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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第11章 閑章:帝都トラルバッハ

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レオナルド視点 帝都と従者と人形姫 1

 帝都トラルバッハにあるカルロッタ邸へと到着したのは、春も終わる夏のはじめだった。

 夏のはじめといえば、ティナの誕生日がある。

 今年も祝うことはできなかったが、ティナは十五歳になった。


 ……十五歳といえば、お嫁にもいける年齢なんだが。


 ティナはニホンの成人年齢である二十歳まで、俺といると言ってくれていた。

 妹と過ごせる成人までの貴重な二年間を卑劣な誘拐犯に奪われたのだから、誘拐犯は許し難い。

 個人的な恨みを晴らせる状況にあれば、遠慮なく恨みを晴らさせてもらうことにしようと思う。

 何事も、溜め込むのはよろしくない。

 都合のいいことに、ズーガリー帝国はほんの少し街道をそれるだけで山賊と出くわすような治安をしている。

 誘拐犯の馬車が街道をそれるよう誘導すれば、あとはズーガリー帝国では珍しくもない事故が起こるだけだ。


 ……俺も段々アルフに似てきたな。


 街道をそれるよう誘導して事故に合わせる、はさすがに冗談としても、一発殴るぐらいは許されるだろう。

 俺の一発は大木をなぎ倒し、熊も気絶することがあるが、あれらは当たり所がよかっただけだ。

 いつでもあの力が出るわけでない。

 むしろ普段からあの力が出ていたら、剣など握ることはできないだろう。

 手にした剣が、手にした数だけ折れていく。


 ……しかし、普通の貴族の館でも使用人の数が多いな。


 グルノールの館はバルトとタビサの二人で管理をしている。

 そこへ近頃はミルシェが女中メイド見習いとして加わり、カリーサがティナの子守女中ナースメイドとして働きつつ他の仕事も手伝っていた。

 王都のティナの離宮に使用人が多かったのは、離宮の管理をしているためかとも思っていたのだが、カルロッタ邸の使用人の数を見ていると、やはりティナの離宮の使用人は数が少なく、グルノールの館がありえない程の少人数で管理されているのだと解る。

