子守妖精の旅行準備とジゼルの帰還
収穫祭はミルシェを三羽烏亭へとお使いに出し、皿焼きを買って来てもらうぐらいで終わる。
レオナルドには祭りを回りたいようなら付き合うと言われていたのだが、これは断っていた。
祭りといえば、警備に携わる黒騎士が忙しい日でもある。
そんな日に黒騎士の長であるレオナルドを連れ回すのはどうかと思うし、酷い目にも、悲しい目にもあった収穫祭に、わざわざ出向きたいとも思ってはいない。
さすがに毎回誘拐騒ぎに巻き込まれるとは思わないが、それでももう二、三年は収穫祭という行事に近づきたくないのが正直な気持ちだ。
「……あれ? でも、収穫祭なのにサリーサは結婚しないのですか?」
闘技大会で見事パールからの求婚を勝ち取っていただろう、と聞いてみると、まだ二人で住むための部屋が見つかっていないらしい。
パールは砦の仕事で忙しかったし、基本的にサリーサは私の側にいる。
二人揃って部屋を探しに出かける、ということ自体が難しいのだ。
「言ってくれればお休みを許可しますから、遠慮はしないでくださいね」
「ありがとうございます。ですが、それほど焦ってはいませんので、部屋については二人でのんびり探していきます」
付け足すのなら、今年の冬のレオナルドの滞在先はマンデーズ砦だ。
レオナルドの護衛にパールが付くことになったので、サリーサもレオナルドに同行してパールをアリーサとイリダルに紹介する手はずを整えているらしい。
「レオナルド様は、今年はマンデーズですか。……わたくしも付いて行けたらいいのですが」
「今年はクリスティーナ様もご一緒だと、レオナルド様がおっしゃられていましたよ。その予定で準備を進めています」
「……わたくしはそのお話を、今初めて聞いたのですが」
昨年のように館から出られない、という状態は脱したので、レオナルドも私を連れて行く気になったのだろう。
というよりも、グルノールに私を置いていけば、知らないうちにマンデーズ館へと来ている可能性があるからかもしれない。
冬の間私から目を離すより、目の届くところに置いて安心したいのだろう。
……子守妖精が犯人だと思われる謎の長距離移動は、ここのところおとなしかったからね。
子守妖精をある程度操作できるサリーサがレオナルドに同行するので、私を館には残しておけなくなったということもあるかもしれない。
なんにせよ、レオナルドの冬の移動に付いて行けるのなら万々歳だ。
「冬は旅行するみたいですよ、カリーサはどうしますか?」
鉢植えのエノメナの花から生まれた妖精である以上、あまり鉢から離れられないのではないだろうか。
なんとなくそう思って子守妖精に聞いてみたところ、子守妖精は腕を組んでうんうんと考え込んだ後、空の鉢を持って来た。
この鉢は、今年の春華祭にレオナルドが私にくれたエノメナの花が咲いていた鉢だ。
「……え? 鉢の土を、こっちの鉢に移すの?」
小さなスコップを持ってドールハウスの飾られた鉢から空の鉢へと土を移し始めた子守妖精に、困惑しつつも確認を取る。
子守妖精は小さく何度も頷くので、土を鉢へ移す、で間違いないのだろう。
「この鉢の土には、カリーサが眠ってるんだけどなぁ……?」
子守妖精の要請とはいえ、カリーサの遺骨を掘り返すのはどうなのだろうか、と疑問に思いつつも、子守妖精の作業を手伝う。
子守妖精の手にした小さなスコップでは、鉢へと土を移す作業が一晩かかっても終わりそうにないからだ。
バルトからスコップを借りてくると、鉢への土の移動は一瞬で終わる。
鉢へ土を入れてどうするのか、と思っていると、子守妖精は小さなスコップで自分が生まれてきた花の根元を掘り始めた。
今度の作業は根を傷つけないよう細やかな気遣いが必要になるので、私が手伝うことはできない。
しばらく子守妖精の作業を見守っていると、子守妖精はエノメナの花の根元から小さな球根を掘り出した。
「……この球根を、こっちの鉢に植えるの?」
自信満々といった表情で球根を掲げ持つ子守妖精に、一応の確認をしてみると、子守妖精はこくこくと何度も頷く。
促されるまま鉢へと小さな球根を植えれば、作業は終了だ。
土をならす意味を込めて水をかけると、黒く湿った土の上で子守妖精がクルクルと踊る。
可愛いな、と子守妖精の踊りを眺めていられたのは、踊りが終わるまでのわずかな時間だ。
ピタッと子守妖精の足が止まり、可愛らしい妖精の踊りが終わる。
すると、植えたばかりの土からにゅっとエノメナの芽が生えてきた。
「うわぁお。またアルフさんが頭抱えそうな案件が……まあ、いいか」
そろそろアルフも慣れただろう、と一瞬で生えたエノメナの芽については考えないことにする。
とにかく、これで子守妖精の旅行準備は完了だ。
秋の終わりが近づいてくると、コーディが到着した、とミルシェが報せを持って来た。
