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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第12章 閑章:帝国の転生者と黎明の塔

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レオナルド視点 待ち人来る

 くいくいと首を引っ張る小さな力に目を覚ます。

 精霊の悪戯だろうかと目を開くと、『しまった!?』と顔にありありと書いてあるティナの青い瞳と目があった。


「……ティナ。目が覚めたのか? よかった。どこか、痛いところや変なところはないか?」


 ティナが目覚めたらすぐ判るように、とティナを二段ベッドの下に寝かせ、俺はその端に腰掛けていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 気付かないうちに目を覚ましていたらしいティナが、体を起こして俺へと手を伸ばしていた。


 ……なにか?


 なにか様子がおかしい、と固まってしまったティナを見つめる。

 ジッと俺に観察し返されているとわかったティナは、そろそろと掴んでいた物から手を離した。

 ティナに掴まれていた物が落ち、俺の首へと戻る。

 いったい何を掴んでいたのかと確認すれば、それは俺が二重に着けている金のペンダントだった。

 中には俺とティナの横顔がそれぞれに掘り込まれたカメオが隠されている。


「ああ、これか。片方はティナのだな。どれ……」


 爪をひっかけて中身を確認し、俺の顔が掘り込まれたカメオのペンダントを首から外す。

 このペンダントはティナがクリストフから貰ったものだ。

 俺の横顔が入っている方がティナのもので、ティナの横顔が入っている方が俺のものだった。


「ほら。着けてやろうか?」


 ティナの手のひらへと金のペンダントを載せると、ティナはじっくりとペンダントを検分した後、ベッドの上を移動してなぜか俺から離れていく。

 視線はジッと俺に固定されたままで、抱き寄せようと腕を伸ばすと仔猫のように毛を逆立てて威嚇されてしまった。

 警戒されていると思って、間違いはないだろう。


 ……長く離れ過ぎて、顔を忘れられたか?


 そんな馬鹿な、とは思うのだが、現に今、ティナからはこれまでにないほど警戒されている。

 威嚇までされたのは初めてだ。

 初めて出会った日も警戒はされていたが、威嚇まではされていない。

 伸ばした手から少し逃げられたぐらいだ。


 ……あ、髪型か? 髪型が違うからか?


 引き取ったばかりの頃のティナに、ワイヤック谷で過ごした時と、砦での俺の髪型が違うと怖がられたことを思いだす。

 あの時はたしか半月離れていただけだったはずだが、今日は約二年ぶりの俺だ。

 変装を兼ねて髪を伸ばしたので、ティナからしてみれば知らない顔なのかもしれない。

 それでなくとも、ティナは人見知りをする傾向があった。


「ティナ、俺だ。レオナルドだぞ。ティナの兄貴だ」


 ほら、と前髪を上げて見せると、ティナの視線から険が取れた気がする。

 戸惑った雰囲気が伝わってきたので、やはり髪型が問題だったようだ。


「明かりを……」


 眠るティナのために明かりを落としていたのだが、顔がよく見えるように灯りはつけた方がいいだろう。

 そう思って室内灯をつけようと壁際へ行こうとしたのだが、先に精霊が気を遣ってくれたようだ。

 薄暗く光っていた精霊灯が、部屋を照らすには十分な明るさに光り始めた。


「……ほら、ティナ。ペンダントの中の俺と同じ顔だろう? ティナの兄ちゃんだぞ」


 我ながら情けない声が出たな、と思いつつも、猫なで声でティナを宥める。

 とにかく怖がられて警戒されているようなので、なだめてペンダントの中の俺と、今の俺の顔を見比べてもらうしかない。


 明るくなった室内に、ティナの警戒心も少し薄らいだようだ。

 おずおずと近づいて来たかと思うと、ペンダントを開いてカメオの俺と目の前にある俺の顔とを見比べて首を傾げている。

 何度かペンダントと俺の顔とで視線が移動し、ティナの中でなんらかの納得がなされたらしい。

 うん、と一度頷いたかと思うと、俺の手のひらへとペンダントを載せて、隣へと移動して来た。

 そのまま背中を見せてきたのは、ペンダントを着けてくれという意思表示だろう。

 あれだけ警戒していたというのに、おれだと解れば甘えてくるのだから、俺の妹は可愛い。


 ……細い首だな。


 俯いたために短く切られた髪が前へと流れ、ティナの細い首がむき出しになる。

 以前はもう少し丸みがあったと思うのだが、どんな食生活を送っていたのか、ティナの体はあちこちの肉が落ちていた。

 十五歳といえばそろそろ胸や臀部が丸みをおび始めていても不思議はないのだが、胸が膨らむどころかティナの手足は人形のように細い。


 ……うん? リボン?