 ティナが使用人を増やした方がいいのではないか、と言っていたが、グルノールへと戻ったら本気で検討した方がいいだろう。

 バルトもタビサも、そろそろ年齢が年齢だ。

 使用人の離れを与えられて、使用人ブラウニーを引退してもいい時期だろう。


 ……それにしても、やはり帝都で暮らすのは無駄が多いな。


 エラース大山脈の中腹に築かれた都市は、その標高のせいで気温が低く、夏でも雪が残る。

 夏に安価で氷菓子が食べられる、というだけなら良い立地に思えるかもしれないが、そもそも寒すぎて氷菓子の需要自体がない。

 そして、普通に暮らすだけでも寒すぎて薪ストーブと暖炉の火が欠かせない環境だった。

 その薪代だけでも、平民の家計を圧迫するには十分だ。

 小さな平民の家ならばまだいいとして、広い屋敷に住む貴族は薪代の節約に頭を悩ませることだろう。

 他家との交流の少ない貴族家では使わない部屋は温めないという方法も取れるが、皇城はそうも言ってはいられない。

 城なだけあって、どこにでも人がいるのだ。

 一年間に消費される薪の量とその費用を考えるだけでも、帝都は標高を下げた場所へと移した方がいい。


 ……あれが黎明の塔か。今日はなんとなく見えるな。


 南東の空に、薄く空に伸びる塔が見えた。

 ズーガリー帝国ではエラース大山脈の凍てついた大地へと礎を打ち込む工法を発見したようで、現在山頂付近に巨大な塔を建設中らしい。

 ズーガリー帝国の性質上、この塔が無事に完成すれば、今度は帝都を山頂へと移すのだろう。

 ただでさえ薪代が心配になるのだが、ズーガリー帝国では『帝国の威信』とやらにかけてそういった無謀な試みを行うことがある。

 民の生活を守ることを第一に考えるイヴィジア王国とは真逆の国だ。


「ジン親分さんは、帝国の行儀作法マナーは判るかしら?」


「淑女のエスコートができる程度には」


 まさかイヴィジア王国の騎士には教養の一つとして必須の項目である、と正直に答えるわけにもいかず、曖昧な答えしか返せない。

 イヴィジア王国の黒騎士は、淑女をエスコートする作法を知識として詰め込まれている。

 これが白銀の騎士となると、王女や場合によっては妃のエスコートも務められるよう身に付けさせられていた。

 身分を一応は隠している身でこれをそのまま伝えることはできないが、白銀の騎士としての教養の中には他国の行儀作法も含まれている。

 ズーガリー帝国の淑女であるカルロッタのエスコートであれば、悩むことなく務めることができるだろう。


「そう。それならいいわ。行儀作法を身につけているのなら、帝都で『山賊の親分さん』は目立つから、着替えましょう」


 着替えてちょうだい、とカルロッタが言うと、奥の部屋から女中が出てくる。

 最初から手はずを整えていたようで、女中の手には何着かの正装があった。


「……これは?」


「山賊は目立つと言ったでしょう? わたくしと一緒にいて目立たないのは、私の使用人よ。下働きや従僕では都合の悪いこともあるでしょうから、従者ということにしましょう」


