちろん近くに停まったんだからオークの標的にされないわけもなく、オークが車に近づこうとしたけど――
――その場で倒れた。
それと同時に、車の扉が開いて中から出てきたのは、様々な武器を持った探索者達。
既に一人、オークを仕留めていて、他の探索者もそれぞれ一体ずつ倒し始めている。
オークを倒している強さからして全員Cランクモンスターを倒せるぐらいはあると思う。
だけど、強さとしてはDランクダンジョンの強化されたボスモンスターにはギリギリ勝てない。
そんな感じかな?
だけどこれなら……
「俺も近づいても大丈夫そうだな」
俺の【捕捉】を最大限活かすために、見晴らしの良いビルの屋上からオークを倒してたけど、その必要もなくなった。
最後に三本矢を射ち出してからビルの屋上から降りて、ダンジョン周辺の探索者に合流するために駆け出していく。
「凛!莉奈!杏樹!」
巌窟のダンジョンに近づくと、そこにはそれぞれが仕事をしている三人がいた。
凛と杏樹はオークを相手にして戦い、莉奈は光を怪我した探索者に飛ばして回復させている。
俺はとりあえず【魔法矢】を走りながら射ち出して凛達と戦ってるオークを倒しながら、凛達の方へ走る。
「あ!天宮さん!ありがとー!」
「あまみーお疲れ」
「あ、ありがとうございます」
俺が合流すると、すぐに三人とも俺にお礼を言う。
それにしても、みんな随分と戦い慣れてきたな。
凛も今回ばかりはユニークスキルを隠してる場合じゃないと判断したのか、【神速】を使っていて薄く体が発光している。
多分だけど、杏樹も【解析】を使ってくれてるみたいだし、莉奈に至っては回復しながらちょくちょくメイスでぶん殴ってるのを見かけた。
もうオーク相手だとこれくらいの戦闘は当たり前になってるよな。
あの赤いオーラでステータスが強化されてるのに凄いよほんと。
いや、マジで同じ頃の俺のことを考えたら……
うん。止めよう。悲しくなってきた。
「よし、じゃあ援軍もきたしあと少し耐えれば良いんだ!頑張るか!」
そう言って再びオークに向かって弓を構える。
そして、援軍で来ていた探索者は一人を残して全員がダンジョンの中に入って行った。
残った探索者の人は、ムキムキのロングヘアーの男性。
防具をしているけど、それも上半身だけで、それもギッチギチで今にも弾け飛びそうな感じだ。
武器は持ってないから魔法か徒手空拳で戦うんだろうけど……うん。あの体からしてまず間違いなく徒手空拳だな。
だけど、一人ってことは本当に最低限の戦力を残してボスの討伐と多賀谷の確保に行くつもりなのかな?
まあ、一人残してくれるなら大分楽になるし別に良いんだけど……なんだろうな?
なんか嫌な予感がする。
なんか危険という感じの嫌な予感じゃなくて、上手く言えないんだけど……う~ん。なんだろうこの感じ。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない。ただ嫌な感じがするだけ」
「嫌な感じですか?……そ、それって、どういう……?」
そんな会話を近くにいた莉奈としていると、突然男性が叫んだ。
「さあ!君たち今すぐ僕から離れたまえ!巻き込まれても責任は取れないぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、男性がポーズをーー所謂サイドチェストを決めると、Tシャツと防具が弾けとんだ。
「……はい?」
「き、きゃー!!!」
突然の出来事に頭が追いつかず、呆然としてしまう俺と、顔を真っ赤にして叫ぶ莉奈。
そして、男性はそれを気にすることなく、よくみるような形の瓶に入った香水らしきものをズボンのポケットから取り出した。
「これが僕の力だ!さぁ行くぞオークども!【臭気砲】ーーーーーーッ!!!」
次の瞬間、男性がその瓶の吹き出し口を取り、頭から香水を被る。
すると、体から強烈な匂いが吹き出し、辺り一面がフローラルな香りに包まれた。
いや、包まれるというレベルではない。
咄嗟に鼻を摘まんだけど、それでも鼻の中に残る鼻が曲がりそうになるほど酷く濃い匂い。
しかもそれを嗅いだオーク達は、急に動きを止めて悶え苦しんでそのまま次々と動かなくなっている。
「なんだあれ……」
「わかんない……」
流石に俺も近づいてきていた凛に質問されたけど、正直俺も何が起きたのかわからない。
ただ一つわかるのは、あの男性はオーク達に大ダメージを与えただけじゃなくて、しっかり仕留めているということ。
「ふっ……今の僕は無敵だ。この僕のユニークスキル、臭気砲は僕自身の香りを最大限まで高めることによって、相手の嗅覚を破壊する。
ここは町だから香水にしたが……ふっ。ダンジョンならばもっと威力が高いものを使うところだったよ」
…………うん。これは関わらないようにしよう。
明らかにヤバそうだし、今の言葉を聞く感じダンジョンの中だともっと匂いがとんでもないことになるんだろ?
「す、凄いですね……あんな技見たことありません……」
「ああ。確かにすごい。だけど、俺はもう絶対に近づかないと思う」
「それは……そうですね」
というか匂いだけでモンスターを倒すって……
ユニークスキルって言ってたし、はじめの頃は俺と同じようなバカにされるようなスキルだっただろうにあそこまで強力になるものなのか。
まあ、今回はモンスターが嗅覚に優れていたオークだったのも匂いだけで倒せた要因の一つなんだろうな。
さすがに嗅覚に優れてない、というかトレントとかの嗅覚が無いようなモンスターには通用しないでしょ。
……通用しないよな?
まあ、オークが匂いで死んだのは多分だけど、モンスターは人より五感が優れていることが多いから、あの匂いでショック死とかしてるのかな?
バカみたいな理由だけどそれぐらいしか思いつかないんだけど、今のところそれが一番有力な説だと思う。
だって、それ以外で倒すってどうやって?無理でしょ?
「おや?また出てきたのかい?臭気砲!」
そして、何度も香水を頭から被りながら、ダンジョンから出てくるオークを倒し続ける男性。
もうあの人に任せて俺も多賀谷確保に行っちゃダメか?と思ってしまったのは間違ってないと思う。
だけどもう援軍に来たパーティーが行ってるし、俺が今さら行ってもお前何しに来たの?って言われて終わりだ。
そんなわけでひたすら匂いに殺られるオークを、ずっと鼻を摘まんでさっきまで戦ってた探索者達と見続けるのだった。