 細すぎるティナの首が痛々しくて、どうにかできないものかと考えていると、ティナが寝ている間に運ばれてきた『足踏みミシン』の上で木製の人形に似た精霊が自己主張を始めた。

 何か伝えたいことがあるのか、とそちらへと視線を向けると、足踏みミシンと一緒に運ばれてきた布地の中から大きめのリボンを抜き出している。


 ……ティナに似合いそうな色だな。


 どうやらティナにリボンを付けよう、と精霊は言いたいらしい。

 本当に、こちらからものを頼むのは避けた方がいいが、自主性に任せるだけでも大助かりだ。

 ティナの髪にリボンを、なんて俺だけでは絶対に浮かばない案だった。


「ティナ?」


 リボンを取りに行こう。

 そう思ってベッドから腰を上げたら、なぜかティナも腰を上げる。

 そして足踏みミシンまでの短い距離なのだが、ティナは無言でぴったりと俺の後をついて歩いた。


「えっと、ティナ? どうした?」


 ベッドで待っていてくれてよかったんだぞ、と続けると、ティナはやはり無言ながらぷるぷると首を振る。

 さすがに、ここまでくるとティナの様子がおかしいことは俺でも判った。


 ……いつかみたいだな。あの時は我儘の塊みたいになっていたが。


 初めて精霊に攫われて、マンデーズ館へと姿を現した時のティナと雰囲気が似ている。

 あの時のティナは普通の子どものように我儘を発揮し、敷地としては隣にある砦へも「仕事に行ったら嫌だ」と言って足へと纏わりついていた。

 今のティナは、言葉での我儘こそ言わないが、態度が甘えん坊全開だ。

 ようやくの迎えに喜んでくれている、と思えれば心配しなくてもいいのだろうが、あまり喜んでいるという雰囲気はない。

 俺から離れたくないという意思は感じるのだが、感情らしい感情はまるで感じ取れなかった。

 中身が入っていない感じ、とでも言ったところだろうか。


「ほら、ティナ。リボンを結ぼう。可愛いな」


 大きなリボンをティナの頭の真上で結ぶ。

 これならリボンの方が目立ち、ティナの短すぎる髪からは気を逸らすことができるだろう。

 そう思っていたのだが、無表情のティナの肩へと木製人形の精霊が移動し、リボンを引っ張って解いてしまう。

 リボンを勧めたのはおまえだろう、と文句を言いたいところだったのだが、精霊的には俺の結び方が気に入らなかったようだ。

 結び目を左耳の少し上へと持ってきて、リボンも少し複雑な形に結んでいる。

 俺が結んだリボンと同じものなのだが、精霊が結んだ物の方が格段に華やかで、ティナの短髪を目立たなくさせる役に立っていた。


 ……ますます人形みたいになったな。


 大きなリボンで短髪は隠せたが、手足の細さや着ているドレス、もとから整った顔立ちとぼんやりとした無表情から、ティナはまるで人形のようにも見える。

 帝都トラルバッハでは『人形姫』だなどと呼ばれていたようだが、間近く見る今のティナは、まさに人形だろう。


 ……人形? まてよ。何か引っかかることが……?