 女中の持ってきた正装を俺の肩へとあてて、カルロッタは補正の指示を出す。

 大まかなサイズで服を用意してくれていたようなのだが、想定よりも俺の体が大きすぎたようだ。


「ところで、従者としてはそのひげをなんとかしたいのだけど……?」


「この髭は私の顔を隠すという役目を帯びているので、剃るのは難しいかと……」


「つまり、顔への注意を逸らせばいいのね? それなら簡単なことよ」


 威厳を見せ付けたい貴族家の当主ならばともかく、貴人の従者が髭を伸ばし放題にしている、というのも確かにおかしな話だ。

 従者として振る舞い、カルロッタ邸を借りて好きに動き回るためには、服装に似合った身だしなみをする必要はあるだろう。

 しかし、とは悩んだが、結局はカルロッタの案を受け入れることにした。

 カルロッタにはすでに充分過ぎるほど世話になっているので、彼女に恥をかかせたくはない。

 人相を隠すために伸ばした髭ではあったが、顔から注意をそらせるのなら別に髭である必要はないのだ。


 ……だからといって、巨大なリボンを付けるはめになるとは思わなかった。


 従者としては、身だしなみを整える必要がある。

 髭を剃り、髪を櫛で整えるというのは判るのだが、正面から見ても左右からはみ出して存在を主張するほど大きなリボンを付けることになるとは、思いもしなかった。

 これだけ巨大なリボンであれば、確かに俺の顔よりも注意がむくだろう。


「これで堂々とお買い物にも連れまわせるわね、従者ジン」


「ジャスパーにはさすがに通じないと思いますが、あちらも外へは出ないようにしているようですからね」


 カルロッタの買い物ぐらいは付き合えそうである。

 ついでに荷物持ちなどさせてもらえば、顔を荷物で隠しながら帝都の街を歩き回ることもできるだろう。

 昼間に外を歩きまわれるというのは、俺にとっては好都合だ。







 従者として身だしなみを整え、アウグスタ城から連れてきた黒犬オスカーの状態を見る。

 アウグーン領へと移動し、そのまま帝都トラルバッハのカルロッタ邸へと連れてきたのだが、長旅の疲れは取れているようだ。

 そろそろ仕事かと俺の視線で察したようで、すくりと腰を上げた。


「とりあえずジャン=ジャックと連絡を取りたい。ジャン=ジャックはエドガー邸の近くに必ず潜んでいるはずだ。見つけ出してくれ」


 いきなり黒犬を送り込んでもジャン=ジャックにこちらの意図が伝わるわけもないので、山賊を一人黒犬に付ける。

 これで一見すると、犬の散歩をしている男の出来上がりだ。

 貴族街を歩いていたとしても、それほど不自然なことはないはずである。


 山賊と黒犬を貴族街へと放つと、夕刻にはジャン=ジャックがカルロッタ邸へとやって来た。

 黒犬は難なくジャン=ジャックを見つけ出し、今はジャン=ジャックと交代で山賊と共にエドガー邸を見張っているらしい。

 黒犬は犬という己の体を最大限に活かした隠れ場所を探していたようなのだが、雪の残る帝都ではあの黒い毛並みが仇となっている。

 一面が白の世界では黒い毛並みが目立ちすぎる、と一緒につけた山賊の男とジャン=ジャックが潜んでいた物影へと潜むことにしたらしい。


「ズリィっすよ、親分。親分だけこーんな暖かけェ館で、綺麗な服着て」


 開口一番のジャン=ジャックの言葉は愚痴だった。

 外は寒かった。

 雪のせいで館へと近づき難い。

 見張りが一人しかいないから、食料の調達も満足にはできなかった等など。

 あと数日遅ければ風邪を引いていたかもしれない、とひとしきり愚痴をこぼした後、ジャン=ジャックは懐から数枚の紙を取り出した。


「ほい、ジン親分。俺からの愛が込められまくった恋文」


「今は従者のジンだ。親分と呼ぶな」


「へーい。んじゃ、早速面倒な報告を……」


 報告書と同時に口頭でも伝えることがあったようなのだが、ジャン=ジャックが口を開く前にカルロッタがそれを遮る。

 まずは風呂に入って臭いを落として来い、とは俺もカルロッタに言われた言葉だ。

 俺はあまり気にならなかったのだが、カルロッタにはジャン=ジャックの臭いが我慢できないものだったのだろう。

 もしくは、ジャン=ジャックが先に「風邪を引くところだった」と言ったせいだ。

 報告書へと先に目を通しておくので、その時間を使って風呂で体を温めて来い、というカルロッタの気遣いだった。


「……チャックは山賊が天職だったんじゃないか?」


「移動しているだけで配下が二百人を超えるジン親分さんほどじゃないと思うわ」


 ジャン=ジャックが風呂に入っている間に、報告書へと目を通す。

 そこに書かれたエドガー邸の外から見て判る範囲の間取りと、館の周囲を歩く警備兵の歩幅から計算したおおよその館の大きさは、いざ侵入する時がくれば大いに役立ってくれるだろう。

 すでに何日も館を見張っていたようで、見張りの巡回時間や人数、交代の時間までもが調べ上げられていた。


「これだけ調べ上げられていても、気づかれずに侵入するのは難しそうですね」


「雪が問題よねぇ……」


 せめてティナがアウグスタ城から連れ出されなければ。

 連れ出されたとしても、移動先が夏でも雪の残る帝都トラルバッハでなければ、と思わずにはいられない。

 雪が建物周辺を埋め尽くしているせいで、雪の避けられた正面玄関と使用人の使う裏口以外から館へと侵入すれば、侵入者ありと自分で知らせて歩くようなものだった。

 これでは首尾よくティナを取り戻せたとしても、追っ手に足跡を辿られることになってしまう。


「ティナは一階のサンルームにいるのか」


 ジャン=ジャックの報告書によると、ティナは一階にあるサンルームに設置された巨大な鳥籠の中にいるらしい。

 鳥籠があるらしいことまではジャン=ジャックが潜んでいた物陰からもなんとか見えたらしいのだが、距離がありすぎてティナの様子までは判らなかったようだ。

 遠眼鏡でも用意できれば、もう少しサンルームの様子が判りそうだ、という一文に、カルロッタが女中へと声をかけていた。

 ジャン=ジャックに遠眼鏡を用意することはできなかったようだが、カルロッタならば用意できるのだろう。


 外から見える見張りの数、ジゼルにも付けられているらしい見張りについてを読み終わる頃に、ジャン=ジャックが風呂から上がって戻ってきた。

 用意されていた清潔な服に着替えたおかげで、何日も風呂に入っていない男の悪臭は見事に消えている。


「んじゃ、改めまして。アウグスタ城に比べればそれほど広い敷地でもないンで、様子を探るのは楽でした。ただ、雪がホンットに邪魔で、気づかれずに侵入すンのは無理ッスよ」