コーディといえば、ジャン=ジャックとジゼルを迎えに行ったはずだ、と慌てて玄関ホールへ向かうと、丁度ジャン=ジャックとジゼルが入ってくるところだったらしい。
コーディの姿がないのは、荷馬車をランヴァルドにでも預けているのだろう。
カルロッタから「いい雰囲気になっている」と聞いていたジャン=ジャックとジゼルは、確かにいい雰囲気だ。
そっとジゼルの手にジャン=ジャックの手が添えられてエスコートしているのだが、気になるのはそんなことではない。
「なんでジゼルのお腹がまんまるなのですか!?」
「挨拶もなしに聞くことはそれかよっ!!」
「むしろ他に何を聞くんですか!?」
久しぶりにスポンッと淑女が逃げて素の私が飛び出す。
それぐらいの衝撃が、ジゼルの外見の変化にあった。
私の感覚としては約四年ぶりに会うジゼルなのだが、その腹部は不自然に膨らんでいる。
顔や腕に肉が付く肥満とは明らかに違った膨らみ方で、下腹部だけが丸々と前に突き出ていた。
「なんで腹が膨れてるつーンなら、そら、ガキにゃ聞かせられねェな」
「十七歳になったのでガキではありませんが、そこは省略してくれていいです。なんでそんなことになったのか、手短にご説明願います」
ジゼルは国王から借り受けている護衛だぞ、とジャン=ジャックを睨みつける。
まさか王都にいるはずのジゼルの両親も、知らぬ間に自分の娘が妊娠しているだなんて思わないだろう。
私としては、お預かりしていた他所の娘さんが知らぬ間に孕まされていた、といった感覚だ。
「そうだな、ザックリ言うと――」
ジャン=ジャックの言うことには、ジゼルはイヴィジア王国へと帰りたがらなかったらしい。
理由としては、ジゼルの実力不足が原因だったようだ。
騎士である自分が護衛の役目を果たせていたのなら、私が誘拐されることはなかった。
心を失くすことも、筋力を失うことも、どんどん痩せ衰えていくこともなかった、と自分の無力さをずっと責めていたのだとか。
騎士として役に立てず、一本とはいえ指を失って傷物の娘となっては、これまで以上に伴侶など見つからない。
イヴィジア王国に戻ったとしても、白騎士を辞めて領地に引き籠るぐらいしかできることはない、と悲観していたようだ。
「……んで、口説き落としてきた。だったら俺様の嫁にしてやるから、帰るぞってな具合で」
「どこがどう繋がってそうなるのかは解りませんが、これだけは判りますよ。口説いただけでジゼルのお腹は膨れません。……ちゃんと責任を取るつもりがあるのでしょうね?」
口から出任せを言ったのではないのか、とジャン=ジャックを睨む。
ジゼルとジャン=ジャックの間に何があったのかはわからないが、私にとってジャン=ジャックは子どもをからかう少し軽薄な大人だ。
生真面目で少々要領の悪い、ジゼルを任せるのに最適な相手だとは思えなかった。
「責任もなにも、腹に俺のガキがいンだから、これはもう俺の嫁だろ」
「綺麗にすっぱり言い切りましたね。貴族と結婚する、ってそう簡単にはいかないと思いますが……」
少なくともジゼルを妻に迎えるためには、あるいはジゼルの婿に納まるためには、それなりの功績が必要になるはずである、と指摘する。
華爵の三代目であるジゼルは、自身の手で功績を挙げるが、功績を持った婿を得なければ、子どもが平民になることになっていた。
ジゼルは半分以上功績を諦めていたので、夫は平民のジャン=ジャックでもいいのかもしれないが、だからといって本当に全部諦められるものではないだろう。
「……功績についちゃ、ちょっと心当たりがある」
ポンポン、と腰に下げた小さな鞄をジャン=ジャックが叩く。
肌身離さず持っているために腰へ下げたのか、小物は入りそうだが旅の必需品であろう携帯食料や毛布といった大物は入らない大きさの鞄だ。
まずはレオナルドに報告がある、と言ってジャン=ジャックはジゼルを置いてグルノール砦へと向かう。
身重の体で放り出されたジゼルはやや驚いていたものの、ジャン=ジャックの行動にはもう慣れているようだ。
なんとなく幸せそうな顔をしてジャン=ジャックを見送った後、私へと視線を戻して複雑そうな顔をした。
複雑というよりは、気まずいのかもしれない。
ようやく姿を見せたかと思えば、お腹が丸く膨れているのだ。
私だったら気まずすぎる。
「クリスティーナ様、あの……なんと言いますか……」
「とりあえず、座りましょう。お腹が重そうですし、玄関で体を冷やしても困りますからね」
ジゼルが使っていた客間を暖めるようサリーサに指示を出し、部屋が暖まるまではと応接室へジゼルを案内した。
ジャン=ジャックとのなれ初めとその他についての尋問は、長旅で疲れているはずの妊婦の体を労わった後である。
思ったより短いですが、キリが良かったので。
ようやくジゼルが帰ってきました。
誤字脱字はまた後日。