 ティナが帝都トラルバッハで人形姫と呼ばれていたこと以外に、何か引っかかることがある。

 ティナと人形で記憶を探れば、グルノール砦へとティナが初めて来た日が思いだされた。

 自分は座っているだけのお人形ではない、と言って、執務室に入れたティナの存在をすっかり忘れていた俺に怒ったのだ。


 ……いや、でもあの時じゃないな。まだ他にもあったはずだ。


 まだなにかティナと人形が繋がるやり取りがあったはずだ、と俺の服を掴みながら室内を見渡すティナを見つめる。

 髪の長さも着ている服も違うが、今ぐらいの見た目をしたティナから出てきた言葉だったはずだ。


 ――お人形のようにおとなしく待ってますから、早く迎えにきてくださいね。


 ……ああ、これだ。


 ティナと人形を結ぶ、引っかかりのある言葉がようやく思いだせた、

 ティナが誘拐されたその日に、セドヴァラ教会で別れる直前にティナが言っていた言葉だ。

 人形のようにおとなしく待っているから、早く迎えにきてくれ、と。


「……ティナ」


 不思議そうな顔をして室内を見渡しているティナに、軽く手を引いてこちらへと意識を向けさせる。

 思いだせたからには、ティナに改めて言わなければならない言葉があった。

 一度言ってはいるが、あの時のティナは眠っていたので俺の声など聞こえなかったはずだ。

 ティナが本当に人形のように待っているので、なおさらこれは言わなければならない。


「遅くなって悪かった、ティナ。迎えにきた。ティナは人形のように可愛いが、人間だ」


 人間の俺の妹に戻ってくれ、と伝えると、ティナはポカンっと瞬いた後、くしゃりと顔を歪ませる。

 そのまま泣き出すかと思ったのだが、ティナは俺の腰へと力いっぱい抱きつき、わき腹へと顔を押し付けてきた。


 ……やはり、何か足りないな。


 ティナの中で、何かが足りない。

 そうは思うのだが、少し前までの完全な無表情とは違う。

 わずかながらに戻ってきたティナの感情に、俺が取り戻せるのはここまでだろう、ともわかった。

 あとはティナが自分で乗り越えるか、他のきっかけが必要となるのだろう。







「……おなかがすきました」


 ティナはぐりぐりと顔を俺のわき腹へと押し付けていたのだが、ようやく落ち着いたらしい。

 落ち着いたと思ったら、出てきた第一声がこれだ。

 ティナらしいと言えば、ティナらしい。


「インスタントココアってやつが甘かったぞ」


 コップに粉を入れ、赤いハンドルを回してお湯を入れればすぐに飲める甘い飲み物だ。

 安全を確認するために、すべてを一度試してある。

 ティナ好みの飲み物があるとすれば、冷蔵庫に追加されたミルクかココアだろう。


 ココアを入れてやろう、と調理場へと移動するのだが、ティナはやはり追ってきた。

 狭い調理場でくっついていられるのは少し危険だと思うが、調理をするわけではないので今夜のところはいいだろう。

 ココアの粉は、と棚へと視線を向けるだけでエプロンを着けた精霊が瓶の蓋を開ける。

 ティナが持つのに丁度いい大きさのコップがないか、と食器棚を見れば、別の精霊が一回り小さなコップを押し出してきた。


 ……確かに、慣れると中毒性のありそうな暮らしだ。


 何か必要だと行動を起すだけで、精霊が先回りをして手伝ってくれるのだ。

 この便利さは、洞窟の外にはない。


「……ジン? レオじゃないの?」


「こっそりティナを迎えにきたから、ここでは本当の名前で呼ばれると困るんだ」


 グルノールの街に戻るまでは俺のことを『ジン』と呼ぶように、とティナに言い聞かせる。

 他にもジャン=ジャックのことは『チャック』と呼び、迎えには黒犬オスカーも来ていると大まかな話を聞かせた。

 俺の膝の上に座るティナは、ココアの入ったコップを玩びながら聞かされた話を反芻している。

 空腹を訴えはしたが、それほど入らないようだ。

 ココアは少し飲んだだけで、温かさが心地いいのかコップを両手で包み込むように持っていた。


 ……軽いな。それに、やはり変だ。


 膝に座るのは十歳でやめる、と言っていたはずなのだが、今日のティナは当たり前の顔をして膝に座ることを選択している。

 さっきは隣に座っていたのだが、人形をやめたティナは遠慮なく俺の膝を選んだ。

 兄としては妹に甘えられて嬉しいのが本音だが、少し幼児返りしていると受け止めておいた方がいいだろう。


 ココアで体が温まったのか、ティナがうつらうつらと舟をこぎ始めたので、抱き上げて二段ベッドの上へと運ぶ。

 なにかの拍子にベッドが壊れてティナを踏み潰したくはない、と上段をティナに譲ったのだが、ティナはこれが不満だったようだ。

 ベッドの上段へと下ろされたティナは、すぐに目を覚ましてベッドから飛び降りようとする。

 慌てて抱きとめると、ティナはそのまま俺の腕へと抱きついた。

 どうやらベッドの上段、下段という距離ですら、俺と離れたくはないようだ。


 ……軽いな。悲しいほどに軽い。


 ぴったりとくっついてくるティナを胸に乗せ、ベッドの下段へ横になる。

 人ひとりの体重が体の上に乗っているというのに、まったく重いとは感じなかった。


 ……明日からは、まず食べさせないとな。


 結局、ティナはココアを飲み干すことはなかった。

 最初の一口、二口あたりは甘いと喜んでいたのだが、それだけだ。

 ティナの食は、少しどころではなく細くなっていた。

精霊によるアシスト生活により、ポンコツ兄貴でもなんとかティナのお世話ができそうです。


誤字脱字はまた今度。

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