 エドガー邸へと侵入する時は、足跡が残っていてもどうにもならない、という本当にティナを連れ出す時だけだろう、とジャン=ジャックは言う。

 完璧な逃走経路を用意し、最低でもティナをエドガー邸から連れ出した足でそのまま帝都を飛び出すぐらいの準備は必要だったし、そのあとも足止めされることなくアウグーン領へと逃げ込むだけの俊敏さと備えが必要だ。

 少なくとも、ティナ奪還の下調べのためにエドガー邸へと忍び込むことはできない。


「あと、ティナっこの閉じ込められてる鳥籠なんスけど、どうも鍵は見張りが持ってるみたいで……コイツを見つけ出して鍵を奪わねェと、ティナっこを鳥籠から出すこともできネェ」


 ティナは基本的に昼の間はサンルームの鳥籠の中でジッとしているようだ。

 時折外へ出ることもあって、夜は別の部屋で寝ているらしい。

 サンルームの外から見える範囲にベッドはなく、夜はティナの姿が見えないのだとか。

 おそらくは別に寝室があるのだろう、ということだったが、これはどの辺りに部屋があるのかまだ判っていないそうだ。


「夜のうちに館を丸ごと制圧できるだけの手数が揃えられれば、強引にいけねーこともねェと思うが……」


「……いっそ七十人の山賊で夜襲をかけるか」


「なんスか、その七十人の山賊つーのは」


「おまえたちと別れた後に、移動している間に増えた戦力だ」


「……相変わらずデタラメな人っすね、親分」


 最大時は二百人を超えていたのだが、それにはあえて触れないでおく。

 今は関係のない話であったし、ジャン=ジャックを野放しにはできない、と言って俺が山賊としてズーガリー帝国内を移動することにしたのだ。

 その俺が、二十人規模の山賊団を二百人規模の大山賊団にまで膨らませてしまっただなんてことは、笑い話にできる時が来るまでは言えない。


「人数がいるとしても、クリスティーナさんを安全に連れ出したいのなら、襲撃はお勧めできないわ。小さな山賊団が小さな村を襲撃したぐらいでは皇帝も兵を動かさないけど、帝都内で貴族家が襲撃を受ければ、帝国の威信にかけて襲撃者を追いかけるはず」


 エドガー邸へと何か行動を起すとしても、それはひっそりとでなくてはならない。

 国の威信なんてものを傷つけてしまえば、エドガー一人に追いかけられるよりも面倒なことになるはずだ、と。


「やるのなら、ひっそりとね」


「ひっそりと、は難しいな……」


 ジゼルからの手紙によれば、ティナは一人で走れる状態ではないし、馬車で帝都からまっすぐにイヴィジア王国へと向ったとしても、ひと月以上は時間がかかる。

 大規模な追っ手がかかった状態でティナの健康を害せずに無事イヴィジア王国へと戻ることは、まず不可能だろう。

 ティナを取り戻すことは大事だが、なによりも優先すべきはティナの命だ。

 無理に連れ出したせいでティナを死なせてしまっては、ティナを取り戻す意味が無い。


「……襲撃は最後の手段だな」


「ティナっこは様子がおかしいっちゃ、おかしいが……おとなしくしてる分にゃ、問題ねェ。問題は女中の方っスよ」


「ジゼルがどうかしたのか?」


 白騎士にしては頑張っている方だと思うのだが、しばらく見張っていたジャン=ジャックはジゼルに対して不安があるようだ。

 ジャン=ジャックによると、ジゼルは時折サンルームの中から外をキョロキョロと見ているようで、外に誰かいるのを知っていて、連絡を待っていると大声で言っているような状態なのだとか。

 ティナとジゼルがどういう事情でエドガー邸にいるのかを知らなければなんという事の無い仕草かもしれないが、やましいもののあるジャスパーやエドガーにしてみれば邪推せずにはいられない態度だ。


「……一度、オスカーに手紙を届けさせるか」


 あまり周囲を気にして怪しまれるようなことをするな、と。

時間切れ。


誤字脱字はまた後日。

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